昨日の敵を今日の友といたしますわ

「は? なんだ、唐突に」


あまりにも予想外の問いに、相手の真意を測りかねるミハイル。


しばらく考え込んでから、静かに答える。


「正体はつかめないが、利用価値はあると考えている。お前の力が俺の目的に役立つ可能性があるから、協力している状態だ。なにか不満か?」


「ミハイル様、それはあまりにも失礼ではありませんか?」


「どういうことだ?」


本気で分からないという顔をするミハイルに、リーラリィネは小さくため息を漏らす。


見かねたアルスが静かに呟く。


「女性から『自分をどう思うか?』って聞かれたら、普通は『恋愛対象になるか?』って意味だと思うんですけど……ねぇ?」


「は……はぁ!? いや、この状況でどうしてそんな質問が飛んでくる! そもそも、あの女がそんな話をするわけ……」


「ミハイル様はワタクシを女ではないとおっしゃりたいのですか?」


「いや……そうじゃなくて、本当になんでそんな話になるんだ!」


慌てるミハイルだが、少し呼吸を整えてから、改めて質問に答える。


「もし、そういう意味の質問なら、俺はお前を恋人にできるとは思わん」


「それは……ワタクシが家名を持たないドレイだからでしょうか?」


「いいや、違う」


ミハイルはそれまでの困惑した表情ではなく、真剣な顔でハッキリと言い切った。


「俺は身分で人を判断したいとは思わない。貴族だろうが平民だろうが、奴隷だろうが……俺がふさわしい相手だと思えば、その女性と真剣に関係を結びたいと思う。だが、素性も本音もわからんような相手とは、まともに関係を結べるわけがない。だから、お前をそういう相手と見ることはできない」


「まあ、本人を前に随分な言い様ですわ。ワタクシだって1人の女……傷ついてしまいますわ」


「そういうことを笑いながら口にする女は、ますます無理だ。ほら、冗談ももう終わりにして、さっさと出ていけ」


「それではミハイル様、アルス様、失礼いたしますわ」


リーラリィネは生徒会室を出て、しずかに扉を締めた。


「ちゃんと聞こえていましたかしら?」


彼女の視線の先、生徒会室の扉のすぐ前にいたのはアルティアだった。




生徒会室のある建物と教室棟をつなぐ渡り廊下をリーラリィネは歩いていく。


アルティアもその少し後ろを少し俯きながら歩いていたが、しばらくしてぼそりと話し始める。


「ミハイル様がアナタを女性として見ていないのはわかったわ。ワタシの嫉妬は本当に無意味だったわけね。本当に……間抜けな話だったわね」


肩を落とすアルティアに、リーラリィネは静かに尋ねる。


「ほかには?」


「は? 他って……なによ」


「ミハイル様がワタクシをどう思っているかについて話してくださった内容について、ほかに感じたことはありませんでしたか?」


「なに? 改めて、自分の誤りを認めて、アナタに謝れとでも? まったく……意外とネチネチした性格しているのね」


「はぁ……。アルティア様、本当にミハイル様のお話をきちんと聞いていらっしゃいましたか? 扉越しで聞こえずらかった……というわけではありませんわね? あの時のミハイル様はそれまでよりハッキリとお話くださっていましたもの」


(そのためにわざわざ、扉に近づいてから尋ねたのですからね)


リーラリィネの問いは真摯な眼差しと共にアルティアにぶつけられていた。


だから、それが単なるからかいや、まして謝罪の要求などではないことはアルティアにも理解できた。


だからこそ、余計に疑問を募らせてしまう。


「さっきから何を言いたいの? 本当に……わからないのだけど」


リーラリィネは胸ので腕組みをすると、堂々と言い放つ


「ミハイル様をお慕いしておられるなら、諦める必要などない……ということですわ」


「……!? 何を言っているの? ワタシとあの方では身分が違うと……」


「身分など気にしない……ミハイル様自身がそうおっしゃっていたではありませんか」


「あ……」


「もし自分に相応しいと思える相手ならば……という条件を付けてはいらっしゃいましたが、それならば相応しいと思わせればよいだけですわ」


その言葉にわずかに口元を緩めるアルティアだが、すぐに元の表情に戻る。


「それが簡単にできるなら苦労はしないわ。あの方は……身分だけではなく、強さも賢さもほかとは比べ物にならないもの。それをワタシなんかが」


「やってもいないことにガタガタいってどうしますの? そもそも、『簡単ではない』ことが諦める理由になりまして? なら、始めからその程度の気持ちでしかないのですわ……まったく、そんな薄っぺらい感情でケンカを売られたワタクシの身にもなってほしいものですわね」


「ワタシの……ミハイル様への想いをバカにしないで!」


アルティアはリーラリィネをキッと睨みつけるが、それを見た彼女はにっこりと笑ってみせる。


「なら、力づくでも認めさせればよろしいではありませんか。なぜ留まるのです? どうして『どうにもならない』と決めつけるのです? ワタクシのお父様の有難~い金言にこういうものがありますわ。『勝敗は戦う前に決まっている。だが、戦わなければ結果を知ることはできない』と」


「……結果を確かめろってこと?」


「そういう条件ではありませんか。ミハイル様の気持ちを確かめたい……それが願いだったはず」


「それは……アナタに対する気持ちって意味で」


「そんなこと、ワタクシは口にしていませんわ。『アルティア様にミハイル様の本心を聞かせる』と言っただけですもの。そして、その条件は」


「アナタにもそれを聞かせる……ね。ああ、本当に嫌な女だわ」


「では、ミハイル様の本心を……誰を意中の人と定めるのかを聞かせてもらうまではご一緒していただきますわ」


「ワタシ……アナタのこと、大嫌いだわ。いままで出会った誰よりも」


「ワタクシは嫌いじゃありませんわ、アルティア様のこと」


リーラリィネの返事を聞いたアルティアは、わずかに歯噛みした。


それから眉をひそめつつも、口元はどこか緩んでいるように見えた。

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