生徒会長にご報告いたしますわ

「なるほど……では模擬剣を壊したのは、訓練中の事故だったというわけか」


ミハイルは静かに聞き返した。


「ええ、その通りですわ。今後はこのようなことがないようにいたしますので、どうかご容赦いただければ幸いです」


「あれは少し打ち合いをした程度で壊れるようなものではない。まして、今回折れたのは今年買い替えたばかりの新品だと聞いたぞ」


「まあ、不思議なこともあるものですわ」


リーラリィネの態度は、明らかに何かを誤魔化すような態度だったが、ミハイルはそれ以上の追及を諦めた。


「では、この件はここまでとしよう。それで本題についてだが……」


「ワタクシの力が魔術なのかどうか、についてですわね?」


「そうだ。講義を通じて、いくらか魔術について学べただろう? 今の所感でもかまわないから、報告してくれ」


「ミハイル様、それは何かを教えてもらう側の態度とは思えませんわ。もう少し、頼み方というものがあるのでは?」


「何か勘違いしていないか? こちらはお前の不正入学を学園に訴え出て、退学に追い込むことだってできるんだぞ」


「ええ、存じ上げておりますわ。そして、退学にせずに留め置かなければいけない理由があることも承知しております。無理にそちらが有利であるかのように演じる必要はございませんわ」


「この……!」


怒りに任せて立ち上がろうとするミハイルだったが、アルスに肩を叩かれて苦々しい表情で再びイスに腰を下ろす。


「ミハイル、リーラリィネさんにはその手のやり方は通用しないと思うよ。ちゃんと対等な立場で交渉したほうがいい。下手に機嫌を損ねると、味方どころが敵になりかねないよ」


「アルス様、ワタクシを味方にしたいとお思いでしたの? でしたら、初めからそうおっしゃってくださればよろしいのに」


リーラリィネがわずかに微笑む姿を見て、ミハイルの眉間にシワが増える。


「ふふふ、ちょっと意地悪をしすぎましたわね。今回はミハイル様に沈黙をお願いする立場でございますし、きちんとお話いたしますわ」


リーラリィネが今度はニッコリと笑いながら言う。


その言葉に頭が痛いといった仕草をするミハイルだが、彼女は構わず続けた。


「結論から申し上げますと、ワタクシの力は魔術とまったくの別物ですわ」


この一言に、やや緩んでいた場の空気が一気に緊張したものに変わっていく。


「根拠は?」


「まず、魔術というものが魔術式を必要とする点。ワタクシはこの魔術式というものを、少なくとも学園に入るまで知りませんでしたわ。当然、式を書くことはできませんでしたので、ワタクシの力は魔術によって発生するものではありません」


「ふむ……だが、それは以前聞いた話の通りだな。それ以外の理由はあるか?」


「もう1つの理由のほうが重要ですわ」


そう言うと、リーラリィネは指先に意識を向ける。


すると、指はわずかに光り始め、彼女はその軌跡で複雑な式を描き始まる。


それを見て、ミハイルとアルスの顔は少しずつ青くなっていく。


「ま……待て、お前! それは……その式は!」


リーラリィネはニヤリと笑うと、その魔術の名を唱えた。


「爆裂(エクスプロード)!」


…………。


特になにも起こらなかった。


「これが2つ目の理由……ワタクシが魔術式を書いても魔力を込めることができませんでしたわ」


「お……お前な! だからって、何もここでそんな魔術を!」


「あら? 実際にやってみせたほうが、わかりやすいでしょう? わざわざ嘘かどうかを見極める必要もございませんし」


しれっと言ってのけるリーラリィネ。


ギリッと歯噛みするミハイルだが、それ見て苦笑するアルスに再びため息を吐く。


「笑っている場合ではないだろう。このままだと、この女の力が魔術以外の何かであると、すぐに知れ渡ることになるぞ」


ミハイルはアルスに向かって苛立った口調で言う。


それを聞いていたリーラリィネは、すぐに反論した。


「あら、ワタクシはそこまで間が抜けてなどいませんわ。軽々しく力を使ったりなど……」


「いいえ、そういうわけにもいかないんですよ」


彼女の言葉を遮ったのは、意外にもアルスだった。


「勇者学園は未来の勇者を育てる機関です。ただ、入学した人間全員にその資格が与えられるわけではありません。入口は広いですが、出口は大変狭い。勇者の称号に至っては、この20年でわずかに4人にしか与えられていませんからね」


「ワタクシが振い落される、と?」


「いやー、実力だけならそれはないと思うんですけどね……魔術でない力については、知られる可能性は極めて高いですよ。特に1ヵ月先に迫った選抜戦では、力を隠すのは難しいでしょう」


「センバツセン?」


聞き慣れない単語に聞き返すリーラリィネ。


「文字通り、勇者候補を『選び抜く』ための最大の催しだ。年に一度行われ、生徒同士を戦わせて実力を測ることを目的にしている。勝ち残り形式で、優勝すれば勇者の称号に大きく近づける……が、力を示せなければ退学もありうるぞ」


「辞退することは?」


「もちろん可能だ。ただし、即退学だがな。言っておくが、この件については生徒会から助力することはできないぞ。なにせ、俺やアレンも含め、全生徒が選抜戦に参加することになるからな」


ミハイルは眉間を摘みながら上を向き、疲れた様子を見せた。


「承知いたしましたわ。その件については、ワタクシ自身で対処いたしましょう。勇者になれないのは、ワタクシにとっても不本意ですもの」


「ああ、うまく切り抜けられることを願っているよ」


励ましとも嫌味とも取れるミハイルの言葉を聞いてから、リーラリィネは席を立ち、出口へと向かっていく。


ところが扉を開けようとドアノブに手をかけてから、思い直したように振り返る。


「ところでミハイル様、ワタクシのことをどう思われます?」

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