勝負アリ、ですわ
「ワタシの負け……ね」
アルティアは壊れた武器を静かに手放した。
「さあ、止めを刺しなさい。アナタをイジメた仕返しをしたいなら、その分も含めて好きにしなさいな」
体から力が抜け、肩を落として座り込むアルティアに対し、リーラリィネは手を差し出した。
「勝負は引き分けですわ」
「……はぁ? まさか、同情でもしているの? アナタが、ワタシに? ふざけないで! 言ったでしょ、ワタシの家は武門の家系よ。負けた者に無用な慈悲をかけるのは、侮辱でしかないことくらいわかるのよ!」
弱々しくもハッキリと抗議するアルティア。
だが、リーラリィネはそれにきっぱりと応じた。
「同情などではありませんし、まして侮辱する気などございません。この勝負が引き分けという理由はきちんとありますわ」
それを聞いても訝しげに睨みつけるアルティアだったが、リーラリィネは淡々と言葉を続けた。
「まず、剣での勝負だったにもかかわらず、ワタクシは蹴りで勝ってしまいました。これに関して、個人的に納得がいっていませんの。これはワタクシ自身の未熟さを知るところでしたわ」
「だけど……それはワタシのほうが先に」
「もう1つ、こちらのほうが決定的ですわ。アルティア様、貴方は本気で闘っていませんでしたね?」
リーラリィネの指摘に、アルティアは眉をひそめた。
「どういうこと、リリィちゃん。私には、アルティアさんは全力で闘っていたように見えたわ。少なくとも、手加減しているようには思えなかったけど」
それまで2人の闘いを見守っていたミーシャが疑問の声を上げる。
「そうよ、ワタシは手を抜いてなんて……」
「ええ、そうでしょうね。手加減をしていたわけではないとワタクシも思います。けれど、本気ではなかったのは本当でしょう?」
「私にはリリィちゃんが何を言っているのか、まったくわからないんだけど」
「アルティア様は間違いなく全力で闘っていたのでしょう。ただし、それは『命を奪わない』という範囲で」
アルティアはハッと目を見開いた。
「ここからは推測が入りますが、おそらく剣を突き出す技を使わないようにしていたのでしょう。いくら本物の剣を使っていないとはいえ、刺せば容易に相手を殺してしまいかねませんもの。けれど、そうした技こそ、アルティア様が本当に得意としている闘い方なのではありませんか?」
「……どうして気がついたの?」
「一言で表すなら『勘』でございます。もう少し詳しく述べるなら、体の動かし方に違和感を覚えたから、ですわ」
「そこまで見抜かれていたなら……やっぱりワタシの負けじゃない。これはもう、認めるしかないわ……さすが、ミハイル様に見初められるだけあるわ」
リーラリィネは、アルティアの口から思いもよらない人物の名前が飛び出し、キョトンとしてしまう。
「どうしてここで生徒会長のお名前が出てきますの?」
「入学式の日、アナタがミハイル様に呼び出されたことは知っているのよ。どんな用件だったのかまではわからないけど、浮名の1つも流れたことがないあの方が、女生徒1人に興味を持つなんて驚かされた。でも、その相手が奴隷の女だったなんて……本当に頭に来たわ」
「つまり……ワタクシをイジメようとした理由は、ミハイル様にある、と」
アルティアは小さくため息を吐くと、膝を抱えて小さくなってしまう。
「ローゼンハイム家は六大公爵家の筆頭で、ワタシとは身分が違うわ。ただ、一方的にお慕いしているだけよ。あの方が誰と結ばれるかなんて、口を出せる立場じゃない。それでも……! 奴隷の娘なんて、選んでほしくはなかったのよ!」
「な……なんて勝手な!」
アルティアの言い様に、ミーシャは憤慨する。
ところが、リーラリィネは大笑いしてしまった。
「あはははは! これは……随分と可愛らしい理由ではありませんか。ワタクシはてっきり、ワタクシを勇者候補から引きずり落とそうしているものだとばかり……あはは、本当におかしいわ」
「なによ! バカにして!」
「いいえ、馬鹿になどしていませんわ。むしろ、羨ましいくらい……少なくとも、ワタクシはそんなふうに必死に想いを寄せられる相手と出会ったことはありませんもの」
リーラリィネの答えに、アルティアはゆっくりと顔を上げた。
「なら、ミハイル様とは……?」
「あの方とワタクシにはそのような可愛らしい関わりはありませんし、あの日の呼び出しはもっと……剣呑とした理由がありましたわ。少なくとも、アルティア様が心配するようなことは何もありません」
「アナタの言葉だけでは……信じられないわ」
「では、こういたしましょう」
リーラリィネはアルティアに、ある提案をした。1つの引き換え条件とともに。
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