イジメの犯人を懲らしめますわ①

「嫌いな相手に嫌がらせをして、肉体的あるいは精神的に追い詰めることをイジメと呼ぶのですね?」


「うん……まあ、そうだね」


自室に戻ってきたリーラリィネは、ミーシャからイジメについての説明を受けていた。


「ワタクシは嫌がらせを受けているとは思っていなかったのですけれど」


「リリィちゃんはちょっと……鈍いところがあるよね」


「に……鈍いでしょうか?」


「うん、鈍い」


ハッキリと自分の至らなさを指摘されるのはあまりにも久しぶりで、リーラリィネは少し困惑した。


「ですが、実際に大したことはされていませんしワタクシは気にしていませんわ」


「大したことないって……今日のは違うよね! 多分、あの人たちに絡まれるの分かってて嘘を言ってきたんだよ? そんなのタチが悪すぎる!」


「あら? あの程度の実力しか持ち合わせない方々を追い払うのなんて、造作もないことですわ」


「それは結果の話でしょ! リリィちゃんが強かったから無事だったってだけで……まさか、あんなに凄いとは思わなかったよ。すごく心配したし……でも、これからはもっと酷いことされるかも!」


リーシャの忠告を聞き、リーラリィネは思案してみせる。


「確かに……嫌がらせというのはつまり、ワタクシへの攻撃ですものね。軽いものとはいえ見逃せば、相手を調子に乗せる可能性は高いかもしれませんわ」


「そう、そうだよ」


「それにミィに心配をかけるのは不本意ですし」


「リリィちゃん……じゃあ、そうと決まれば明日先生に……」


「殴り込みに行きますわよ!」


「……はい?」




次の日、リーラリィネは校内を歩き回ることになった。


ここ数日、彼女に嘘を吹き込んだのは毎回別人だった。


そこで、一人ひとりを問い詰めて、誰の指示だったのかを聞いて回った。


すると、意外にも全員が簡単に口を割り、とある女生徒の名を出した。


「やっぱり……その人がイジメを始めた人だよね?」


「今のところ、そういうことになりますわね」


「で、いま向かってるのは……」


「そのご令嬢がいらっしゃる教室ですわ」


「じゃあ、しっかりと止めるように言わないとね!」


「そのことですが、ミィ。ワタクシが話をつけますから、貴方は静かに見守っていてほしいの」


「え、どうして?」


「あちらの標的はワタクシなのですから、対応もワタクシがしなければ失礼というものでしょう?」


「嫌がらせをしてくる相手に、失礼もなにも無いと思うけど……」


「お父様の有難〜い金言には、『卑劣漢を前にして自らも卑劣となれば、その争いは必ず卑劣な者が勝つ』というのがありましたわ。勝つのが目的ならばどんな手でも使いましょう。でも、今回は懲らしめるのが目的ですわ。堂々と行きましょう」


「う〜ん、よくわからないけど……リリィちゃんが言うなら、そうするよ」


そして、2人はとある教室の扉を開けた。


「アルティア・リ・パームグラフ様はいらっしゃいますか?」


リーラリィネが大きな声で呼びかけると、教室内の生徒が一斉に視線を向けてきた。


そのなかに、一瞬ニヤリと笑う顔を見つけて、リーラリィネはその女の元へまっすぐに歩いていく。


「貴方がアルティア様ですね?」


「あら、どうしてそう思うのかしら」


「ワタクシの姿に驚いていなかったから、ですわ。ここに来ることをご存知でしたでしょう?」


「ふふふふ、思ったよりも頭が良いみたいね……あるいは野生の勘?」


ミンティアの言葉に、取り巻きであろう女生徒たちがクスクスと笑う。


「それで……わざわざワタシに会いにいらしたのは、どういう要件かしら?」


「ワタクシがお話を聞いた方々が、口々にアルティア様のお名前を挙げていらっしゃいました。なので、一度ご挨拶をしなければと伺ったまでですわ」


「ええ、そのようね。アナタが女生徒たちを脅していたと聞いているわ。そして、彼女たちはたまらず、ワタシの名前を出した、と。助かりたい一心だったと、謝りにきたわ。ワタシなら、アナタなんかに屈することはないから、仕方なく名前を口にしたと、ね?」


これをそばで聞いていたミーシャがたまらず声を上げた。


「なんですか、そのいい加減な嘘! リリィちゃんは脅してなんか……」


リーラリィネはその言葉を腕で遮った。


「ワタクシは脅してなどいませんわ、アルティア様。どうしてそのようなお話になるのでしょうか? ワタクシはただ、彼女たちの為さり様について問いただしただけですわ」


「それが脅しだ……と言っているのよ。彼女たちをイジメの犯人に仕立て上げ、それを指示したのがワタシだと嘘をつかせる! なんて卑劣なのかしら。それが下賤な奴隷のやり方というものなのでしょう? 汚らわしい!」


「ドレイ? 今の話とドレイと……いったいどのようなつながりがございますの?」


「アナタのような奴隷風情が、特待クラスに入って調子に乗っているのでしょう? それで自分がイジメられているとでっちあげ、ワタシを貶めようという魂胆なのは目に見えていますわ!」


「ああ、そういうことですのね」


「なんですの? 自分はそんなこと考えていないと開き直るつもり? でもね、アナタが何を言おうと無駄。アナタの汚い計画は潰れて、学園からも追い出され……」


「貴方、ワタクシが羨ましかったのね?」


「……は?」


悠然とリーラリィネを嘲笑し、罵倒し続けていたアルティアの表情が固まった。


「な……なんでそんな話になるのよ!」


「どこからお話しましょうか……まずは、ワタクシがここまで一度として『イジメ』という言葉を口にしていないところからでいかがでしょう。ワタクシはあくまで『お話を聞いた』として述べておりませんわ。それなのに貴方はワタクシが『イジメの犯人を探しに来た』と決めてかかってきました。それはなぜでしょうか?」


「そ……それは、アナタに脅された方々がワタシに教えてくれたのよ。『リーラリィネが自分をイジメた犯人を探している』って」


「ああ、次はそのお話でしたわね。ワタクシがお話を聞いた方々が、アナタに相談をしに来た? それは無理ですわ」


「無理? 何が無理なのよ」


「なぜって、ワタクシが話を聞いた方々はずっとワタクシと一緒にこの教室まで歩いていましたもの」


リーラリィネが教室の入口を指差すと、バツが悪そうに覗き込んでいる数人の女生徒の姿があった。


「なぜ……?」


「敵の連絡手段を断つのは基本中の基本ですわ。わざわざ隙を与えて差し上げるほど、ワタクシは甘くありません。そして、貴方がワタクシを羨んでいると言った理由の最後。これが一番肝心ですわ」


「な……なによ!」


「貴方はワタクシを知っていて、ワタクシは貴方を知らないということですわ」


「え? どういう……?」


「ワタクシはワタクシ自身に関して、名前以外は口にしておりませんわ。にもかかわらず、なぜかワタクシがドレイ……家名を持たないことや特待クラスにいること、そしてイジメの犯人探しをしていることまで知っていましたわ。それはなぜですの?」


「アナタみたいな目立つ存在……噂になって当然でしょう!」


「噂になることなら、なんでも覚えていらっしゃるのですか? それは随分と噂好きなことで」


「この……!」


「気に入らなかったのでしょう? 腹が立っていたのでしょう? 『なぜ自分ではなく、あんな女があの場所にいるのか』と、怒りを覚えていたのでしょう? だから、気になって気になって仕方がなかった……それが羨ましいということですわ」


リーラリィネは静かに淡々と、けれども有無を言わせぬ迫力をもって言い放った。

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