学園生活は荒っぽいですわ
リーラリィネが勇者学園に入学してから20日余りが経った。
今日も滞りなく講義を受け、放課後を迎えようとしていた。
「ミィ、今日は校舎の反対側にあるテラスに参りましょう。あちらはなかなか景色が良いと伺いましたわ」
「え……リリィちゃん、私はあっちのほうに近づくのは危ないって聞いたような?」
「そうですの? でも、まだ行ったことがない場所ですし、とりあえず覗いてみましょう」
「リリィちゃん……まさかとは思うけど……」
「はい?」
「ううん、なんでもない。リリィちゃんが行ってみたいなら一緒に行くよ」
「ええ、ぜひお付き合いしていただきたいですわ」
「うん、わかった!」
というわけで、リーラリィネとミーシャの2人は、学園東端にあるテラスに足を運ぶ。
だが、そこには先客がいた。
「ああん? なんだテメェらは!」
「見かけない顔……新入生か? なら、さっさとどこかに消えろ。ここは、マルジフ様の指定席だ」
数人の男たちに囲まれた中心、そこにはその場に似つかわしくない豪奢なイスと、それにふんぞり返る男がいた。
大層ガラの悪い男たちに睨まれ、ミーシャはとっさにそばにあった壁の影に隠れた。
しかし、リーラリィネはまったく動じる様子を見せない。
「それは……ワタクシの聞いたお話とは違いますわね。この学園の施設は教師専用の区画以外、どの学生も自由に使えると教わっております。あなた方のお邪魔をするつもりはありませんが、こちらがここでくつろぐのも自由ではありませんの?」
「うるせぇ、このアマがよぉ! 面倒な理屈をこねてんじゃねぇよ。とにかく、ここはマルジフ様のもんなんだ、とっとと消えろ!」
取り巻きの1人がリーラリィネに悪態をつきながら近づき、その胸ぐらを掴もうとした。
「ぎゃあああああ! い、いいいい痛えぇぇ!」
しかし、一瞬にして腕をひね上げられ、途端に情けない悲鳴を上げてしまう。
「あなた方には、こちらのお話が通じないのでしょうか? ここは生徒なら誰でも使えるテラスなのではありませんか……と尋ねたのですけれど」
仲間をやられたことで、頭に血が登ったのか、ほかの取り巻きたちが一斉に襲いかかってきた。
「リ……リリィちゃん!」
ミーシャの叫びがこだました。
が、次の瞬間には男たちが全員地面とキスをしている姿があった。
リーラリィネが近づいてきた順にビンタ、腹パン、足払い、回し蹴りをかました結果だった。
「はぁ、どうしてこのようなことになってしまうのでしょうか。ワタクシはこのテラスからの見晴らしが素敵だと聞いて、お茶でも飲もうと思ってきただけですのに」
「おい、お前。俺が誰だかわかっているのか? 俺はベアージェル伯爵家の嫡男マルジフ・ド・ベアージェルだぞ。俺に逆らうってことは、伯爵家を敵に回すって意味だぜ?」
「あら? 何やらつい最近、似たセリフを聞いたような気が……」
「だが、俺はそこらの雑魚とは違う。器の大きな男だ。今すぐ、地べたに這いつくばりながら謝るなら、一晩ベッドの上で可愛がってやるだけで許してやる。ああ、これじゃ、バツじゃなくてご褒美になっちまうか……クックック」
「それは……お断りいたしますわ」
「ああん!?」
「まず謝罪については、ワタクシに非があるとは思っておりませんのでお断りいたします。もう1つの一晩床を共にするという話は……ワタクシ、自分よりも強い殿方以外に嫁ぐつもりはありませんので、こちらもお断りいたします」
「俺が……お前より弱いってのか!」
「さあ、それは存じませんわ。手合わせもしたことがありませんもの。ただ、現状で貴方がワタクシより強いと信じる理由も、どこにもないのは確かですわ。」
マルジフはゆっくりと立ち上がり、リーラリィネに向かって歩き出す。
年齢の割に広い額には、怒りで浮かび上がった血管がハッキリと見えていた。
「なら、テメェに勝てば、好きにしていいってことだな?」
「どうぞ、ご随意に……できるのであれば」
「喰らえや!」
マルジフが手をかざすと、赤くまばゆい光が生まれる。
瞬間、リーラリィネに向かって人の頭ほどの大きさの火球が飛び出した。
「魔術を使わねぇとでも思ったか! 俺を舐めたバツだ……泣き叫べ!」
歪みきった満面の笑みを浮かべるマルジフ……だったが、次第に表情が強張っていく。
なぜなら、放った火球がいつまで立ってもリーラリィネに近づいていかないからだ。
まるで、目に見えない何かが進行を止めているかのように。
「オーレン先生がおっしゃっていましたわ。魔術は本来、人族同士で争うためのものではない、と。あくまで魔物と戦うために発展したものだとも。それをこのようなつまらない諍いで、ためらいなく使うというのは……とても感心できたものではありませんわね」
「はぁ!? いったいどうなってんだ……どうして俺のファイアーボールが当たらねぇ!」
「どうして……? そのようなセリフは、敗因を押してくださる親切なお相手と手合わせするときだけにしてくださいませ。それでは、ごきげんよう」
リーラリィネがそう言うと、彼女に向かって飛んでいたはずの火球がマルジフの頬をかすめるように跳ね返り、そして遥か彼方の空へと消えていった。
その火球を追うように、リーラリィネの蹴りが男の顔面に刺さり、彼はそのまま気絶してしまう。
「あらあら、随分と散らかってしまいましたわね。これではまた、お茶は難しそうですわ」
「リリィちゃん……」
「ミィ、ここまで付き合わせてしまいましたのに申し訳ありませんわ。今日もまた……」
「もしかしてと思ってたけどリリィちゃん、全然気づいてなかったんだね」
「え? なんのことですの?」
「リリィちゃん、間違いなくイジメられてるよ」
「イジメ……?」
「そうだよ! リリィちゃんって少し常識知らずなところあるでしょ? それをいいことにみんな、嘘ばっかり教えてる。昨日はありもしない提出書類の話をされて、校舎を歩き回るハメになったでしょ? 一昨日は講義の時間が変わったって聞かされて遅刻してたし、今日はこんな危ない人たちがいる場所を勧められて……明らかにイジメだよ、これ!」
リーラリィネに対する心配とイジメを仕掛けてくる連中への怒り、2つの感情がないまぜになったミーシャは苦々しい顔で言う。
「ワタクシは……イジメられているのですね?」
「そうだよ、こんなのおかしい。どうにかしないと」
「ところで、ミィ」
「イジメ……というのいったい何ですの?」
リーラリィネの質問に、ミーシャの顔から表情が消え失せてしまった。
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