ふかふかベッドとルームメイトですわ②

「ふふふ、ミーシャ様はずいぶんと良い反応をしてくださるのね。ワタクシとしては、そのほうが嬉しいですけれど」


倒れ込んだミーシャを体で受け止めたリーラリィネは楽しそうに告げる。


「あ……ご、ごめんなさい! 私のせいで、痛くありませんでしたか?」


リーラリィネの豊かな胸に顔を埋める形になったミーシャは、慌てて謝罪した。


「問題ありませんわ。このくらいで痛がるほど、ヤワな鍛え方はしていませんの。それよりも、ミーシャ様のほうこそ、どこかおケガなさいませんでした?」


「あ、あの〜」


ゆっくりとバランスを取り戻しながら、ミーシャは申し訳なさそうに切り出した。


「その『ミーシャ様』というの……私は普通の農家の娘で、『様』を付けて呼ばれるような身分じゃないんです。というか、私が平民なのは、管理人さんから聞いたんじゃないですか? 平民だから、2人部屋だと」


「確かに、貴族ではない生徒には、2人部屋があてがわれると説明されましたわね」


「なら、どうして私をそんなふうに呼ぶんでしょうか? もしかして、からかわれているんですか?」


リーラリィネはゆっくりと、そしてハッキリと首を横に降った。


「これはからかったり、侮ったりしているわけではありませんわ。むしろ、逆です」


「逆?」


「ワタクシのお父様の有難〜い金言のなかに、このようなものがあります。『力ある者が必ずしもそう見えるとは限らぬ。故に本性を見極めるまでは誰に対しても最大限の敬意を払え』と。もしかしたら、貴女はワタクシよりも素晴らしい才能を持つのかもしれません。あるいは、ワタクシを暴力で圧倒することができるのかもしれません。ならば、まずは敬意ある態度で接し、どのような人物かを知るところから始めなければ」


「え、え、え? でも私はそんな大層な者じゃ……」


「いいえ! そんなことはありませんわ。ワタクシは驚きました。あのようにカップのなかへ水を出すことができる者など、これまで見たことがありませんもの! ワタクシにできないことが、ミーシャ様にはできる。ならば、これに敬意を払わないのは、淑女として恥ずかしいことですわ」


「で、でも! やっぱり……ミーシャ様は……恥ずかしいっていうか」


「では、どのようにお呼びすればいいのでしょうか?」


リーラリィネの質問に応える前に、ミーシャはゴクリと唾を飲んだ。


「あの……あのね? 怒らないで聞いてほしいし、嫌なら嫌って断ってもらってかまわない提案なんだけど。もしよかったら、お互いを相性で呼ばない?」


「アイショウ……とは、いったいなんでしょうか?」


「えっと、愛称っていうのは、お互いを呼び合うときの特別な名前。親しい人同士だけが呼べる本当の名前とは別の名前のこと。私ね、村ではあんまり友だちがいなかったんだけど、1人だけすっごく仲良しな子がいて、お互いに愛称で呼び合ってたんだ。でも、ここでは一人ぼっちで……だから! あなたさえ良かったら、友だちとして……その……」


「本当の名前とは、別の名前……?」


(これは、ワタクシたち魔族にはない風習ですわね)


魔族にとって、名前は特別な意味を持っていた。自らを特定するものであると同時に、何かを為さんとするときには、高らかに自分の名を宣言する。それが誇りであり、同時に義務であるともされていたからだ。


(自分の名前とは違う名前……というのは、いささか抵抗がありますわね)


リーラリィネは静かに思案していたが、その沈黙を否定と捉えたのか、ミーシャが慌て始めた。


「ご、ごめんね! 変なこと言って……そうだよね、今日会ったばかりなのに友だちなんて。私って昔っからこう……他人とどう接していいのかわからなくて、周りから変な目で見られることが多くて。リーラリィネちゃんはいい人そうだから、友だちになってくれるかもなんて、勝手に期待しちゃって、本当にごめ……」


「わかりましたわ。ぜひ、ワタクシのことを愛称で呼んでくださいませ」


「え……? いいの? 本当にいいの!?」


予想外の返事に驚くミーシャ。


「ええ、もちろんですわ。せっかくワタクシと親しくなりたいと言ってくださったのですもの。それを無碍にするのは、あまりにも器が小さい話ですわ。ただ、ワタクシはそのアイショウというものがよくわかりませんの。例えば、ミーシャ様がワタクシをアイショウで呼ぶとしたら、どのように呼ぶことになるのかしら?」


「え、えーっと、そうだね。せっかくの相性だから、できるだけ可愛らしい感じが出るといいから……リーラちゃん? リィネちゃんがいいかな? それとも……そうだ! リリィ……リリィちゃんがいいと思う!」


「リリィ……確かに、なかなか可愛らしい響きがしますわね。では、それに習ってミーシャ様は……ミィとお呼びするのはいかがでしょう?」


「あ、実は……村の友だちもそう呼んでくれてたんだ!」


「あら、実はワタクシ、アイショウを付ける才能があるのかもしれませんわね」


「そうかもしれないね、リリィちゃん」


「そうだといいですわね、ミィ」


そう言って、2人はお互いの顔を見ながらニッコリと笑った。


「私、本当はすごく不安だったの! 勇者学園に通えれば、家族の生活がラクになるかもしれない……って思って飛び込んでみたけれど、生徒のほとんどは貴族さまばかり。ずっと一人ぼっちになるんじゃないかって。でも、リリィちゃんが同じ部屋のお友だちなら、卒業まで楽しく過ごせそう!」


「そう言ってもらえると嬉しいわ、ミィ。けれど、ここは学び舎なのだから、楽しいことばかり考えてはいられないでしょう?」


「まあ……そうだね! でも、それだってリリィちゃんと一緒なら頑張れるはずだわ」


「では、一緒に頑張りましょう」


「うん! うぅ……あ〜あぁ。なんだかとても眠くなってきたわ」


「ふふっ、ミィったら大きなあくび……ふぁ〜あ!」


「リリィちゃんだって眠そうよ?」


「ずいぶん夜も更けて参りましたもの。そろそろ床に着くといたしましょうか」


「本当はもうちょっとお喋りしていたいけど……」


「また明日もありますわ。もちろん、明後日も、その次の日も」


「そうだね! じゃあ、おやすみしましょう」


そう言うと、2人はそれぞれのベッドで横になった。


初めて人族の友人を得た喜びと、久しぶりのふかふかベッドの温もりのおかげで、リーラリィネは即座に夢の住人になることができた。

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