ふかふかベッドとルームメイトですわ①
「やはり、試験会場で殴ってしまった彼はミハイル様の弟さんでしたのね。そのせいでお怒りだったわけですか、納得いたしました」
リーラリィネは話を聞いて、合点がいった様子だ。
ただ、アルスは彼女の言葉をやんわりと否定する。
「それは違うんじゃないかなぁ。ミハイルは家族との関係にあまり執着していないんですよ。だから、弟のグランツくんとトラブルを起こしたからといって、それでキミを責めたりはしないと思いますよ」
「では、どうしてあんなに睨まれていたのでしょうか」
「彼は普段からああいう怖い顔をしているんです」
「あら、そうでしたのね。でしたら、ぜひお伝えくださいませ。人の上に立つものは、いつでも余裕の笑みを浮かべておくべきです、と」
「ははは! そんな伝言を聞いたら、ミハイルの眉間にシワがもっと増えそうだけど!」
子どものように楽しげに笑ったアルスだったが、少ししてピタリと足を止めた。
「こちらが勇者学園の誇る5つの生徒寮の1つ、アリアス寮ですよ」
「これはまた、なかなか大きな建物ですわね。それに、寮の前にある像は……」
それは巨大な美女の石像だった。
左手に剣を掲げながら、右腕には大きな本を抱えている。
「あれ? キミは我らが五大神も知らないんですか? 本当に不思議な人ですね」
「それで……アルス様、こちらは?」
「寮の名前の由来でもある『力と正義の女神アリアス』です。力無き正義は無意味であり、正意義無き力は猛毒である。ゆえに、力と正義は常に一体でなければならず、そのための努力を惜しんではならない……という教えを持つ神様ですね」
「それはなかなか……ワタクシ好みではありませんか」
「確かに良く似合いそうだ。というか、もしかしたらキミはアリアス様の生まれ変わりとか?」
「それはありえませんわ。ワタクシはリーラリィネ、それ以外の何者でもありませんもの」
「そうだね、その通りだ。さて、僕は別の寮だから、この辺でサヨナラさせてもらいますね。詳しいことは、寮の管理人に尋ねれば教えてくれるはずだから」
「ご案内ありがとうございました。それではおやすみなさいませ」
「うん、おやすみなさい」
挨拶を交わすと、アルスは自分の寮に向かって歩き出し、そのまま夜の闇に姿を消した。
寮に入ったリーラリィネは、アルスの助言どおりに管理人のところへ向かう。そして、 寮生活におけるルールを一通り教わったあと、自分の部屋まで案内された。
「この寮は、1人1部屋が基本だけど、アンタは2人部屋ってことになってる」
「そうなのですか? それはどういう理由で?」
管理人は面倒そうに口を開く。
「あんた、貴族じゃないんだろ? で、貴族じゃないヤツはだいたい途中でやめてくんだよ……理由はいろいろ。単に才能不足ってこともあるし、貴族共とトラブルお越して『いられなくなる』こともある。でも理由がなんであれ、すぐに出ていかれるんじゃ、用意をするこっちはたまったもんじゃない。だから、2人部屋だ。まあ、もう1人が辞めちまえば、自動的に1人部屋になるがね」
そう言うと、部屋の鍵をリーラリィネの手に押し付けるように渡し、管理人は自分の部屋に戻っていってしまった。
「2人部屋でございますか。正体を隠すのが少し面倒ですが、ふかふかのベッドがあるのならどこでもかまいませんわ」
リーラリィネは部屋の鍵を開け、中へと足を踏み入れる。
すでに日が暮れていたのもあり、部屋の中は真っ暗だった。
「同じ部屋で寝泊まりする方は、どこかに行っているのかしら」
廊下のランプから差し込むわずかばかりの明かりを頼りに、部屋の様子を眺めていると、リーラリィネの目に寝台が飛び込んできた。
「ああ、これは……ベッドですわ。念願のベッド、久しぶりのベッド! あの石畳のような冷たさも固さもない、横たわればワタクシを包み込むように柔らかく受け入れてくれる……あのベッド! ああもう、今日はいろいろ疲れてしまいましたし、このまま眠ってしまいましょうか!」
そう独り言を口にした次の瞬間、彼女はベッドに向かってダイブしていた。
バインッ!
「んん? なんでしょうか? 確かに柔らかい感触ではありますけれど……これがベッドの柔らかさなのかしら?」
違和感で体をお越し、目を凝らして様子を伺う。
すると、そこには人の顔がハッキリと浮かび上がってくる。
「えーっと、これはこれはこんばんわ……ですわ」
「あ、あの……こんばん、わ」
「もしかして、貴女がワタクシと一緒にこの部屋を使う……」
「はい、今日からここで暮らすことになっているミーシャ・レコです」
リーラリィネは改めて確認する。
どうやら、彼女が飛び込んだベッドにはすでにミーシャが横になっていたようだ。
そこにリーラリィネが覆いかぶさった形になったため、ミーシャは身動きが取れずにいる。
「これは……暗くて気づかなかったとはいえ、失礼いたしましたわ。すぐにどきますわね」
「そうしてもらえると……ありがたいです」
その後、リーラリィネとミーシャは一緒にベッドから降りた。
そして、部屋のランプに火を灯すと、ミーシャが小さなカップを差し出してきた。
「これは?」
「ちょっと持っていてくださいね」
すると、ミーシャはリーラリィネが持つカップの中を指差す。
彼女の指先が薄っすらと光ったかと思うと、何やら文字のようなものを空中に書き出した。
直後、ゆっくりとカップの中に水が現れだした。
「これは……なんて不思議なことかしら。お水がどこからともなくカップに!」
「どこからともなくじゃないですよ。魔術……の応用です。普通はこういう使い方しませんけど、私はこんな感じの可愛い魔術が得意なんです。どうぞ、普通のお水……よりも少しキレイだと思います」
「それではいただこうかしら。あら、きちんと冷えていますのね。けれど、生水を飲むのは危険では?」
「それは井戸や川で汲んだ水の場合です。アレには人を病気にする悪いものが入っていますから、熱を通さないとまずいんですが、魔術で作った水ではそういう心配はありません」
「それは素晴らしいですわ。その魔術があれば、喉が乾いたときに雨を待って口を開く必要がありませんわね!」
「あはは! なんですか、それ。冗談が上手なんですね」
「冗談ではありませんわよ?」
「え?」
「え?」
しばし見つめ合う2人。
リーラリィネはこほんと咳払いをしてから、会話を再開する。
「せっかくミーシャ様が面白いものを見せてくださったのですから、ワタクシも1つご覧に入れましょうか。そこのランプを見ていてくださいませ」
「ランプを……ですか?」
2人の視線がテーブルの上に置かれたランプに集まる。
そして、リーラリィネはゆっくりと右手を上げ、人差し指をランプの日に向けた。
次の瞬間、ふっと灯りが消えてしまった。
「え、どういう……きゃっ!」
いきなり部屋が真っ暗になり、驚いて立ち上がったミーシャだったが、バランスを崩して前に転んでしまった。
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