ついに入学いたしましたわ

ガラガラガラ!


教室の扉が開くと、背筋をピンと伸ばした壮年の男が入ってきた。


彼は教壇の前に立つと部屋の中を一通り見渡したあと、静かに話し出した。


「新入生諸君、あらためて入学おめでとう。入学式は滞りなく終了し、今日よりこの教室が君たちの学びの場となります。私はこの教室の専任教師となるオーレン・バーゲット。主に、実戦を視野に入れた訓練と、君たちの生活指導を行う立場です。君たちは人族の希望となる勇者候補生……その中でも、特に期待されている存在であることを十分に自覚した上で、学園生活を送っていただきたいと思います」


当たり障りのない教師の挨拶を聞く生徒たちの中に、リーラリィネの姿もあった。


ただし、彼女の耳に教師の声はあまり届いていない。


(ああ! こんなにきれいな服を着たのはいつぶりかしら? 穴が開いていないどころか、汚れ一つない。いえ、これが普通といえば普通なのですけれども。それでも、久しぶりに体を洗わせてもらえたのは嬉しかったですわ。そんな汚い恰好で入学式には出席させられない、と半ば強引にお風呂に落とされた感じではありましたが。しかし、人族の男というのはおかしなものですわ。ワタクシの肢体を見て、何やら目をあらぬ方向へ向けておりました。まるで見てはいけない何かがみたいに扱われて少し不愉快でございました。ああ、でも浴場の大きさは素晴らしかったですわね。魔王城にもあそこまで大きな……)


「…ラリィネくん。リーラリィネくん!!」


とりとめのない空想のなかから、リーラリィネを現実に引き戻したのは、耳元で響き渡る怒声であった。


「えーっと? ワタクシに何か御用かしら?」


「私の話を聞いていませんでしたか? 教室の仲間に、ぜひ自己紹介を」


周囲を見渡すと、教室内の生徒たちの視線が彼女に集まっていた。


「これは失礼いたしました。ワタクシ少し考え事をしていましたもので」


「では、自己紹介を」


「もちろん、皆さまにきちんとワタクシについてご理解いただかなければ!」


そういうや否や、バッと立ち上がった彼女は真っすぐに立って威勢よく声を張り上げた。


「ワタクシの名はリーラリィネ! この学園で勇者となり、魔王を打ち倒して差し上げますわ! そして、お父様にワタクシこそが跡継ぎに相応しいのだと認めさせてみせます! ええ、みせますとも!」


しーん……。


しばらくの静寂。


その後、教室は爆笑の渦に包まれた。


「おいおい、言うに事欠いて……魔王を倒すだって!? 奴隷の分際で!」


「入学できただけでも奇跡だし、特待クラスにいるなんて何かの手違いでしょ? それが……勇者になるときたもんだ! いやー笑わせてくれるぜ」


「跡継ぎって! 奴隷の跡継ぎって奴隷だろ? 奴隷になるためにここにきたってか? ギャグにしたって面白すぎるぞ」


生徒たちが大笑いするなか、教師オーレンは困惑した顔でリーラリィネに言った。


「目標が高いのは結構です。しかし、この教室の……いえ、この学園のすべての生徒が勇者になることを目指して日々研鑽しています。それを軽々しく『勇者になる』と口にするのは感心しませんね」


「あら、どうしてですの? ワタクシは勇者になりますし、魔王を倒しますわ。それはすでに決まった事実でございます。事実をまるで偽りであるかのように言うのは、それこそ天への不敬というもの。さらに、それを笑うのは、自らの愚かさの表明にほかなりませんわ」


再びの静寂。


ただし、先ほどとは打って変わって、明らかに教室の空気は張り詰めたものになっていた。


教室の生徒の半数以上がリーラリィネに明確な敵意を向けていたからだ。


「リーラリィネくん……君は」


「おやおや、ホームルームはお終いですか?」


オーレンが言葉を続けようとした時、教室の入り口から別の声が響いてきた。


静かな教室に大きく反響した声の主に、生徒たちの視線が一斉に集まる。


「おっと……なんだか怖いですねぇ。何か問題でもありましたか?」


「いえ、何も。それより、どうしてキミがここにいるのですか? アルス生徒副会長」


生徒副会長……この言葉に教室の生徒たちの大半が驚いてしまう。


勇者学園生徒会とは、「いま最も勇者に近い人間」と言っても過言ではなかった。


それは勇者学園の生徒たちだけではなく、勇者学園を目指す者たちにとっては常識と言えるものだった。


しかし、リーラリィネはそのことを知らない。


「あら? 貴方は試験の時にワタクシを案内してくださった……アルスルホーエンハイム様!」


「いやいや、そんなフルネームで……ってそうか、君は家名というものを知らなかったんですよね。まあ、その説明はまたするとして。僕のことはアルスと呼んでください」


「それで、何のご用件ですか。アルス副会長」


先ほどとは異なり、低く苛立ちの混じった声で尋ねるオーレン。


その怒気をいっさい気にすることなく、アルスが用件を伝える。


「今年の特待はなかなか面白い人材が集まっていると聞きましたので、一目見ておこうと思ったんですよ。それと、リーラリィネさん。あとで生徒会室に来てくれるかな? うちの会長がキミに興味があるそうなんですよ」


「生徒会長? もしかしてこのご招待は栄誉あるものでしょうか?」


「うーん、栄誉があるかどうかはわからないけど……会長と話したい人はいっぱいいると思いますよ。多分、この教室にも」


アルスが教室の中を見回すと、何人かの生徒はゴクリと生唾を飲み込んでしまう。もしかして自分も……と期待したのだろう。


「それでは用件はお終いです。オーレン先生、お邪魔しました」


それだけ言うと、アルスは教室から退出していった。


「ふぅ……いまの生徒会はやはり目に余るか」


そう呟きながら、憂いを帯びた表情をするオーレンをリーラリィネは見逃さなかった。


が、次の瞬間には彼はまた無表情な顔に戻り、粛々と自己紹介を進行させていった。


「人族の世界もなにかと面倒そうですわね」

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