合格通知をいただきましたわ

「はああぁぁぁぁぁあ……!」


盛大なため息を吐き、暗い顔をしているリーラリィネ。


「落ちましたわ。絶対落ちました。何も書けませんでした。まったくのちんぷんかんぷんでしたわ。ワタクシの計画はもろくも崩れ去って……うううっ!」


「ほっほっほ! 今日でそれ、7度目じゃな。ちなみに昨日は13回、その前は19回じゃったぞ?」


彼女の正面に座っている老人が笑いながら応じる。


「いちいち数えていたのですか? それはちょっと嫌味ではありませんの?」


「いやー、ワシらは……ほれ! メシ探しとるとき以外は暇じゃから。お前さんのコロコロ変わる顔は面白くてのぅ。ついつい数えてしもうた」


勇者学園の入学試験から5日が経過した。合格発表は試験の申込時に申請した滞在場所に通達されることになっている。

ちなみに、リーラリィネが申請したのは、いま彼女が据わっている場所。

ガルガンディの第18番地区、バハル通りのとある一角……つまり、路地裏の道端である。


「けれど、本当にどういたしましょうか。まさか筆記試験があんな訳の分からない問題ばかりだとは思いませんでしたわ。魔力回路がどうのとか、連結式がなんちゃらとか……算術やら史学であれば、なんと言うことはありませんでしたのに」


「そりゃーお前さん、勇者学園は士官学校みたいなもんじゃからなぁ。当然、魔術の基礎くらいはできんと。というか、そういうの分からなんのに、入ろうとしとったのかい?」


「別に問題はありませんわ。勇者というのが魔王を倒すというお役目ならば、ワタクシ以上に相応しい者なんて、ほかにいるはずがありませんもの!」


「ほっほっほ! こりゃまた豪胆じゃのう。ワシも20年くらい、ここいらで家無しをやっとるが、お前さんみたいなヤツは初めてじゃわい。まあ、そもそも若い娘がワシらの仲間になるっちゅーのが、めずらしんじゃがのう。」


「……あの時は本当に、ツェンお爺様には助けられましたわ。もし貴方が通りかかっていなければ、あまりのひもじさにワタクシは……」


「毒キノコを食って死んどったのう」


それはリーラリィネがガルガンディにやってきて2カ月ほどが経過した時のこと。

わずかな路銀の残りで何とか食料だけはやりくりしてきたが、それもついには底を尽き、そこからは街中で食べれそうなものを探し回る日々を繰り返すがほとんど見つけられず。

ついに空腹に耐えられなくなった彼女の前に、路地の端でひっそりと美しくたたずむ白いキノコが現れた。

それはまるで、魔王令嬢として生きてきた彼女の生き様を表すような凛とした風貌だったのだ。


「これはまさに、ワタクシにぴったりのキノコですわ」


空腹で意識が朦朧とした彼女は、すぐさまそのキノコを口に入れようとしたが、それをたまたま通りかかったツェンが慌てて引き留めたのだった。


「ちなみに、あのキノコを食べるとしばらくは頭がぽやぽやと幸せな気分になれるらしいぞ。ま、そのあとで強烈に腹が痛くなって、そのまま泡吹いてあの世行きじゃがな」


「うう……そんな無様な死に方、したくないですわ。それにしても、お爺様は本当に博識ですわよね。この街のこともよくご存じで。おかげで、ワタクシも何とか食つなぐことができましたわ。もしかしたら、お父様はこういう『生きた知識』が足りないと、おっしゃりたかったのかしら」


「それで家を追い出して、娘を家無しにする親なら、とんだ鬼畜じゃのう?」


「本当ですわね」


(まあ、ここに来たのはワタクシ自身ですから、お父様は関係ないのですけど)


「おーい! リーラリィネ殿!! リーラリィネ殿はいるか?」


少し遠くのほうから、男性の叫ぶ声がする。


「勇者学園からの使いだ! リーラリィネ殿!」


「はいはいはーい! こちらにいますわ! ワタクシがリーラリィネでございます」 


返事をすると、この主と思われる足音が少しずつ近づいてくる。


そして、怪訝な顔をした男がリーラリィネとツェンのいる路地をのぞき込んできた。


「えーっと……あなたがリーラリィネ殿……?」


「そうですわ。リーラリィネとはワタクシの名。誇るべきワタクシの……」


「ああ、そういうのいいから。これ、学園からの通知。まったく届け先が通りの名前しか書いてないから、しばらく探し回るハメになったよ。先輩から、絶対に届けろ、見つけられなかったは許さん……なんて凄まれたから諦めるわけにもいかなかったし。ま、無事届けられたからいいけど。それじゃ、確かに渡したからな」


そう言うと、男は鼻を摘みながら足早に去ってしまった。


「はああぁぁぁぁっ! きっと落ちましたわ、落第ですわ。さよならのお手紙ですわ」


先ほどよりもさらに大きなため息を吐いて、膝に顔を埋めるリーラリィネ。


「ほっほっほ、それは見てみんことにはわからんぞ? 受かっとるかもしれんしのう。仮に落ちとるとしても、そこからまたやれることもあるじゃろう。けれども、落ちとるかどうか、確かめんことには何も始まらん。それ、ワシが読んでやろうか?」


優しく手を出すツェン。


だが、リーラリィネはそれを拒む。


「ありがとうございます。そうですわね、学園の合否1つでウジウジ言うのはワタクシらしくありませんわ。もし落ちていたのなら、学園の長に直談判……なんなら果し合いをしてでも合格を勝ち取ればいいのですわ!」


そう言い切って、手渡された通知に目を通す。


「お……」


「お? 落ちたか?」


「おめでとうございます、この度貴殿リーラリィネは勇者学園への入学が認められたことをここにお知らせいたします……ですわ!」


「おお! 受かっとったか。こりゃ、めでたいのう」


「つきましては、火の月の17の日までに学園事務局で手続きを行いますようお願いいたします……えーと、今日って何日でしたかしら」


「ほっほっほ! こういう生活が続くと日付の感覚が無くしがちだからのう。まあ、ワシは飯場めぐりのためにきっちり把握しとるが」


「それで何日ですの?」


「17日じゃよ、火の月の」


「じゃあ、手続きって今日までですの!?」


「そうみたいじゃのう」


慌てて路地から飛び出すリーラリィネ。


それをひょいっと頭だけ出して見送るツェン。


「いやー、本当に面白い娘じゃのう。まさか、この歳になってあんな面白いもんを見れるとは思わなんだ。人生、何があるか分からんもんじゃ」


そう呟いて、ツェンは今日の夕飯を探しに行く準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る