【幕間①】どう思います? この試験結果を
「どうだ? 今年は面白い子が入ってきそうか?」
部屋の奥に置かれた厳しい机で書類仕事をしている男が問いかける。
その相手は、いまこの部屋に入ってきた別の男ーーアルス・ル・ホーエンハイムである。
「そうですねぇ。あ、グランツくんなんか見込みがあるんじゃないですかね」
「バカを言うな。不出来な弟だ。いや、それは不憫か。私や兄上が出来すぎるだけの話。とはいえ、勇者を目指すには出来すぎるくらいが当然でもある。あれには素養がない」
「いやー……優秀な兄を持つというのは大変ですね、ミハイルさま」
「嫌味のつもりか?」
「そう聞こえたなら思惑通りです」
「相変わらず腹の立つ……だが、腹心とはそうでなければな」
ニヤリと笑ってみせる。
「それよりも、有望な新人について、だ。今回もあまり芳しくないのか?」
「いいえ、今回はなかなか粒ぞろいのようですよ」
アルスは数枚の紙を机の上に広げた。
「ふむ……6属性の魔術を使いこなす男爵令嬢か。ポルテューヌ男爵家……覚えはないが、どこかの公爵家の直参か? こちらは筆記試験がほぼ満点か。最終問題は学園で魔術学の教鞭を取る教師ですら、読み解けるものが3人いるかいないかだったはず。平民の出らしいが、いったいどこでこれほどの知識を。それにこちらは、扱えるのが2属性ながら、同時使用が出来た、と。前例もそれなりにありはするが、どちらも的を吹き飛ばすほどの威力で使えるとなると……確かにこれは、目を見張るものがあるな!」
先程までのこわばった顔から一転、まるでおもちゃを与えられた子供のように破顔するミハイル。
「でも、もっとスゴいのがこっちにありますよ」
アルスはとっておきとばかりに、2枚の紙をミハイルの前に差し出した。
そのうちの1枚を手に取り、彼は目を大きく見開く。
「8属性の魔術を使った……だと!? これは本当か! だとしたら、これは本当に伝説の勇者の再来かもしれん! どこの誰だ……ヴェイン・バルドハイム。あそこにこんな優秀な跡取りがいたのか?」
「いやいや、そんなわけないでしょ。落ち目のバルドハイムにはギャンブル狂いの嫡男と病弱な次男、あとは不貞をやらかして返品された娘が1人いるだけさ」
「では、このヴェインという男は」
「養子なんだろうね。元はどこかの平民か、あるいは……」
「まあ、出自に関してはどうでもいい。重要なのはこの男に勇者としての素養があるかどうかだ」
「ほかの公爵家……よりによってバルドハイムのところに最高の勇者候補がいるの、ミハイルにとっては目障りじゃないのかい?」
「何を言う。どこの家の者かなど、この際どうでもよい。重要なのは優れた人材がこの学園に入ること。そして、その者を勇者として立派に育成することだろう」
「相変わらず、あなたには私利私欲というものがない」
「そんなことはない。私にだって欲はある。我らが王国の、ひいては人族の繁栄だ」
「人はそれを私欲とは呼びませんよ」
ほとほと呆れたという様子でアルスはため息を吐く。
「それで、もう1つのほうはどうなんだ?」
「ああ、こっちですか? こっちは本当に『おもしろい』ですよ」
「ん? どういう意味だ?」
「見ればわかります」
そう言われ、もう一枚の紙に目を通すミハイル。
「な……なんだこれは! 魔術試験はわずか1属性! 筆記試験に至っては……0点だと! 最初の3問は10歳の子どもでもわかるような内容だったはずだ。それをどうしたら0点などと! 白紙の解答用紙でも出したのか!」
「う〜ん、確かに『白紙の解答用紙』ではあったんですよ」
「我が校を舐めるのも大概にしろ!」
「まあまあ、待って待って。最終的に提出されたのは白紙の用紙でしたが、あきらかに何度も書き直した形跡があったんです。書いては消し、書いては消しを繰り返した形跡が」
「それはつまり……本気で考えたが」
「わからなかったってことですね」
今度はミハイルが呆れたようにため息を吐く。
「子どもでもわかるような問題も解けない人間の試験結果を持ってきて、私をからかっていたわけか……まったく、やはりお前は人が悪い」
「私の人の悪さについては自覚があるのでいまさらです。ただ、この程度の悪さで驚くのは早すぎますね。もっとちゃんと目を通してください」
「うーん、なになに? 名前はリーラリィネ、家名は……無し! お前、自分のところの奴隷でも仕込んだのか!」
「いやいやそこじゃなくて、魔法試験の結果についてですよ」
「は? だから1属性しか使えなかったと」
「そこに但し書きがあるでしょ?」
「但し書き? なになに……属性の判別は不可能。人形の切断面の溶け具合から、おそらく炎系の魔術を使用したものと思われる……? は? なんだこれは。切断面?」
「そう、切断面。つまり……」
「人形を斬ったということか!?」
「いいですね。やっぱり驚いてくれた!」
「言ってる場合か!! あの人形は亜ミスリル鉄鋼でできているんだぞ。ミスリルの比率こそ10%程度と低めだが、ミスリルを含んだ素材を魔術で破壊するなど……!」
「まさに前代未聞でしょ?」
「ミスリルは、我々の秘密兵器と言える代物。魔力で劣る人族が、魔物や魔族に対抗するために用意した『対魔術兵装』の中核素材だ。それを……」
「もし『ミスリルを魔術で破壊できる』としたら」
「勇者育成計画自体を揺るがしかねないではないか!」
「でも、それを為したとされる張本人が勇者学園の中にいるわけです。こんな面白い話、なかなか無いでしょう?」
「お前なぁ、こんな時まで!」
「考え方次第ですよ、生徒会長。ミスリルを超える切り札が僕たちの手の中に転がり込んできた……なら、計画を前倒しで進められるかもしれない」
「それは、本物の勇者を作るための、俺たちの計画……の話だな」
「もちろん!」
「うむ。だが、この娘……リーラリィネなる人物の正体がよく掴めないことには、なんとも言えんな。ミスリルを斬るという理解不能な芸当をしておきながら、魔術に関する知識は子ども以下。それに、魔術の属性が判別できなかったとは?」
「書かれている通りですよ。本来、あの人形は当てられた魔術の属性に反応して色が変化するはずです。なのに、彼女が斬ったものは一切色が変化しなかったんですよ」
「ううううむ……ますます理解しかねるな」
「だからこそ、観察が必要になるでしょうね」
「任せていいのか?」
「ええ。個人的な興味もありますし」
「ほう……めずらしいな。お前が『女』に興味を示すとは」
「これでも僕だって健全な男子ですからねぇ。魅力的な女性には心を惹かれるものですよ」
「魅力的……この投射絵を見るに、なんだか臭そうだが」
「ま、まあ……確かに臭くはありましたが」
リーラリィネは自分の知らないところで「臭い女」の称号を得ることとなった。
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