変な男に絡まれましたわ
入試受付の列に並んでからしばらくが経ち、ようやくリーラリィネの順番になる。
「それではお名前をお教えいただけますか」
「ワタクシの名は、リーラリィネですわ」
「はい……では家名もお聞かせください」
「……? カメイとはなんですの?」
「え……家名をお持ちではないんですか?」
「カメイとは身につけるものなのかしら? 残念ながら今は持ち合わせていませんわ」
「え、え~~と……」
受付係が何やら困惑した表情を浮かべる。
それどころか、周囲の入学希望者たちからも、何やらいぶかし気な視線を向けられていた。
そして、そのなかから大きな声を上げるものが現れる。
「おいおいおい! な~んでこんなところに奴隷が紛れ込んでるんだ?」
その男は明らかにほかの生徒とは違っていた。
着ている服も、立ち振る舞いも、そばに立っている大人も。
彼を見て、「普通の人」という発想を持つ者はいないだろうと、誰もが確信するほどに彼は「違っていた」のだ。
そんな男が大声で、1人の薄汚れた格好の少女に「奴隷」という言葉を使った。
おかげで、周囲は皆、リーラリィネを奴隷であると信じるようになる。
本人を除いては。
「はて? ドレイとはなんでございましょうか?」
「とぼけるなよ! お前、家名がないんだろう? それはつまり、お前が奴隷だってことだ。家名を持たないヒトモドキが、この栄誉ある勇者学園の入学試験を受けようなんて……こんなバカげた話があるか!」
男の言葉に周囲からも「そうだ!そうだ!」というヤジが聞こえ始める。
「ドレイ……が何なのかはワタクシにはわかりませんが、この入学試験を受けるのに何かしらの条件があるとは聞き及んでいませんわ。人族であれば誰でも門を叩く権利がある、違いましたかしら?」
今のリーラリィネは、まさしく人族の姿をしている。
魔族特有の銀髪は煌めく黄金色に、深紅の瞳は海のような深みのある紺碧色に、特徴的な灰色の肌も人族らしい明るい薄黄土色に、魔法によって変えられている。
だから、入試を受けられないとする理由はどこにもない……彼女はそう確信していた。
だが、目の前の男は違ったようだ。
「そんなものは建前に決まっているだろう! 仮に入試が本当に条件無しだとしても、お前のような奴隷風情に超えられる試験じゃない。無駄な足掻きだし、この場がクサくなる……さっさと立ち去れ!」
クサい……という単語に反応するリーラリィネ。
なにせ、それは彼女自身がもっとも感じていたことだったからだ…二か月前までは。
臭いというのは不思議なもので、最初は顔をしかめるくらいの悪臭であっても、しばらくその中に身を置き続けるとなれてしまうらしい。
そのため、今の今まで、彼女は「自分がクサいかもしれない」という事実を忘れていたのだ。
「え? ワタクシ、そんなに匂いますの? すっかり鼻が慣れてしまって、クサいのかどうかわからないのですが!」
そういいながら、少女は自分の腕を男の前に差し出した。
「ぎゃあああああっ!」
男はあまりの刺激臭に悲鳴をあげながら、尻もちをついてしまう。
「ああ……やっぱり臭いのですね。やはり、一刻も早く湯浴みをしなければ。そのためにもやはり! 勇者学園に入らなければいけませんわ!」
「この……クソ奴隷がぁ! この僕に……六大公爵家ローゼンハイム家三男、グランツ・ド・ローゼンハイムによくもこんな……許さないぞ!」
グランツと名乗った男は、腰に差していた剣を抜くと、その切っ先をリーラリィネに向けた。
さすがにこの状況になると、周囲もどよめき始める。
試験の受付を担当していた男性も、止めようと必死に声を上げた。
「い、いくらなんでもそれは問題です! ここは勇者学園の敷地内ですよ! どのような身分の方であろうと、勇者学園の中ではその地位を振りかざすことはできません! ここで問題を起こしては、入学に響くかも…」
「黙れ! いいか、僕はまだこの学園の生徒じゃない。そして、この女もそうだ。なら、今ここでこの女を斬ったところで、それは公爵家の人間が無礼な奴隷を処分しただけの……どうでもいい小さな話だ。お前も……公爵家を敵に回したくないなら黙っていていろ!」
この一言で、彼を止めようとする者はいなくなってしまう。
「おい、どうする? いますぐ僕にひざまずいて許しを請うなら、腕一本くらいで勘弁してやるぞ。僕は寛大だからなぁ。でも、逆らうっていうなら謝りたくなるまで、少しずつ斬り刻んでやるぞ」
その言葉に、リーラリィネは少し悩んでみせた。
「戦うべき相手は慎重に見極めるべし。挑まれた戦いからは引かざるべし。しかるに、それ以外では戦わざるべし」
「は?」
「お父様からいただいた有難~い金言ですわ。まあ、お父様自身は張り倒したいくらい嫌いですけれど、教えまで無意味とは思いませんので」
「だから、何を言って……」
「つかぬことを伺いますが、アナタはカメイとやらをお持ちなのですか?」
「お前……お前はぁぁ!! この僕が家名を持っているか、だと!? 頭の悪い奴隷とはいえ……これはあれだ! 殺してくださいって懇願だなぁ、おい!」
「え~っと? ワタクシの言葉が通じませんでしたかしら。もう一度言いますわね。カメイ、お持ちかしら?」
「持ってるに決まってるだろぉぉぉがぁぁぁ!!」
グランツが構えた剣は、少女の頭に向かって振り下ろされた。
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