第4話 道中のお二人
「そういえば、ずっと気になってたんだけどさ」
前を歩くココが突然振り返る。
近くの村、と言われてから、かれこれ2時間くらい歩いてるけど…これいつ辿り着くのかな。
周りの景色には緑が増えてきたが、見渡しの良い周辺にはまだ村の影も形もない。
なんでも、「心亡き者」が出現するようになってからは閉鎖的な場所に移すようにしたんだとか。
「何かな?僕そろそろ休憩したいんだけど…」
ヘルツはバイザーと違って、「心」による身体能力への補正がある。それは体力も同じだ。年の差もあるとは思うけど、ココが汗一つかいてないのはその表れだろう。
「あ、ごめんごめん。ついわたしと同じ感じで歩かせちゃった」
「いや、まあ良いんだけど…。でも少しは気をつかって欲しいなぁ。僕ってほら、か弱いし」
「……なんか君さ、数時間前と態度全然違わない?もしかして、わたしやっぱりチョロいと思われてる…?」
なんて言い合いながらその場に腰を下ろす。襲われる可能性もゼロではないが、まあココがいる限りは安全と考えて大丈夫だろう。
「ふぅ…。やっぱり歩くのは疲れるし、僕は嫌いかなぁ」
「何度も言うけど、本当に今までよくやってこられたよね、君…」
それは僕もそう思う。こんな僕がよく頑張れたものだ、と。
でも、足を止めてしまうことは、僕の生を否定してしまっているような気がして、そっちの方が耐えられなかった。
「まあ、ね。僕は頑固な方だと思うから…」
「あー、なんとなく分かるかも。君、そういう意味では面倒そうだよね」
今すごい失礼なことをサラッと言われた気がする。念のため抗議の視線を送っておこう。
あ、目を逸らされた。
それにしても、彼女と一緒にいることが想像していたよりも苦ではないことに驚いた。まぁ、あちらがどう思っているかは分からないが…。
一応、軽口を叩けるくらい話せるようにはなった……つもりではいる。
彼女の喜怒哀楽に応じて僕の対応が雑になってるとか、そんなことではないハズ。……多分。
「それで、聞きたいことって?」
「えーとね……あ、そうそう」
となりに腰かけるココ。この綺麗な横顔が、短時間で泣いたり笑ったりするのだから面白い。
「さっき戦ってた時に使ってた剣あるでしょ?そうそう、その白いやつ」
彼女が指差すのは、僕の背中に背負われた剣だ。
とはいっても鞘や剣帯はなく、柄まで真っ白なその剣を、今はただ布で巻いて背負っている状態だ。
「それは一体…?」
どうやらココはこれが気になるらしい。しかしながら、自分もこの剣についてはあまり詳しくないのだが…。
「これ、僕も良く分からないんだよね。気づいたら持ってたって感じで…」
「気づいたら…って……どこで、とか、どうやって手に入れた、とか分からないってこと?」
訝しげな顔をされてしまった。まあ仕方がない。さすがに僕でも、こんなこと言われたら怪しむだろう。
「実は僕、昔の記憶が曖昧なんだ…。ただ一つ覚えているのは『心』が欲しいっていう強い感情。そして、手元にあったのはこの剣だけって感じで…」
胸を締め付けるのは強い喪失感。まるで「心」を失ってしまったかのような、そんな感覚が、僕が覚えている一番古い記憶だ。
「気がついたら草原にポツンと1人。何も分からなかったけど、とにかく動いてみることにしたんだ。幸い、ギリギリ生きていけるぐらいのものは身につけていたし、動く理由もあったから」
自分で語って少し驚いてしまった。ただ当てもなく歩いて怪しまれるだけだった自分が、知り合って間もない人にこんな話をしてしまうなんて。
「そうなんだ…。その、ごめんなさい。何か事情がある気はしていたんだけど、そんなに深くは考えずに質問しちゃって…」
やっぱり、僕はこの人の素直さが好きだ。自分を飾らず、かといって雑に振舞うでもない。僕にとってはそんな自然体さが、とても心地良いものだった。
「いいんだ、全然関係ない話をした僕が悪いし、それに……いや、やっぱり何でもない。ありがとう、ココ」
突然の感謝に不思議そうな表情を浮かべる彼女。
今僕の心にあるこの気持ちは、なんとなく気恥ずかしいから、言わないくらいがちょうどいいのかもしれない。
「それよりさ、なんでコレが気になるの?」
少しずれてしまったが、本題はそこだ。
「あのね、君が気づいてるかは分からないんだけど…その剣、ただの剣じゃないみたい。言っちゃえば、その…剣型のヘルツ…みたいな……」
「剣型の…ヘルツ…?」
ちょっと意味がわからない、というか結構分からないかもしれない。
「うんうん、わたしの例えも悪かったかもしれないけど、その顔は本当に分からないって顔だね。君って分かりやすいね」
ん…?なんかマウント取られた気がする。言ってるあなたも大概ですよ?
「いや、ココよりはマシでしょ」
つい本音が漏れてしまった。
あ、しっかりと失言だったらしい。視線が思ったよりも皮膚に刺さる。
「はい!分からないみたいだから!優しいわたしが説明してあげます!」
ついでに何かスイッチも入れてしまったらしく、パンと手を叩いたココが勢い良く声を上げた。
「じゃ、そこの君。そもそもヘルツがなんでバイザーより身体能力が高いか知ってる?」
「ええと、それは『心』があるから…」
「うー-ん、さんかく!」
あれ、違うのか。でも三角ってことは、当たらずといえども…といった感じか。
「確かに、『心』という身体的な器官を持っているのは特筆すべき違いだね」
おお、なんか解説がそれっぽいぞ。
「でも『心』を持っているだけじゃダメ。それをちゃんと使えるようにしなきゃいけないんだよ」
「『心』を…使う……?」
「そうそう。身体と一緒で、ちゃんと動かす練習をしないといけない…って、わたしたちの間だと常識なんだけど…やっぱり外には伝わってないよね」
もちろん初めて聞く話だ。…たしかに「心」という身体器官が増えただけで、急に、それも今までの人間とは別の種族だと扱われる程の変化が起きるとは思えない。
「つまり、ココも含めて、ヘルツの人達はみんな『心』を扱う練習をしている…。それが、ヘルツとバイザーにおける身体能力の差になってるってこと…?」
「せーかーい!まぁ、本当はもっと大事なことがあるんだけど……それは長くなっちゃうから、着いてからにしよっか。わたしの予想が正しかったら、その剣のことももっとよく分かると思うし」
そう言ってココは立ち上がった。話がてら休憩もできたし、あと少しくらいなら歩けそうだ。
「で、あとどれくらいなのさ?」
「えー-っと、あっちの方角をもっと行ったら森があるはず。そこまで行ったら到着かな」
あっち、とココが指さす先には全くもって森なんて見えない。
「……僕の聞き方が悪かったよ。あとどれくらいの時間、歩くことになるのかな?」
「早くても1時間はかかるかな!これでもゆっくり歩いてるんだから、感謝してよね!」
「……………はぁ」
どうやら、まだまだ先は長いらしい。
……いっそのことココに負ぶってもらおうか。
「いくらわたしより年下でバイザーの子供でも、手伝ったりはしないからね?」
バレてる。というか、括り的にはココだってまだ子供だろうに…。
「3つしか離れてないじゃん…」
「ん??なーに??」
彼女の笑顔からは、何か圧を感じる。こういうところも、一周回ってこの人は素直なんだよな…。
素直っていうか分かりやすいだけか、うん。
「とは言ったけど…まぁ…その……どうしようもないってなったら、少しくらいは…」
「はいはい、早く行こう。日が暮れちゃうよ」
もじもじと何か言いたげな彼女を横目に先へ進む。なんでこの人、そういう所は遠慮がちなんだ。
「ちょっとー!!ちょろいっていうか君わたしのこと舐めてるでしょー!!」
後ろから聞こえるのは大きな彼女の声と追いかける足音。
湧き上がる笑いを堪えながら、これからの旅路が少しだけでも楽しくなるように期待した。
ココロッテ ネンリ @nennri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ココロッテの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます