第3話 二人の話
驚いた表情を浮かべる少年。そりゃあ多少驚くのは予想してたけど、ここまで顔に出しちゃうのはどうかと思うぞ少年。
「ね、だから言ったでしょ?聞いてもあんまり面白くないって…」
えへへ、なんて。気持ちを隠す笑いが出てしまう。これはきっと悪い癖なんだろうな…。
でも、少しだけ他人の本音を感じやすい私にとっては、こういう誤魔化し方も必要だったんだ。
「確かに、少し驚いたけど…」
少しっていうか結構驚いてた気もするけど、ここは言わないでおこう。
「でも、あなたがそう思うならそうするべきだよ…って、さっき言われたことのお返しだけど…」
「………それは」
それは分かってるんだ。
でも本当のことを知ってしまったら、後ろめたさが消えなくなってしまった。彼らは同じ人間ではないとわかっていても、殺してしまうことをずっとためらっている。
こんな風に考えてしまうから、やっぱりわたしは心が嫌いなんだ。心さえなければ、もっと楽に生きることができるのに。
「……そうは言ったけど、やっぱりわたしは心が嫌い。さっきの話、昔の人は見えなかったって言ったじゃない?そんな風に、こんなものは見えないくらいがちょうどいいんだよ」
心なんて、そんなものが目に見えたところで、結局ただの身体器官でしかない。むしろ余計なものを感じやすくさせるだけで、良いことなんて一つも無いんだ…。
「そうだとしても、僕は心が欲しい」
「……ッ」
湧き上がる黒い感情。
……何も知らないくせに。わたしが今までどんな思いで生きて、どんな思いで
「わたしは君の願いを肯定する。でも、わたし個人としては『心』はあってはいけないものだと思う」
ついついキツイ言い方をしてしまう。これも、治さないといけない癖だ。
「じゃあ、あなたはどうするの…?彼らを全部殺して、今度はヘルツも殺すの?」
グッと唇を嚙みしめる。この少年の詰め方もそうだが、何よりも年下の子供に揺さぶられている自分に腹が立った。
「わたしは、自分の世界を変えたくて………。それに、わたしがやらなきゃ、あの人たちは救われない…」
しどろもどろな自分への悔しさと、その中に混ざる感情で涙が出てしまう。
「あ、あの…傷つけてしまったならごめんなさい。ただ、あなたも迷っているように見えたから…。さっきの自分みたいに勇気づけられたらと思ったんだけど…」
ロトが困ったようにつぶやく。
人前で、しかもこんな少年の前で泣き出してしまうくらい限界だったのかな、自分。
「………いえ、こちらこそごめんなさい。きっと君の気持ちが真摯だったから、泣いちゃったんだと思う」
真摯で、鋭かった。でもそれはわたしが向き合うべき傷だ。過去の記憶。そして、知ってしまったヘルツの真実。
この少年には関係のないことだ。彼が心を、と望むならその通りにすべきだろう。
「カッコ悪いとこ、見せちゃったね…」
泣いたら少しスッキリしてしまった。感情の起伏が激しいのもわたしの悪い所だ。
……さっきから悪いところばかりだな、わたし。
「でも君のおかげで何か吹っ切れたかも、ありがとう」
「ううん、良いんだ。こちらこそ、あなたの言葉で決心をつけることができたよ」
その顔には少年とは思えないほど大人びた雰囲気がある。先ほどの戦いぶりを見ていても、あまり心配する必要はなさそうだ。
「それじゃあ…」
と踵を返そうとした時、
「ちょっと待って!」
呼び止められた。それも強く。
「決心がついた、って言ったでしょ?それで、その、もし良かったらなんだけど…僕と一緒に来てくれない?」
「一緒に…って、え…?」
腕を引かれた。澄んだ青い瞳がこちらをジッと見つめている。
「僕は『心』を手に入れたい。でも、そのためには旅をしなくちゃいけない。あなたの目的は、『心亡き者』を全部倒すことなんでしょ?僕もできるだけ協力する。だから…」
「あなたの旅も手伝って欲しい?」
こくんと頷く少年。むむむ、悪くはないかもしれない。
しかし、わたしはあまり他人と行動を共にするのは好きじゃない性格なのだ。
「ごめんなさい、お誘いは有難いんだけど、わたし1人が好きなの。だから…」
余計な意識を感じてしまうくらいなら孤独の方がマシだと思ってしまう。感受性が強すぎるこの心は、自分でも制御できないほどに勝手なモノ。それなら尚更だ。
「じゃあ!僕の用心棒っていうのはどうかな?ほら、そしたら一石二鳥というか…」
「それ、彼らも倒せて、守ってももらえてっていう君にとっての一石二鳥でしょ…。しかもさっき見た感じ、わたしが必要ないくらい強いじゃない」
反論され、不服そうに口ごもるロト。今のはちょっと大人げなかったかな…。
「そうかもしれない…。でも、僕はあなたと一緒に居たいって思ったんだ。特に理由はなくて、ごめん、何となくなんだけど…」
……その表情と言葉は反則じゃないかな!?
少しだけ断れないという感情が出てきてしまった。チョロいな、わたし。
「……でもわたしと居ると、嫌な気持ちになるかもよ?ほら、わたし気分屋だし…」
「僕なら大丈夫。分からないけど、なんとなく大丈夫って気がするんだ…。あなたとは気が合いそうだし」
徐々に押し込まれている気がする。というか、もしかしてあっちにもチョロそうって思われてる?
……実際その通りなんだけど。
「………ある程度そっちの言い分は分かったよ。でも一つだけ聞かせて。二人の方が効率がいいのは分かるよ。でも、そっちにとって『心亡き者』を倒すメリットって何…?もしかして、彼らの正体を知って…?」
「僕は何も知らないよ。ただ、僕も彼らにはゆっくりしていて欲しいって思うんだ。……それだけ」
ゆっくりしておいて欲しい、か。あながち間違ってはない表現だ。この子の言葉といいさっきの動きといい、どうやらただのバイザーの少年ではないらしい。
まぁ、何かあったら途中で理由をつけて別れればいいだけだし、ちょっとくらいなら、うん。
「……分かったよ。一緒に行ってあげる。でもあんまり勝手なことはしないでね。君、なんだかフラフラしちゃう雰囲気あるから」
またキツイ言い方になってしまった…と反省するのも束の間、分かりやすくロトの表情が変わった。
なんというか、すごく嬉しそうだ。もしかして、この子もわたしと同じ部類なのでは…?
「喜ぶのは良いんだけどさ、そもそも君はどうやって『心』を手に入れるつもりなの?」
あ、今度はバツが悪そうな顔をしている。
「え!?何も考えずに旅してたの!?良く今まで続いたね…」
「『光の都』に行けば何とかなるかなって思って…」
この子、もしかしてあまり世間のことに詳しくないのかな…?アレ、ちょっと不安になってきたぞ。
「えっと、じゃあまずは色々教えるところからかな…。ここで話すのも落ち着かないし、近くにバイザーの村があったはずだからそこに行こうか」
こちらとしても、ロトについて気になることがある。ひとまずは情報交換からかだろう。
「分かった。ココって色々詳しそうだし、頼りにさせてもらうね」
「任せてって言いたいけど…君、世間知らずすぎない…?」
いや、驚いた顔されても。実は結構な天然も入ってると思うぞ少年。
「そうかなぁ…。じゃあこれからはココに学ぶことにしようかな」
すっと手を差し出される。
「よろしくね、ココ」
ニコッと笑う少年の雰囲気は年相応だ。
なんだか不思議な子だな。
そう思いながらも、少しだけ感じるワクワクを、わたしは無視できなかった。
「こちらこそ!」
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