第2話 砂丘にて(2)

 沈黙。ココと名乗った少女は微動だにしない。ただ、向けられた切先と同じように鋭い眼光がこちらを捉えている。

「何を、してるって…」

 しどろもどろに答える。いや、そもそも答えにはなっていないような気もするが、この沈黙と状況に耐えられなかった。

「バイザーの人って、身体能力だけじゃなくて頭もヘルツより弱いの?それにしたって、これくらいは理解できると思うんだけど…?」

「なっ…」

 やけにトゲのある言い方だ。いくら身体的な差があるとはいえ、初対面でこれは失礼ではなかろうか。

「そう言うってことは、あなたはヘルツで…つまり、『心』を持っているんですか…?」

 今度はあちらの沈黙。どうやらあまりいい返しではなかったようだ。

「質問してるのは……はぁ、まあいいや」

 呆れたように息を吐く。いやいや、こちらが悪いような雰囲気は違うと思うぞ。

「そう、わたしはヘルツ。あなた達が『進化した人類』とか言ってるソレよ」

 トントンと右胸をつつきながら答えるココ。その位置は、ちょうどヘルツにとって「心」という器官がある場所だ。

「進化した…人類…」

 約半世紀ほど前に起きた「進化のための戦争」。それは、「ヘルツ」を擁するアーカリック国と、残った人類である「バイザー」との全面戦争だった。結果はご覧の有様で、大地が荒れるほどに争った末にヘルツ側が勝利した。

 もともとヘルツ側は統治に興味が無かったのか、戦争が終わるやアーカリック国の王都に壁を築き、世界との関わりを断ちながら生活する道を選んだという。

 そうした背景からか、ヘルツとバイザーには大きな溝があるらしい。「進化した」とは、もう自分たち旧人類とは違うというバイザー側の皮肉でもあるわけだ。

「そ。あなた達より身体能力も高くて生命力もある。そりゃあ、進化したって言われても仕方ないと思わない?」

 仕方ない、か。どことなく含みのある言い方だ。まるで、他人事みたいに捉えているような…。

「はい!こっちは答えた!次は…」

 そちらの番だ、とばかりに急かすココ。その表情は、先ほどよりも幾分か和らいでいるように見える。

「え、えーと…」

「…ん?」

 顔を覗き込まれる。うう、あまりその綺麗な瞳で見つめないでほしい。

「僕が、何をしていたか…」

 ゆっくりと息を吐き出す。それは決まっている。だけど。

 今になって恐れてしまった。ここで自分の内に秘めた目的を話してしまえば、もう後戻りはできなくなってしまいそうな、そんな気がした。

 それに笑われてしまうかもしれない。たかがバイザーが「心」なんて、と。

「……んー?」

 でも、そんな感情も、彼女の瞳の前では些細なものに思えた。だから。

「僕は、『心』を手に入れたいんだ。だから、その為に旅をしていた」

 ああ、言ってしまった。

 何故この言葉が出たのかは分からない。ただ、そう表現するのが正しいと感じた、それだけ。

 元から心なんて、持っていないのに。

「……ふーん」

 そんな僕の言葉に彼女はただ頷くだけだった。

「ふーんって…。その、おかしいと思わないの?ただのバイザーの子供が、『心』なんて…」

「君はおかしいと思うの?」

「いや、それは…」

 おかしいとは思いたくないけど、でも。他の人からしたらおかしいって思われるに違いない。

「心ってさ、昔は目に見えなかったんだって」

「え…?」

 突然だった。そう言って、ココは空を見上げる。

「今でこそ心は目に見えるけど、昔はあるかどうかも分からなかった。それでも、昔の人々はあると信じて生きてきた。まぁ、結局、心が発見されたからこんなことになっちゃってるんだけど…」

 彼女の言葉は続く。そこに先程までの険しい表情は欠片もない。

「えっと、何が言いたいかというとね、心はもっと簡単なものだと思うってこと。そんな風に心があるからとか、逆にないからとか、そんなのじゃなくて…。心は、自分自身で感じるものだと思うから」

「だから、君がたとえ器官としての『心』を持っていなかったとしても、『心』を失くしたから取り戻したいって、そう感じるならそれは間違ってないって、わたしは思うな」

 そう告げた彼女の表情はどこか切なくて。そして、少しだけ優しさも含んでるように見えた。

「そう、かな…」

 知っている。知っているんだ僕は。遠い昔、誰かに教わったはずだと感じているのに。なぜだろう、思い出せない。

「……なんか、変な話しちゃったね。わたし、すごい偉そうなこと言っちゃった」

 あはは…と恥ずかしそうに目を逸らすココ。どうやら、この人はコロコロと表情が変わるみたいだ。

「いや、大丈夫。というか…」

 自然と笑みがこぼれる。こんなに他人の言葉に安心したのは初めてかもしれない。

「むしろ、ありがとう」

 心からの言葉。過去の記憶も生きる目的もおぼろげな自分だけれど、この言葉は本物だ。

 だって、感じているんだから。

「……君って、結構素直な人なんだ」

「うーん、ココさんには負ける気がするけどね…」

 不思議そうに首をかしげるココ。どうやら、本人にはあまり伝わってないらしい。

「あのさ、ココでいいよ。あなたより少しは年上かもしれないけど、敬語とかそいうの、あんまり得意じゃないんだ」

「そう…?じゃあ改めて。ありがとう、ココ」

 うんうんと満足そうに頷いている。どうやらこれで良いみたいだ。

「あと、その、さっきはゴメン…。会ったばかりなのにいきなりあんなつっかかり方、失礼だったよね」

 むむ、いきなり謝られてしまった。確かに、初対面にしてはまぁまぁ…いや、かなり不適切な態度だったように感じる。

「ここら辺ってさ、さっきみたいなのが多いんだよね。『心亡き者』って呼ばれてるヤツ。そんな中に君みたいな子供が一人で歩いてて、更に襲われてるってなったら焦っちゃって…。そうしたらカッとなっちゃってさ…」

 申し訳なさそうするココ。別に見下していた、という訳ではないようだ。……正直ちょっと怖かったけど。むしろ感性に素直な人、という印象を今は受ける。

「いや、あんまり気にしないで…。助かったのは事実だし…」

「そう言ってもらえると、こっちも助かるよ」

 ペコリと頭を下げられた。うー-ん、やっぱりいい人な気がする。少なくとも悪い人ではない…と思う。

「そういえば、こっちも聞いていいかな?」

 ふと、さっきのことを謝られて気がついた。彼女自身は何をしていたんだろう。女の子が一人で、それもこんな砂だらけの場所に居るのもおかしな話だ。というか、ヘルツの人って「光の都」から出ないのでは…?

「何かな?」

「ココは何をしていたの?なんでこんな所に…」

 と言いかけた所で、彼女の表情は再び険しくなってしまった。

 聞いてはいけないという雰囲気は感じたが、今更引き下がっても遅いだろう。

「何か事情があるなら話して欲しいと思う。さっきのお礼って訳じゃないけど、何か協力できれば…」

「本当に知りたい?聞いてもあんまり面白くないかも………いや、ごめん」

 感情を押し殺すように彼女は謝った。

「あなたのことを聞いたのに、はぐらかすのは不公平だよね」

「……辛いなら無理しなくても大丈夫」

「いや、いいの。わたしも自分のをはっきりさせなきゃって思うから」

 そうして俯いた彼女は、重々しく口を開く。

「わたしはね、殺さなきゃいけないの。あの『心亡き者』ってヤツを、全部」

「殺す…?全部…?」

 突然の告白に言葉が出ない。

「そうだよ。わたしはその為に旅をしてる。彼ら全員を残らず眠らせるまで」

そう言うと、彼女は少し後ろめたそうに笑った。

「ごめんね、わたし、なんかじゃないんだ」

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