ココロッテ

ネンリ

第1話 砂丘にて

 ごうごうと吹きすさぶ風の中に、一人の少年が立っている。微動だにせず見つめる先にあるのは、雲まで届きそうな蒼白い塔だ。

「高いなぁ…」

 誰に聞かせるでもなくつぶやく。その塔が何のためのものなのか、少年は知らない。しかし、それは今の少年がどれほど努力をしても届かないもののように見える。

「…でも、いつかは」

 決意を確かめるのは自分を奮起させるためか、それとも、失ったものを忘れないようにするためか。

 どちらにせよ構わない。あの場所には必ず辿り着かねばならない。自分自身の人生をかけてでも、「心」を手に入れる為に。

 そう自分に言い聞かせる度に、持っていないはずの心がチクりと痛む。

 理由は分からないままだ。強いて言うなら後悔、だろうか。記憶も定かではないまま旅をして来た少年にとって、思い出せる後悔など無いはずなのだが。

「……しかし、どうしようか」

 少年の目的は、正確には塔を登ることではない。

「光の都」。心的器官を持たない旧人類、「バイザー」がそう名付けた都。「心」という一つの身体器官を持っている「ヘルツ」だけが入場を許された理想郷だ。そこで「心」を手に入れる。それこそが少年の目的だった。

 約半世紀前に終結した、全世界を巻き込んでの大規模な戦争。後に、「進化のための戦争」と呼ばれるそれは、人類を新旧に二分した。「ヘルツ」は自分たちだけの街を作り暮らす一方、戦争によって荒廃した世界で暮らす「バイザー」たちは徐々にその数を減らしている、といった具合に。

 もっとも、「ヘルツ」が街を作ると言っても、この「光の都」以外には存在しないのだが。

 しかし、それは少年にとってさほど大きな関心の対象にはならなかった。齢14の少年に世界のことを鑑みる気持ちなどない、という訳ではないが、この少年にとって自分以外のことを考える余裕はあまりなかった。

「まずは囲んでいる壁の近くまで行ってみようか。そうしないと始まらなさそうだ」

 よいしょ、と荷物を背負いなおす。見渡す限り砂だらけだが、「光の都」を目印にすれば迷うことはないだろう。「光の都」を囲む壁。おおよそ人が登れるような高さでもなく、そこからどのように内部に入るかは皆目見当もつかないが、目的地であることに変わりはない。

 そうして少年が一歩踏み出そうとした、その時。

「--ア、アア」

 聞きなれた音が、いや、声が少年の背後から聞こえた。それは少し遠くても、ハッキリとと判るものだ。

「……君たち、そうか」

 悲しむようにつぶやく少年が振り返る目線の先には、人の形をしたナニカが三体ほど佇んでいる。おおよそ外見は人間と変わらないが、その目に光はなく、呼吸も荒い。

 少年は真っ直ぐと彼らを見据える。

「『心亡き者』…。誰がこの名前付けたんだろうね、君たちだって、ただなくしたモノを探しているだけなのに」

「ウ、アアアア!アアアアアア!」

 そんな少年の問いかけに反応する素振りも見せず、「心亡き者」と呼ばれた彼らは、とてつもない速度で少年に向かう。その速度は並のは人間に出せるものではなく、動きもまた、走るとは形容できないほど歪なものだった。

 ジッと対する少年が手に取ったのは、少年の身体よりも少し短い真っ白な剣。それ手にする少年の目に迷いは一切ない。

「少しだけ、分けてほしい」

 そう少年がつぶやくと、白い剣先が光を帯びた。その光は徐々に刀身を包み、輝きを増していく。

 ふぅっ、と息を吐くと、尚も勢いを落とさず向かってくる彼らに相対し、

 一息。構え、右から左へと水平に薙ぎ払った剣が胴体を容易く切断する。

 二息。そのままの勢いで斜め上に切り上げた切先が向かってくる体をなぞる。

 その少年の動きもまた、並の子供の動きではなかった。かなりの速度で迫りくる肉体を、受け流しつつ切り捨てていく。

 そして、最後の三つー--の前に少年は動きを止めた。

 先程までこちらめがけて走っていた敵は、すでに地に伏せている。

「あ……」

 驚く少年を気にも留めず、ゆっくりと近づく人影。その動きは先程までの彼らとは違い、穏やかな足取りだった。

「それにしても凄いね、君」

 女の声。どこからか現れた彼女は、倒れ伏した背に刺さった短刀を抜きながら尚も少年へと歩み寄る。

 背丈は少年よりも少し高いくらいで、何よりも目を引くのは腰あたりまである深紅の髪だ。綺麗な金色の瞳をしているが、その表情は険しかった。

「君、名前は?」

 赤髪の少女が尋ねる。その声にはあまり感情が感じられない。

「…ロト」

 自分の名前のはずが、どこか確かめるように口にする少年。しかしながら恐る恐る答えた少年は、先程の戦闘が噓のように年相応だ。

「ロト、ね。わたしはココ。……あのさ一つ聞きたいんだけど」

 ココ、と名乗った少女は自身の短刀を少年に向けて睨みつける。続く言葉には、ハッキリと苛立ちの感情が含まれていた。

『バイザー』の少年が、こんなところで何してるの?」

 風が身体を吹き付ける。ロトにとって、これが初めての「ヘルツ」との出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る