第13話 関係性

「ぶくぶくぶく……」


 お風呂の中に顔を半分うずめて息を吐く。なにかもやもやすることがあるとついやってしまうのだが、客観的に見ると、これは小さい子供のやることだろう。


 でもまさかナギサに子供がいたなんて…… もちろん驚いたけどよく考えてみれば別におかしいことじゃない。年は聞いてないけど多分三十代だし、ルックス良くて人当たりも柔らかいなんて、絶対モテるタイプのはずだ。


 子供がいたということは、当たり前に考えて結婚していたということだろう。つまり奥さんがいたわけで…… その妻子を捨てて家を出た……


 ひどい、いくら昔のこととは言え確かにひどいことだと思う。でもだからと言ってナギサを責めるほど親しいわけでもなく、私にそんな資格があるわけはない。


 一応連絡先は交換したけどこのまま忘れてしまった方がいいだろうか。私には過ぎた相手に思えるし、そもそも年が離れすぎている。


「いやいや! なんで私はまた恋愛前提で考えたりしてるのよ!」


 湯気の中にエコーがかかった声が広がり、思いのほか大きな声を出してしまったと感じた私はびっくりして立ち上がった。


 体に沿ってお湯が流れ落ちていく。


「あの涙…… ナギサは何でもないって言ってたけど、あれはいったい何だったんだろう」


 はるか昔の話だよって笑いながら言っていたけど、もしかしたら、今でも時折思い出して一人泣いていたりしたんだろうか。それに、後悔していても不思議ではない。


 どういう事情があったのかは知らないけど、今もナギサの心に残されている出来事であることは間違いない。だからこそ長い年月が過ぎている今でも、彼に涙を流させる出来事だったということになる。


 私はいつも一人孤独を感じている。かといって本当に一人なわけじゃなく、家にはお父さんがいるしたまにはおばあちゃんとおじいちゃんに会いに行くことだってできる。


 でもナギサに誰かそんな人がついていてくれるのかな。もしかして過去に縛られたままだったり、良心の呵責にさいなまれ苦しんだりしてるかもしれない。


 まだまだ世間を知らない、私の狭い了見では測りきれないことが世の中にはあふれているんだろうって思うことがあったけど、まさか目の当たりにするなんて思ってもみなかった。


「あ! 忘れてた!」


 私は思わず声を上げた後、冷えはじめている体を再び暖めるよう湯船に浸かった。


 そう言えば、ナギサと出会ったのはお父さんと一緒のところを見たからだった。すっかり忘れていたけど、あの二人の関係ってどういうものなんだろう。


 親しい間柄、なんて言葉一つでは括れない関係…… あの時の手のつなぎ方、離れ方は男同士の物とは思えない。まるでそれは恋人同士の……


 まさかそんな!? やっぱりお父さんとナギサってそんな関係!?


「ぶくぶくぶく……」


 お湯のせいなのか勝手に考えている妄想のせいなのかわからないが、顔が火照って来た私は思わずまた湯船に顔を沈めた。



◇◇◇



 結局昨日はなんだか気まずくて、お父さんが帰ってくる前に布団へもぐってしまった。根拠もなく決めつけて勝手に気まずくなるなんておかしな話だけど、相手が知らない女の人ならまだ理解できる。


 長年独り身のお父さんがこっそりと彼女を作っていたとしても、それを許容するくらいの心構えはあった。しかし相手は男の人なのだから話は複雑になってくる。


 お父さんは正直カッコいいわけじゃない。どこにでもいるような、中肉中背でごく普通の中年男性である。もし恋人がいると言われても鵜呑みにすることはできないだろう。


 それなのに…… よりによって、あんなイケメンなナギサが恋人だったとしたら!?


「あー、もう頭がパンクしそうだよ!

 いったいどうしたらいいんだろ……」


 思わず声を出してしまったが、そんなことをしている場合じゃない。早く学校へ行かないと遅刻してしまう。私はお父さんが作って置いといてくれたお弁当をカバンへしまった。


 お弁当が置いてあったところをふと見ると、二つ折りの紙が挟んであった。それを取り上げ広げてみる。


「なんだろう、手紙?」


 それは父さんからの手紙だった。ごく短い数行の文だったけど、私の心に十分しみるものだった。


『なにか悩みとか心配事があるのかな? 元気が出ないときには無理に出さなくていい。

 でもどうにもできなくなるようなら相談してほしい。

 いつでも麻美の事を一番に考えたいからね』


 まったく、私は何を抱え込んだ気になっていたんだろう。お父さんは今まで一人でなんでも抱えて生きてきたに違いない。私のために我慢したり捨ててきたりしたものもあっただろう。


 そんなお父さんに対してあれこれ詮索して生き方を否定するような真似、私はすべきじゃない。感謝したり応援したりするくらいの甲斐性がなくてどうするんだ!


 なんとなく微妙に吹っ切れたような、それとも割り切ったような気持ちでいったん落ち着いた私は、鼻息荒く学校へ向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る