第14話 無神経なメッセージ
学校生活はそれなりに忙しく、ナギサへは一度も連絡しないまま数週間が過ぎた。今週は期末試験一週間前なのでなんとなくそわそわしてしまう。普段からしっかり勉強しているとは言い難いけど、それでもそれなりには机に向かっているつもりだ。
そう言えばお父さんに渡したしおり使ってくれてるのかな。会社の人にも渡してくれたかな。渡しただけで満足してしまって確認してなかったことを思い出す。
相手が望むこと、求むものを確認もしないで強引に受け取らせてしまっていたらどうしよう。そういう自己満足で行動するのはまだまだ子供なんだろう。私はふとそんなことを考えていた。
目の前に準備した教科書をパラパラとめくってみるが勉強に身が入らない。やらなきゃいけないと思えば思うほど、集中力から遠ざかるのを感じていた。
「だめだ! 今日はやめた!」
思ってたよりも声が大きすぎて自分で驚いてしまった。とにかく今日は勉強にならない。こういう時は無心で描きまくるしかないのだ。
試験前週間に入ってから封印していたあの箱を、机の上に出して中身を並べていく。息抜きだからちょっとだけ、ほんのちょっと気分転換するだけだからね。
誰も聞いていないし誰に止められているわけでもないが、自分で決めたことを破るのはやっぱり後ろめたくなってしまうものなのである。
練習用紙を並べてからニブ(ペン先)にインクを乗せる。軽く深呼吸をしてからゆっくりと文字を描いていく。自分でいうのもなんだが、大分うまく描けるようになってきた。
アルファベットを一通り描いた後に数字をいくつか描いて手を止めた。そして少しだけ考えてからまた深呼吸をし、今度は別の紙へペンを走らせた。
『Yoshiharu & Nagisa』
うんうん、良く描けている……
「うわー、私は何を描いているの!?」
今度は予期せぬ独り言だ。思わず目の前の紙を両手でクシャクシャに丸めてゴミ箱へ放り込んだ。自分で描いておいて言うのもなんだけど、ちょっと妄想が過ぎる……
我にかえり、時間を確認するためにスマホを手に取る。その向こう、ほんの数回タップすればナギサへ繋がるのはわかっている。
でもなかなか話題を思いつかないし、かといって、用もないのに話しかけるのは悪い気がして、そうそう簡単には出来ないのだ。
しかし私は今、無性に話がしたくて仕方ない。どうにも気になってしまって勉強にも身が入らないでいるのだ。誰でもいいから構ってほしいのかもしれないし、それは子供じみたわがままかもしれない。
それでも私は今誰かの言葉を必要としていて、その相手はナギサであってほしいのだ。そして。うんうんと一人頷きながら自分を納得させ、メッセージを送ってみる。
『あさみだけど、聞いてほしいことがあるの。
時間がある時でいいから返事ちょうだいね』
すぐには反応がない。そりゃそうだ、暇な中学生と違ってナギサはきっと働いている時間だろう。このまま待っていても仕方ないし、勉強はいったん中断して夕飯の支度をしてしまおう。
私はカリグラフィーの道具を片付けてからキッチンへ向かい、ピーマンの肉詰めを作り始めた。
◇◇◇
夕飯を食べ終えてからゆっくりとお風呂に浸かる。これが私にとって至福の時である。もちろんカリグラフィーに取り組んでいるときも幸せだけど、うまくいかないと悔しかったりイライラしたりもする。
その点お風呂は凄い。いいことがあった日でも悲しいことがあった日でも、湯船に浸かっているだけでリフレッシュできるのだから。
それにお風呂上がり、頭にタオルを巻いて本を広げてみると、なんだかちょっとオトナになった気分にもなれる。
そんなことを考えながら鼻歌交じりにリビングへ戻ってくると、スマホのランプが点滅していた。
「ナギサから返信来た!?」
大急ぎでロックを解除すると、期待通りナギサからメッセージが届いていた。
『久しぶり、返事遅くなって申し訳ない。
聞いてほしいことって何?』
まあ恋人同士というわけじゃないので文章的にはこんなもんだろう。ちょっとだけ落胆したけど。でもそんなことは横へ置いておいてまずは返信しなければ!
私はやや興奮気味に文字を打ちこんでいった。
『気になる人がいるんだけど、それが恋なのかどうかわからなくて。
その人の事を考えるとそわそわしてしまうんだよね。
恋ってなんだろう』
すぐに既読がついてなにか打ちこんでいる。早く早く!
『恋についてとは難しいね。
僕は誰かに恋をしたことがないからわからない。
でも人間的に好きになることはあるけどね』
でも結婚して子供もいたはずなのに…… それなのに恋をしたことがないってどういうこと!?
『恋をしたことがないのに結婚して子供がいたの?』
既読はすぐについたけど反応がない。これはさすがにまずかったと、送った後に思ったけど手遅れだった。この前ナギサと会ったときにはそのことで涙を流していたの、知っていたのに……
私はバカだ。子供だ。なんでこんな簡単なことがわからなかったのだろう。かといって謝罪のメッセージを送るのはためらってしまう。私は悩んだ末、ナギサからの返信をただひたすら待つだけにした。
そして結局メッセージは返ってこなかった。
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