第12話 わからない感情

「よく後姿だけで僕だってわかったね。

 まだ一度しか会ったことなかったのに、あさみはすごいね」


「なんでだろう……

 なぜかね、後姿だけでナギサ…… さんだって確信したの」


「ああ、呼び捨てで構わないよ。

 そのほうが気楽な関係になれるだろ?」


 気楽な関係ってどんな関係だろう。そんな恋人同士みたいなこと…… いいのだろうか。


「歳の離れた妹ができた様な気分でちょっと楽しいね。

 いや、下手すると娘くらいの年齢差になっちゃうのかもしれないな」

 

 私は今までにない勢いでがっくりした。それは、まるでテレビで見かけるお笑い芸人に似たようなリアクションだった。


 妹や娘みたいな扱いならそりゃ気楽な関係に決まってる。恋愛対象として見られていないからこそ、こうやって気楽に話ができるというのは納得がいく。


 でも、それでも私が恋愛感情を持っていたとしたら? そんなことは考えてもいないのだろうか。確かに年の差を考えたらバカらしい話ではあるけど、ちょっとくらい夢を見たっていいじゃない?


 かといって、ナギサに対し本当に恋愛感情があるのかと言われると微妙である。カッコよくて話しやすいしこんな恋人がいたらなあって思う反面、それはもっと大人になってから味わいたい体験かもしれないとも思っている。


 どちらかというと今抱いている感情はただの憧れ、そう、大人に対する憧れで、例えるなら教育実習生にキャーキャーするクラスメートたちと似たような物だろう。


「それでも…… それでも私はナギサと親しくなりたい。

 なんでかわからないけどナギサに魅かれるんだもん」


「どうしたの唐突に。

 親しくなりたいと思ってくれるのは嬉しいけど、もうちょっと順を追って話してくれないとね。

 もしかして妹とか言ったから気分を害しちゃったかな?」


「ううん、そんなことないよ。

 娘よりは妹のがまだマシかな。

 恋人ってわけにはいかないし……」


「なるほど、そんなことを考えていたんだね。

 残念ながら僕はまだ犯罪者になりたくないんだ、ごめんね」


 私はもう恥ずかしくて恥ずかしくて、顔から火が出るというのはこういうことなのかと、自らの体験で理解を深めることとなった。


「違うの、学校って時期になると教育実習生が来るでしょ?

 今までは、大した魅力もない大学生に熱あげて騒いでいるクラスの子を見て子供だなあって思ってた。

 でもナギサと出会ってからは、私も同じような感情を持っちゃうんだなって感じてる。

 それが恋とか愛とかなのかはわかんないけど!」


「そっか、もしかしたら僕と出会ったことで、色々と悩みを抱えさせてしまったのかもしれないね。

 あさみは随分と賢そうだから、悩みを持つと自分なりの回答を得るために頭を悩ますんじゃないかな。

 でもね、それは別に悪いことでもおかしいことでもないさ。

 まだ子供な中学生、されど多感な中学生だし、今持っている感性は大切にした方がいい」


「そうなのかな……

 私、きっとまだ世界が狭いから、自分がこれからどうしたらいいのかわからなくて。

 一人でいると恐くなることもあるし、不安になることもあるよ?

 そういう時に頼りにするというか、相談できる相手もいなくて……」


 打算的に発した言葉ではなかったけど、ふと考えてみるとナギサに相談相手になってほしいと言っているようなものだ。すなわち連絡先を交換することを望んでいるのと同じだ。


「それって僕に相談相手になってくれってことなのかな?

 身近に相談できる人がいないなら構わないけど、ご両親には話づらいのかい?」


「お父さ…… 父は仕事から帰ってくるの遅いから……

 母は私が生まれてすぐに亡くなりました」


「ああ、それは…… 気が効かなくてごめんね」


「いいえ、記憶にもないことだし、その分父が甘やかしてくれているから。

 私こそ一方的に感情の押しつけみたいな真似してごめんなさい」


 お母さんについての記憶、それは本当に何もない。知っていることは、私が生まれてすぐに亡くなってしまったことと、その後祖父母に預けられたことを聞かされているくらいである。


 ちなみにおじいちゃんとお父さんはとても仲が悪く、そのせいでお父さんは長いこと実家には帰ってなかったらしい。結婚して孫が生まれるとの連絡もおばあちゃんが聞いていただけで、その次にお父さんが連絡をしたのは、私を産んですぐにお母さんが亡くなったことだったそうだ。


「実は僕にも子供がいたんだよ。

 はるか昔の話だけどね」


「え!? それって!?」


「そのまま言葉の通りだよ、驚かせちゃったかい?

 まだ赤ん坊だった子供を置いて家を出たんだ。

 だから、僕は人の力になれるようなそんな立派な人間じゃないのさ」 


「そんな……

 きっと何か事情があったんでしょ?」


 私は突然の告白に、頭を強く殴られた気分だった。


「まあ事情があったにせよ

 過去を変えることができない、それが全てさ。

 幻滅しただろ?」


 幻滅? 落胆? いや違う、別の何かが私の胸を突いた。それは……


「涙が……」


 改札口と駅ビルの出口を結んでいる連絡通路に寄りかかり話し込んでいた二人。すぐ隣で笑いながら話しているナギサの頬には、いつの間にか大粒の涙が流れていた。

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