第3話 オープンカフェ

 目の前にはちょっと背の高いグラスに入ったアイスオーレが二つ、それとケーキが二皿置かれていた。


「それじゃ…… いただきます……」


 私はペコリと頭を軽く下げてからアイスオーレを一口飲んだ。うん、確かにおいしい。すっきりした苦味と酸味が主張しない程度に感じられる。普段飲んでいるコンビニのカップ品とはまるっきり別物だ。


「おいしい! 水出しコーヒーだからなんですか?

 私こんなにおいしいアイスオーレ初めて飲みました」


「でしょ? ここはさ、キチンと作ってる割には口うるさくなくていいんだ。

 凝った店だと水出しはストレートで飲めとか、ブルーマウンテンはブラックをホットで飲まなきゃいけないなんて言ってたりするのさ」


「なるほど…… でも言い分はわかるような気もします。

 きっとお店の方のこだわり自体も商品の一部なんでしょうね」


 思わず生意気なことを言ってしまった。ただ、別に誰かの受け売りとかではなく本当にそう思っているのだ。個人的には、そういうこだわりを持っている人は好きな方である。


「へえ面白いこと言うね。

 誰かの価値観を押し付けられているみたいで、僕は好きじゃない。

 でも確かにこだわり自体を売りにすることも悪いことじゃなくて、最終的には客が選ぶことだろうね」


「はい、きっと人それぞれにこだわりってあると思うんです。

 私にだって、きっと、えっと…… あなたにだって」


 目の前の彼はにっこりと笑いながら頷いた。その表情は甘くて優しくて、気をしっかり持っていないとつい見とれてしまう。それでもやっぱり引き込まれてしまった私は彼の一言で現実に戻ってきた。


「そんなに見つめられたら恥ずかしいよ。

 ええっと、名前なんだっけ?」


「あ、すいません……

 ななな、名前ですね、あさみ、です」


 少しためらったがいい名前が思いつかずとっさおかしな名前を名乗ってしまった。大体人に名前を聞くなら自分から名乗るべきだろうに、大人のくせに気が利かないな。


 私が名前を名乗ると、彼は少しだけうつむいて沈黙した。そしてすぐに顔を上げてから再び語り掛けてくる。その声は男性にしては高い声だけど、甲高いと言うよりはよく通る声って感じだ。


「あさみ!? 

 僕はナギサというんだ、よろしくね。

 あさみ…… どんな字を書くの?」


「え、え、えっと……

 ひ、ひらがなでお願いします!!」


 何を言ってるんだ私は…… まったくもって意味不明、恥ずかしすぎて泣きたくなってくる。すると目の前の彼、ナギサが笑顔を崩すことなく優しく語り掛けてきた。


「そっか、ひらがなであさみさんなんだね。

 あで始まるなまえは当たりが柔らかくていい、僕は好きだよ。

 ナギサもナから始まってるからあ行の仲間だな」


「は、はい。

 そんな風に考えたことありませんでした。

 なんだか面白い人ですね、ナギサさんって」


「そうかな?

 見ず知らずの男性を尾行する女子中学生の方が面白いと思うよ?

 それより早くケーキ食べてみなよ、ここのバスクチーズケーキは凄くおいしいんだからさ」


 私は今赤面しているだろう。顔が火照って仕方ない。目の前のアイスオーレを一口、また一口と矢継ぎ早に飲んでようやく落ち着いていた。


 そしてナギサに促されるまま、チーズケーキへ手を伸ばした。フォークで一口大に切って、そのひとかけらを口に運び入れる。すると今まで味わったことの無い舌触りと濃厚なチーズの風味だ。


「確かにすごくおいしいですね。

 外はこんがり中はとろーりって感じで、まるで何かのキャッチコピーみたいです」


「ふふっ、おいしいだろ?

 こんな一等地にあるから値段はちょっと高いけど、それに見合った味だと思うよ」


 それはフェストフードやコンビニスイーツが関の山である私にとって、初めて体験するオトナの味だった。しかも目の前には超イケメンが座っているのだ。


 こうやってテラス席に座った私たちは恋人同士に見えるだろうか。いやきっとそれは無理だろう。私は制服だし見た目も完全に中学生だ。かたやナギサは大人だしステキだし背も高くて顔はきれいだしまつ毛はぱっちりなのだ。


 気のせいか、行く行く人たちがナギサをちらちらと気にしているように感じる。もしかしたら、なんであんなちんちくりんな子供とあんなイケメンが一緒にお茶しているのだろう、なんて目で見られているのかもしれない。


 でもそんなことはどうでも良かった。現に今、私はナギサと一緒に、こんなオトナなカフェでおいしいアイスオーレとケーキを楽しんでいるところなのだから。


「どうしたの?

 ちょくちょく心ここにあらずみたいになってるけど、緊張してるとか?」


「い、いえいえ、トンデモナイ。

 それより、なんで私みたいなかわいくもない中学生をお茶に誘ったんですか?

 ナギサさんみたいなステキな方ならデートする女性なんていくらでもいますよね?」


「あはは、別にデートしたいとかそういうんじゃないよ。

 それに僕は女の子に興味はないからさ」


 やっぱり! 女に興味がないと言うことは、やっぱりあのときパパと手を繋いでいたのは見間違いじゃなかった。まさか、身内から見ても地味でいいところのなさそうなあのパパが、こんなステキな男性と愛し合っているとでもいうのだろうか。


 いやいや、そんなことがあるはずない。信じたくない。こんなステキな彼なのだからそれに見合ったステキな女性と、百歩譲ったとしてもステキな男性とカップルでいてもらいたい。


「やっぱり人づきあいはさ、性別で決めつけるんじゃなくて人としてどうなのかが重要さ。

 だからあさみさんをお茶に誘ったんだよ。

 探偵でもないのに後をつけてくるなんて面白いじゃない?」


 またその話である…… いい加減恥ずかしくなってきたが、事実なので何の反論もできないのがまた余計に恥ずかしい。


「人として、ですか。

 それはわかる気がしますけど…… でもそれって恋とは違う話ですよね?

 さっきは別れ話がなんとかって言ってたのに」


「ああ、それはまあ言葉の綾ってやつ。

 今日はもうお別れってことね」


「なんだ、嘘じゃないですか。

 いたいけな中学生に嘘をついてお茶に誘うなんて、タイホされちゃいますよ!」


「うんうん、そうだね。

 あさみさんはホント面白いよ、見立て通りだなあ」


 これでも少しは本気で強気に出たつもりだったけど、あっさりと流されあしらわれてしまった。ナギサはそんな私を見てまたにっこりとほほ笑む。


 その笑顔を見ると、私はなぜかすべてを許してしまいたくなるのだった。

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