第2話 遭遇
駅から数百メートルは歩いただろうか。いつの間にか繁華街の喧騒は小さく聞こえる程度になっていた。周囲には背の高いマンションが立ち並んでいる。
きっと家賃も高いのだろう。それとも分譲マンションだろうか。いやいや、そんなことよりも私はいったい何をしているのだろう。
そんな風に考え事をしながら上を見たり前を向いたりしながら歩いていたら、あの男性を見失ってしまった。もう、私ったらいつも肝心なところで集中できないんだから……
ほんの少し先はカーブになっているため先の見通しが良くない。それにすぐそこには丁字路もある。ということはまっすぐ進んでいても曲がったとしても見失いやすい場所と言うことになる。
後をつけるということにどんな意味があるかはわからないが、失敗したのならそれもまたいいだろう。別に強い目的意識を持っていただけではないのだ。
私はそれほど落ち込んでいるわけではないものの、全てを諦めたかのように力なく歩いた。十数メートル歩いて丁字路まで来たところでふと、別れた横道へ視線を移す。
そこにはあの男性がにこやかな笑顔でこちらを見ながら立っていた。ポケットに手を入れて少し斜めに構え建物の壁に寄りかかっているその姿、まるで映画のワンシーンのようだ。
彼は私と目があると壁から肩を離し、こちらへ向かって歩いてくる。どうしよう、知らないふりして立ち去ろうか、それとも走って逃げようか、そんなことを考えているほどの距離はなく、あっという間に私の目の前には彼が立ちふさがった。
「あなたは誰なんですか?」
「ちょっと待ってよ、それが後をつけられた僕に探偵さんがかける言葉なのかい?」
「私…… 探偵なんかじゃありません。
でも後をつけて不快な思いをさせてしまったのは謝ります、ごめんなさい……」
自分でもバカなことを言ったと思う。言うに事欠いて誰ですか、とはどんな言い草だろう。あとをつけていたのがばれているということはどう考えても私が不審者の側なのだ。
「別に不快と言うわけじゃないけどね。
なんで僕の後ろをつけてきたのかは聞かせてもらいたいもんだな」
「それは……」
彼は思っていたよりもずっと若かった。多分二十代だろう。背は高いがヒョロッとした感じではなくどちらかというとがっしりとしている。スポーツ選手か何かだろうか。
それよりなにより一番驚いたのは、顔のつくりがいいだけじゃなくて肌はきれいだし色も随分と白くて羨ましいくらい。艶のある唇にぱっちりとした二重まぶただしまつ毛も長い。本当は女性だと言われても信じてしまいそうである。
でも今はそんなことを考えている場合ではない。何かしらもっともらしい言い訳をしないといけない。
「あの…… さっき駅ビルの百貨店で買い物したんです。
帰ろうとしたとき表へ出てきたらあなたが歩いているのが見えました。
それで…… えっと…… かっこいいなって思って……」
よし、嘘はついていない。あとはもう一度謝ってここを立ち去ろう。きっともう二度と会うこともなく、彼も私の事なんてすぐに忘れてしまうだろう。私も彼の事なんてすぐに気にしなくなるに違いない。
「なんだ、そんなことだったのか。
僕も案外捨てたもんじゃないのかな。
実はついさっき別れ話を切り出されたばかりなんだよ」
いったいこの人は何を言い出しているのか。ついさっきというと、まさかパパと手を繋いでいたあの時の事!? どう見ても男同士でする行動とは思えなかった。それにそのことを私へ切り出すなんてどういうつもりなんだろうか。
「別れ…… 話ですか……?
後をつけておいてこんなこと言うのもおかしいかもしれませんが、私そんなことに興味ありません。
人込みの中でも目を引くイケメンだから俳優とかモデルなのかなって思ったのでつい後を……」
「ぷっ、なんだかおもしろい子だね。
まだ中学生くらいだろうけど、イケメン見つけたら後をつけちゃうの?
あんまり危ないことはしないようにね、子猫ちゃん」
「私! ……普段からそんなことしているわけじゃありません。
今日は魔が差したというか…… そう、気の迷い、気まぐれみたいなものですから」
「でもイケメンなんて言われると嬉しくなっちゃうね。
後をつけられたのはちょっと驚いたけどさ。
もし時間があるならお茶でもしない?」
思ってみない申し出に私は驚いてしまった。想像もしていない展開が訪れると人は声が裏返るものらしく、それは私も例外ではなかった。
「そ、それってナンパですか!?
いい大人が中学生にそんなことするなんて!」
「あはは、そんなに驚かなくたっていいじゃない。
それに君はそういうけど、どちらかというと僕がナンパされそうになってたんじゃないの?
もしくはストーカーかな?」
「違います! 私ストーカーなんかじゃありません!
いいですよ? それならお茶くらい付き合いますとも!
その代り奢ってくださいね、今月はもうお小遣いが厳しいんです」
「うんうん、それくらい奢るよ。
一応悪意があるわけじゃないってことをわかってもらうために人通りの多いところへ行こうか。
帰りはまた駅まで戻るんだろ?」
「はい、じゃあ駅の正面にあるオープンカフェでいいですか?
あそこ行ってみたいんですけど、子供お断りな雰囲気なので入ったことないんです」
ここはあえて相手のペースを乱すために無茶を行ってみることにした。ちらっと覗いたことがあるくらいだけど、あのカフェはコーヒー一杯にケーキをつけたらもう千五百円位くらいのお高い店なのだ。彼がためらうところを見届けたら帰ることにしよう。
「駅の向かい側? あそこか、いいセンスしてるね。
でも行ったことないのはもったいないな。
あの店のバスクチーズケーキは昔から抜群においしいって評判なんだから。
水だしコーヒーも絶品だよ、さあ、行こうか」
「えっ? あ、はい。
水出しコーヒー? ですか?」
彼はあの笑顔でうんうんとうなづきながら来た道を戻るよう促す。思惑が外れて抜け殻のようになった私は、言われるがままに彼の横を歩くのだった。
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