再会

狭い座敷で葵花魁を待つ時間は、ひどく長く感じられた。

 本当のところは数十分といったところだったのだろうけれど、薫にとっては数十時間だ。

 着物の襟を正して見たり、裾のあたりを弄ってみたり、畳の目を数えてみたり、そんなことで時間を潰す。あの頃のあの人をなるべく思い出さないように。

 あの頃のあの人ではない女が来るのだと、薫はそう思い込もうとしていたのだ。だって、10年の歳月があの人を変えてしまったに決まっているのだから、そうでも思わなければ悲しすぎる。

 愛したひと。身も心も愛し、縋ったひと。

 あのひとはもう、この世にはいない。

 そう自分に言い聞かせながら着物の袖を握りしめていると、背後の襖がするりと開いた。

 飼い主を待つ犬のように全身で振り返りたくなるのを辛うじて止め、うるさく鳴る鼓動を耳元で聞きながら、ゆっくりと体全体を襖の方へ振り向かせる。

 するとそこには、うつくしい女がひとり、立っていた。

 すらりと伸びあがるような体躯を紺地に鶴の柄の振袖に包み、銀の帯を胸高に締めている。長い髪は高く結い上げられ、後光のように豪奢な鼈甲の簪が挿されており、白い小さな顔には赤い口紅と鮮やかな眼光が目立った。

 「……葵花魁。」

 ぽつりと、聞き慣れもしなければ口にも馴染まない名を、薫が唇から零す。

 するとうつくしい女は、襖を後ろ手で閉めながら、ごく浅く頷いた。その動作も、一幅の絵のようにうつくしい。

 花魁は表情を変えなかった。白い無表情のまま、薫の向かいに膝を折った。二人の間には、手を伸ばしても互いの身には届かない、微妙な空間が開いた。

 花魁は薫の名を呼び返しはしなかった。ただそんな気にはならなかっただけかもしれないし、薫の名をもう覚えていないのかもしれなかった。

 「どうして来たの。」

 ぼそりと花魁が言った。冷たい声音をしていた。本気で薫を疎んじているのだと分かるくらいに。

 「……会いたかった、から……。」

 薫には真っ正直にそう答えるしかない。

 会いたかった。ずっとずっと会いたかった。毎夜夢に見た彼女の皮膚が、すぐそこにある。

 薫の言葉を聞いた花魁は、唇の端を歪めるようにして微かに笑った。

 「この身体が忘れられなかったの?」

 問われた薫は固まった。

 忘れられなかった。確かに彼女の身体が。けれどそれは、今彼女が言ったような意味ではない。

 肌に触れさせてもらえたこと、身体の一番奥まで触れさせてもらえたこと。それを許された自分、

 それが忘れられなかったのだ。廓で売り買いされる彼女の身体自体と言うのでは決してなく。



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