3
瀬戸は、これ以上ないほど丁寧に薫を抱いた。
本気で愛されていると思いこんでしまいそうだ、と、薫はぼやける頭の中で思った。
だから、夜が深くなるのが怖かった。瀬戸の腕を離れて一人になるのが。
あの人の居場所は、サチに聞いて検討をつけていた。観音通りより数段レベルが上の売春街、桜町に彼女はいるらしい。
だからやるべきことはわかっている。ここを抜け出して、桜町に行って、彼女を探し出す。
なにをするべきかはわかっていても、それ以上に、今手にしているものを失うのが怖いのだ。
一人には慣れているはずなのに、心も身体も冷えてきそうで。
観音通りを包む闇が一際深くなってきた頃、瀬戸が薫の肌を手放した。
「……着物を着て、荷物の用意をしなさい。」
「……荷物なんか、ありません。」
着物の帯を締めながら、薫は小さく呟いた。
荷物なんか、ない。ここに来たときだって、身一つだったのだから。
「だったら、これを。」
瀬戸の長い腕が静かに闇の中を動き、薫の懐に札入れをそっと押し込んできた。
もらえない、と薫は札入れを取出し、瀬戸に返そうとしたのだが、彼は腕を組んで座った姿勢のまま、それを受け取ろうとはしなかった。
「あって困るものじゃないんだから。」
とだけ言って。
そして瀬戸は続けて、きみのねぇさんは、桜町の晴海楼に勤めているよ、と付け加えた。
「え?!」
「調べたんだ。きみが本気でこの街を出るって決めたときに教えるつもりで。」
言葉が出なかった。
自分はこの、優しくて美しいひとに、どれだけの情をもらったのだろうか、と思えばどうしても。
瀬戸はすらりと立ち上がると、軽く身をかがめて薫にキスをした。
「桜町まで送っていくよ。そこでさよならだね。」
薫は言葉が出ないまま、背伸びをして瀬戸の唇を塞いだ。
ありがとうございます。
その一言で片付かない感情が散らかって言葉を奪っていた。
「桜町でねぇさんに会えたとしても、足抜けをした時点できみはもう一生追われる身だよ。……覚悟はできているの?」
「はい。」
「もうだめだと思ったら、私のところにおいで。札入れの中に名刺が入っているから。」
「……はい。」
感情はまだ散らかっていた。だから薫は、口づけを重ねた。
瀬戸が少し笑って、きみからキスしてくれるのは、今晩が最初で最後だね、と言った。
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