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いつもの夜のように、瀬戸は薫の酌で酒を飲み始めようとしていた。それを止めたのは、薫の思い詰めた声だった。
「俺、話したいことがあるんです。」
すると瀬戸は、すうっと眉を開くように苦笑し、聞きたくないな、と呟いた。
「足抜けの話だろう? ……聞きたくないな。」
薫は驚いて、手にしていた銚子を取り落としそうになった。
「どうして……、」
驚く薫に、瀬戸は笑ったままの唇に煙草を一本咥えながら応じた。
「きみが折り入って話そうとすることなんて、それくらいしかないでしょ。……落籍では、だめなの? そうすれば安全に大手を振ってこの通りを出られる。」
だめなんです、と、薫は俯いて首を横に振った。
どうして落籍ではだめなのか、時分の中でも答えは出ていなかった。だから、思いついた言葉を不格好に唇から引きずり出し、目の前に並べる。
こんなやり方でも、瀬戸ならば自分の言いたいことを理解してくれるであろうという確信が、薫にはあった。
「落籍では、だめなんです。俺はあの人を捜したい。自由な一人の人間として。落籍では、いくら自由にさせてもらったとしても、やっぱり自由ではないから。危険なのはわかってます。それでも俺は、誰に買われるでもなく、自分の足でここを出たいんです。……金を返さないまま消えるのは卑怯だろうけど、それでも……。」
黙って薫の不格好な言葉を聞いていた瀬戸は、そっか、と短く答え、タバコの煙を深く肺にくゆらして、ゆっくりと吐き出した。
「蝉にはもう、バレてるの?」
「……はい。」
「だったら、早いところ逃げ出すしかないね。……俺が付き添うよ。客との外出って体なら、遣り手にも蝉にも止められないはずだから。」
「え?……そこまでしてもらうわけには、」
驚く薫に、瀬戸はじわりと苦笑を深めて肩をすくめた。
「いいよ。俺がきみにしてあげられる全部のことをしたいと思ってる。」
「でも、そんなことをしたら、後で瀬戸さんが責められるんじゃないですか?」
「平気。きみに逃げられたって被害者ぶるし、それでもだめなら金で解決するから。」
瀬戸は平然と言って、灰皿で煙草の火をもみ消した。
「夜中になったら行こうか。……まだ少し時間があるから、セックスしようって言ったら幻滅する?」
薫は何度も首を横に振り、言葉も出ないまま瀬戸の胸にしがみついた。
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