6
「それなんだけどさぁ……。」
「なに? 覚えてるの?」
言葉を選ぶような沈黙の後、膝先の着物の生地を確かめるように指でなぞりながら、サチはためらいつつも口を開いた。
「口止め、されたんだよね。」
「……口止め?」
サチの言う意味が飲み込めず、薫は首を傾げて彼女を見つめた。
うん、と軽く頷いたサチは、蝉に、と声を潜めて続けた。
「多分、私にだけじゃないよ。みんなにしてると思う。」
「……え?」
傾げた首を元に戻せないまま、薫は唖然としてその場にしゃがみこんでしまった。
「大丈夫?」
サチが驚いて傍らに駆け寄ってくる。大丈夫、と、辛うじて薫は呻いた。
「……嘘でしょ? 口止めって、なんのこと?」
だって、この二年間、蝉は女を捜すために途方も無い労力を費やしてくれたのだ。真夏の盛りも、真冬の雪の日も、欠かさず女捜しに協力してくれた。その蝉が、なぜ口止めなんかをしなくてはならないのか。
薫の隣に膝をついたサチが、静かな口調で言った。
「口止めは口止めだよ。薫のことを覚えていたとしても、それを口に出すなって言われたの。」
まさか、そんなはずない、と、薫が震える声を出すと、サチははっきりと首を横に振った。
「本当だよ。多分だけど、観音通りの女にはみんな口止めしてるんじゃないのかな。」
「……なんで、そんなこと……」
「さぁ。それは本人に聞いてみないと分からないよ。」
そこまで言って、サチは一旦言葉を切った。
そして数秒の沈黙の後、彼女はゆっくりと言葉を選びながら言った。
「なんか、かなり必死だったよ。……だからみんな黙ってるんだと思う。……だって、あなたのねぇさん、有名だったもん。知ってる人、結構いると思う。」
「有名って……?」
「観音通りの中では一番くらいの高級娼婦だったから。」
だから、覚えてる人は結構いると思う、と、自分の言葉に何度か頷きながら、サチは薫が立ち上がるのに手を貸した。
ふらり、とよろめくように一歩前へ足を踏み出した薫を見て、サチは驚いたような顔でその背に声をかけた。
「蝉に理由を聞きに行くつもり?」
サチに背中を向けたまま、薫は一つ頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます