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「それは嫉妬だろうね。」

 薫からサチに関わる一部始終を聞いた瀬戸は、煙草の青い煙を細く吐き出しながら、楽しそうに笑った。

 「薫がそのサチってこに興味を示したから怖くなったんだ。」

 俺だって多分そうするよ、と、冗談半分に言って笑う瀬戸の肩を、薫はいじけて叩いた。

 瀬戸はその指先を捕まえて唇を寄せた。

 「もともとは、薫は女が好きだったんだろう? 男じゃなくて。不安になるのは当然だよ。」

 引込めかけていた指を、引込められなくなった薫は、瀬戸の頬にかかる長めの黒髪をそっともう片方の指でどかした。

 その頬は固く強張り、本気の色をたたえていた。

 「……もう、よく分かんなくなっちゃいましたよ。」

 薫はそう呟いて、瀬戸の頬に自分のそれを静かに寄せた。

 生まれて初めて愛したひとは、確かに女だった。看板屋時代に交際していたのも女だったし、男に性的な関心を持ったことはなかった。

 それでも、ここに来てから男に抱かれすぎたせいか、今では性交の相手と言えば、女ではなく男が当たり前になっている。

 「……そっか。よく分らないか。」

 瀬戸が小さく呟き、軽く首を曲げると、薫の唇に煙草の香りのする口づけを落とした。

 「目当てのひとが見つかるまで、ここを離れる気はないんだろう?」

 「はい。」

 「もし見つかったら、ここを離れて俺のところに来る気はないの?」

 「……。」

 薫に返せるのは沈黙だけだった。

 瀬戸のことは嫌いではない。むしろ信用しているし好きだと言ってもいい。それでも、分からない。自分は瀬戸を愛せるのか。いや、瀬戸だけではなくて、誰のことでも。

 生まれてはじめての愛情を受け入れてもらえずここまで流れてきた自分に、誰かを愛することはできるのだろうか。

 黙り込む薫に、瀬戸は静かな笑いを見せた。

 「そんなに困らないで。困らせたくて言っているわけじゃないから。」

 俺が買えるのは、薫の心ではなくて身体だけだしね。

 そう一人ごちた瀬戸は、薫の腰を引き寄せて、薄氷色の着物の襟から手を差し入れた。

 「この着物も、蝉から貰ったの?」

 「……はい。」

 「脱いで。俺は蝉にも嫉妬してる。」

 「……はい。」

 薫は淡々と着物の帯を解き裸になった。躊躇いはなかった。買われている以上、そうするのが当たり前だと思っていた。

 それなのになぜだか瀬戸はぞっとするほど寂しげに目を細めた。

 「……そんな顔、しないでください。」

 薫は両腕を伸ばし、瀬戸の胸に顔を埋めた。

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