蝉のセックスがどんどん狂おしくなっていくにつれて、瀬戸とのそれと同じくらい蝉とのそれも薫の負担になっていった。

 愛なんて信じているわけではない。生まれて初めて愛したひとに捨てられたのならなおさら。それでも蝉は、薫の身体を必死と言ってもいい温度で愛撫する。

 この暮らしを幸せとは呼べないだろうか。

 骨までしゃぶるような蝉の唇に喘ぎながら、薫はそんなことを考えている。

 瀬戸と蝉だけを客に取り、蝉に手を貸してもらってあのひとを捜す。

 この暮らしを幸せとは呼べないだろうか。

 「なに考えてるの?」

 薫の鎖骨を舐めしゃぶっていた蝉が、敏感に薫を見上げて問うた。

 「……この暮らしを幸せって呼べないかって、考えているんです。」

 素直に答えたのは、蝉の唇と舌の熱さが切なくなって。その温度の本気さに応えられない自分が嫌になって。

 「……呼んでよ。」

 蝉の声は喉の奥から絞り出すように。

 「誰がどう見たってそんなのは関係ない。俺とあんただけは、この暮らしを幸せって呼ぼうよ。」

 それじゃあだめなの。

 蝉がまた薫の鎖骨に舌を這わせる。

 皮膚の薄いそこは、蝉に開発されてとっくに立派な性感帯になっていた。

 増えていく性感帯と、すり減っていくなにか。そのバランスが取れているのかいないのか、薫本人にももう分からなかった。

 「あのひとが見つかったら、あんたは幸せなの?」

 ここに来たばかりの頃ならば、一も二もなく頷いていた問いだった。

 それが今では首を縦に触れない。

 あのひとは、俺に見つけられたくはないのかもしれない。

 瀬戸に訊いてみようと思った。ごく自然に。

 売春婦に育てられたもの同士、なにか通ずるところがあるのではないかと。

 「……答えてよ。それとも瀬戸さんに落籍されたら幸せになれると思ってる?」

 浅く、鎖骨に蝉の歯が食い込む。

 その浅さが虚しいと思った。身体を売っている者同士の悲しい性。

 「……分からない。」

 低く言った薫の身を、蝉がきつく抱きしめる。

 「どこにも行かないで。あのひとが見つかっても見つからなくても。」

 「……行かないですよ、俺には行く所なんてない。」

 骨が軋むほど強く抱かれながら、薫は頭の中で時分の台詞を反芻する。

 俺には行く所なんてない。

 それだけが真実だった。なにがどうなっても、薫に行くあてなんてない。

 瀬戸に落籍されたって、それは身を買われるだけ。

 あのひとを見つけられたとしても、それはただの独りよがり。

 「……愛して。」

 自然と唇から洩れた言葉だった。

 愛して。

 あのひとに言いたかったこと。ずっと、言えずに冷凍保存されていた台詞。

 「愛してるよ。」

 蝉はそう言って薫の髪に頬を埋めた。

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