露見
「あまりに収穫がないね。」
蝉は、強い日差しにうんざりしたように眉をしかめた。
薫は同じように眉をしかめながらも、きっともうすぐ何かしらの収穫はありますよ、と、小声で言った。
本当にその言葉を信じているのかは、もう自分でも分からなかった。
「あんたのねぇさんの手がかり、他にないもんかね。」
「……さぁ……。」
「思い出話しでもいいから。」
「思い出話し……。」
改めて問われると、薫はあの女との思い出話しなどなにもなかったような気がする。
ただ、ともに暮らしていた。口づけをし、肌を交わしてまでいたというのに、本気の恋情を告げた途端に孤児院へと投げ出された
それだけが全てだ。
「今日のところはもう引き上げるか。」
蝉がため息混じりに言う。
もはや、元戦災孤児に片っ端から話を聞くのも、マンネリ化したルーティーンになりつつあった。
どの女も、その当時は生きるのに必死過ぎて、薫のことなどたとえ目にしていたとしても、覚えてはいないのだった。
「……そうですね。」
強い日差しはいつの間にか傾いて、杏色のとろりとした光を地上に投げかけていた。
今夜も瀬戸に抱かれる。
薫は短く息をつき、胸のあたりを軽く押さえた。
瀬戸に抱かれるのは今や一種の苦痛になっていた。瀬戸の本気が肌から伝わってくるようで。
その本気を感じ取るたびに思うのだ。あのひとも、寄せ合った肌から薫の本気を感じ取って、それを苦痛に思っていたのかもしれないと。
黙り込んだ薫の手を、蝉の手が黙って引いた。人気がない細道だとはいえ、珍しい行為だった。
驚いた薫が目を上げると、蝉は真面目な顔でまっすぐ薫を見下ろしていた。
「見つからないからって、瀬戸さんに乗り換えたりしないでよ。」
皮肉っぽい口調は、明らかに作り物だった。作り物で覆った内部は、いまにももろく崩れ落ちそうだった
だから薫は言葉に詰まり、ただ蝉の手を握った。
瀬戸も観音通りの戦災孤児だったこと。したがって協力を頼む気は一切ないこと
それを蝉に話す気はなかった。瀬戸のプライバシーの問題だ。
かつての孤児二人は、指と指とを絡め、しっかりと手を握り合う。
「瀬戸さんに乗り換えたり、しないでよ。」
ぽつん、と雨粒が溢れるみたいに口にした蝉は、長屋の前につくまで薫の手を離さなかった。
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