8
翌朝、薫はやはり一睡もしないまま瀬戸の目覚めを待った。
いつもより一時間ほど遅くに目を覚ました瀬戸は、おはようの一つも言わないで薫を抱きしめた。
「悪い夢を見ないで眠れた。……何年ぶりだろう。」
薫は瀬戸の腕の中でじっとしていた。
いつもはどんな悪夢を見ているのか、訊かなくても分かった。
幾度となく性病を伝染されたという女の夢だろう。
薫は夢を見ない。
いつどこで誰と眠っても、薫の眠りは真っ黒な闇に塗りつぶされている。
だから、たとえ悪夢でも、ねぇさんの夢を見られる瀬戸を、内心で羨ましく思った。
「きみが隣りにいてくれれば、俺はもう悪夢を見ないですむのかもしれない。」
瀬戸の両腕には、薫の息が詰まるほどの力が込められていた。
良かった、と、薫は瀬戸の背中を抱き返した。
外の嵐も吹きやみ、温かい日が差す朝だった。
瀬戸を表まで送り出し、部屋に戻ってくると、そこにはすでに蝉がいた。
セックスをするのだ。
薫は黙ったまま着物の帯を解いた。
蝉の右手がするりと伸びて薫の肩を抱き、自分の身体と隙間なく密着させた。
「瀬戸さんはあんたを身受けしたがってる。……あんたは、どうしたいの?」
身受け?
想定していない言葉すぎて、薫はとっさに答えられず黙り込んだ。
蝉はその沈黙を、なにか違う意味に取ったらしかった。
蝉の腕にますます強い力がこもる。
「ここを出よう。」
薫の耳元にかある蝉の呼気は、熱く濡れていた。
「俺と二人で、この街を出よう。……昔のことは忘れて、二人で暮らそう。」
この街を出る。
前借金を残して観音通りから逃げ出すのは命がけだ。
けれどそれ以上に薫には、昔のことを忘れて、という言葉のほうが引っかかっていた。
そんなことは、できるはずがないから。
「俺はここから動きません。」
きっぱりと、薫は言った。
「身受けでも、足抜けでも、同じことです。俺はここから動かない。」
それを聞いた蝉は、安堵したように長い息を吐いた。
「じゃあ、今日もあんたのねぇさん捜しに行こう。」
「はい。」
二人の聞き込みの対象は、遣り手と古株の娼婦たちから、元戦災孤児の若手の娼婦たちに移ってきていたが、収穫がないのはどちらにしろ同じことだった。
それでも他の方法は見当たらず、諦める気は毛頭ない薫は、肩にかかる着物を脱ぎ落とし、裸になった身体を蝉に差し出した。
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