冷凍保存。言い得て妙だな、と、薫は自分の裸の胸を両の手のひらでぎゅっと押さえた。

 あのひとの記憶を胸の中に閉じ込めること。鮮やかな色彩を失わないように、あのひとのいる部分を凍らせておくこと。いつの間にかそれらのことは当たり前の習慣になっていた。

 「大人になるまで心を隠しておければ、俺は今でもあのひとと一緒にいられたのかもしれない。」

 薫の声は、喉に引っかかっていびつに歪んでいた。

 何度だって考えたことがあったけれど、口にするのははじめての言葉だった。

 「でも、心を隠しておけなかった。……6歳だったからなのかな。」

 すると蝉の指先が、するりと薫の手の中に滑り込んできた。

 冷たい指をしていた。

 「受け入れてもらえたんでしょ?」

 「一ヶ月だけ。」

 「一ヶ月もでしょう。」

 「一ヶ月も……?」

 「そう。普通なら受け入れても貰えないような感情でしょう。6歳児の恋心なんて。」

 薫はしばらくの間口をつぐみ、蝉の言葉について考えていた。

 普通なら受け入れても貰えないような感情。

 冷たい蝉の指をぎゅっと握った。

 恋心を打ち明けたのは、彼女と暮らして一週間が経った頃。

 あなたが好きだと全身を震わせながら告げた薫の身体を、彼女は黙って抱きしめた。

 それでも治まらなかった身の震え。

 すると彼女は薫の顎先を摘み上げ、口づけをくれた。

 そうすると、面白いくらいに震えは治まった。

 私も薫が好きだよ、と、その一言をくれれば薫は満足できたのかもしれない。それでも彼女はその言葉を与えてはくれなかった。

 何度もキスをした。舌を絡め、口腔をまさぐり、唾液を混ぜ合わせた。

 肌と肌とを合わせたこともある。6歳の薫にはまだ性交は不可能だったけれど、彼女は身体の全てを薫の好きにさせてくれた。

 好きな人の肉体に余すことなく触れられること。6歳の薫はその幸福に酔った。

 そしてある晩、彼女の身体を好き勝手にまさぐった後、その乳房にしがみつきながら薫は囁いた。

 俺が大人になったら結婚してください、と。

 それが彼女との最後だった。

 彼女が仕事に出かけて行った直後、彼女から連絡を受けたらしい孤児院の職員がバラック小屋にやって来て、薫をトラックの荷台に押し込むと孤児院へと運んで行った。

 トラックの荷台には、薫と似たような境遇の戦災孤児がぎゅうぎゅうに押し込まれていた。そのどの眼差しも、光を失ってどんよりと沈んでいた。

 トラックは、垢と埃と泥が混じった、絶望の臭いを漂わせながら走り続けていた。






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