4
手をつないだまま、人の気配が感じられない長屋の間をくねくねと歩く。
薫はきょろきょろと左右を見回しては、記憶の縁に引っかかるなにかを探し出そうとしたのだが、なにも見当たらなかった。
ただ、その状況がまた記憶の蓋を開ける。
「こんなふうに、あのひとと手をつないで歩いたこともありました。」
「なにをしに?」
「俺、あの人が帰ってきてくれるかわかんなくて不安で、毎日毎日明け方には観音通りに出てあの人が帰ってくるの待ってたんです。街灯から外れたところに立っていたのに、あの人はいつでもちゃんと俺を見つけてくれた。それで、手をつないでバラックまで帰ったんです。」
そう、と呟いたきり、蝉は考え込むように目を細めた。
「もしかしたら、あんたのことを覚えてる人がいるかも知れないね、この通りに。あの頃は孤児だらけで、あんたみたいにねぇさん待ってる子供なんて山ほどいたんだろうけど、あんた、目立ってきれいだし、毎日決まった場所に立ってたんなら、もしかしたら近くに立ってた女郎がいるかもしれない。」
そう言ってから蝉は、もしかしたらっていうか、可能性はめちゃくちゃ低いよ、と言葉を継いだ。
「10年もこの通りにいる女郎なんてまずいないし。戦後すぐの時期なら特にね。」
10年。
薫はその長さをしみじみ噛み締めながらうつむいた。
見つからないかもしれない。
ここに来る前からわかっていたはずなのに、心の底では期待していたのだろう。あのひとが見つからないと思うと、心臓のあたりがぎゅっと引き絞られるように痛んだ。
すると蝉は、宥めるように薫の手を強く握り直した。
「女郎の10年選手はまずいないけど、遣り手の方なら結構いるんじゃないかな。」
「え?」
「遣り手って割と女郎上りが多いんだよ。うちのしづさんも赤線時代は女郎やってて、年食ってきたから遣り手に鞍替えしたクチだし。もしかしたら、あんたのこと覚えてる人がいるかもしれないよ。」
「本当ですか!?」
天から下りてきた蜘蛛の糸とばかりに、蝉の台詞に薫は縋った。
蝉は苦笑して、つないだ手をふらふらと揺らした。
「可能性は低いよ。あの頃このあたりは戦災孤児だらけだったわけだし、その中のひとりを10年経っても覚えてる人なんていると思う?」
「……いない、です。」
しゅんと薫が一気にしょげ返ると、蝉は苦笑をなお深くした。
「捜すだけ捜そう。ここには遣り手が200人いる。端から聞いていけば、万が一にもあんたを覚えてるひともいるかもしれない。」
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