3
抱きかえした蝉の背中は、骨ばっていて硬かった。びくりと、蝉の肩が跳ねる。
無言の間が開いた。蝉も薫も、ただ黙ってお互いの身体を抱いていた。
「あんたは優しいね。」
ぽつりと蝉が言葉を零す。
「いや、優しいふりが上手いのかな。……俺のことなんかなんとも思っていなくても、こうやって情があるふりをする。」
ほんと、男娼向きだよ。
最後の言葉は、吐き捨てるように。
それでも蝉は薫の背中を抱いて離さなかった。
ふりではない、と、言おうとして薫は口をつぐむ。本当にふりではないのか、自分でも自信がなくなっていた。
だからその代わりに、蝉の耳元で囁く。
「着物を着せて下さい。俺はあなたの手で男娼になりたい。」
薫の体内を散々嬲り、快楽を教え込んだひと。
薫を男娼にするのは、看板屋の親方でもなければ遣り手のしづでもなく、今日つく見知らぬ客でもない。
薫の身体を男娼に仕立て上げたのは、蝉に他ならない。
「残酷なことを言うね。」
耳元で、蝉が深く細いため息をついた。
「俺の手で男娼になりたい、か。」
「はい。」
「俺に抱かれたことなんて、すぐに忘れるくせにな。」
忘れるとも忘れないとも、薫は答えなかった。答えが分からなかったのだ。本当に自分は、蝉に抱かれたことを忘れるのかもしれない。
幾つもの晩に何人もの男に抱かれるうちに。
だから薫はまた繰り返し、着物を着せて下さい、と囁いた。
蝉は未練なのかなんなのか、一瞬ぎゅっと力を入れて薫の背中を抱いた後、床に広げていた襦袢をふわりと拾い上げた。
「袖、通して。」
蝉の声は静かだった。感情を押し殺したように、淡々と低かった。
だから薫も黙ったまま蝉の指示に従う。
あっという間に蝉は、鮮やかな手つきで薫に青い衣をまとわせた。
「着方を覚えないとな。夜は俺が着せてやればいいけど、朝、客を見送るときは自分で着物を着られないとだめだから。」
蝉の声は低く静かなまま。薫も空気を揺らすのを恐れるみたいにそっと頷いた。
「今日の客は着物の着方が分からないって言えば、笑って着せてくれる人だからまだいいけどな。」
教えてください、着物の着方。
薫がそう頼むと、蝉は軽く顎を引くように頷いた。
「こうやってあんたは俺の手から離れて行くんだろうな。」
と、呟くように言いながら。
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