抱きかえした蝉の背中は、骨ばっていて硬かった。びくりと、蝉の肩が跳ねる。

 無言の間が開いた。蝉も薫も、ただ黙ってお互いの身体を抱いていた。

 「あんたは優しいね。」

 ぽつりと蝉が言葉を零す。

 「いや、優しいふりが上手いのかな。……俺のことなんかなんとも思っていなくても、こうやって情があるふりをする。」

 ほんと、男娼向きだよ。

 最後の言葉は、吐き捨てるように。

 それでも蝉は薫の背中を抱いて離さなかった。

 ふりではない、と、言おうとして薫は口をつぐむ。本当にふりではないのか、自分でも自信がなくなっていた。

 だからその代わりに、蝉の耳元で囁く。

 「着物を着せて下さい。俺はあなたの手で男娼になりたい。」

 薫の体内を散々嬲り、快楽を教え込んだひと。

 薫を男娼にするのは、看板屋の親方でもなければ遣り手のしづでもなく、今日つく見知らぬ客でもない。

 薫の身体を男娼に仕立て上げたのは、蝉に他ならない。

 「残酷なことを言うね。」

 耳元で、蝉が深く細いため息をついた。

 「俺の手で男娼になりたい、か。」

 「はい。」

 「俺に抱かれたことなんて、すぐに忘れるくせにな。」

 忘れるとも忘れないとも、薫は答えなかった。答えが分からなかったのだ。本当に自分は、蝉に抱かれたことを忘れるのかもしれない。

 幾つもの晩に何人もの男に抱かれるうちに。

 だから薫はまた繰り返し、着物を着せて下さい、と囁いた。

 蝉は未練なのかなんなのか、一瞬ぎゅっと力を入れて薫の背中を抱いた後、床に広げていた襦袢をふわりと拾い上げた。

 「袖、通して。」

 蝉の声は静かだった。感情を押し殺したように、淡々と低かった。

 だから薫も黙ったまま蝉の指示に従う。

 あっという間に蝉は、鮮やかな手つきで薫に青い衣をまとわせた。

 「着方を覚えないとな。夜は俺が着せてやればいいけど、朝、客を見送るときは自分で着物を着られないとだめだから。」

 蝉の声は低く静かなまま。薫も空気を揺らすのを恐れるみたいにそっと頷いた。

 「今日の客は着物の着方が分からないって言えば、笑って着せてくれる人だからまだいいけどな。」

 教えてください、着物の着方。

 薫がそう頼むと、蝉は軽く顎を引くように頷いた。

 「こうやってあんたは俺の手から離れて行くんだろうな。」

 と、呟くように言いながら。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る