「へぇ、きみが蝉の秘蔵っ子かぁ。」

 それが薫を見た男の第一声だった。

 「確かに随分きれいな子だね。」

 薫はなんと答えていいのか分からず、曖昧に微笑んだ。

 「俺は瀬戸。瀬戸浩二。きみは?」

 「……薫、です。」

 そんなに緊張しなくていいよ、と、瀬戸は笑ったけれど、薫はそうもいかない。全身を強張らせ、床に手をついたまま、うつむいていることしかできない。

 初々しくていいね、と瀬戸は笑いながら膝を進め、薫の顎を指先で軽く持ち上げた。

 「きみは本当にきれいだ。そんなに硬くなる必要はないから、お酌でもしてくれよ。きみ、酒は飲めるの?」

 飲めるもなにも、看板屋時代はうわばみの異名を取っていたくらいなのだが、それをここでいうのはまずい気がして、薫はただ小さく頷いて、少しだけなら、と答えた。

 薫は瀬戸の傍らにある箱膳から徳利を取ると、彼が持つ猪口に慎重に酒をそそいだ。

 観音通りの娼婦も男娼も、20分いくらで買われるのが基本だが、しきたりとして始めての客は一晩の長泊まりになる。

 ついさっき蝉から聞いたことだ。薫としては、一晩相手をするよりは、身体を酷使するにしても20分一人で回してくれたほうが気が楽だった。

 だって、こうやってお酌をしていても、場をつなぐ言葉一つ思いつけない。

 無口だね、きみは、と、瀬戸が少し笑った。

 「普段から無口なの? それとも緊張しているせい?」

 両方です、と、薫は素直に答える。

 両方かぁ、と、瀬戸は愉快そうに笑った。

 ほら、きみも、と、瀬戸は薫の手に薄桜色の猪口を握らせ酒をつぐ。

 薫は一息にそれを飲み干した。

 「いい飲みっぷりだね。」

 「……どうも。」

 ふふ、と短く笑った瀬戸の手が、薫の肩を抱いた。

 「蝉が気に入るのもちょっと分かるな。蝉が三ヶ月もきみを手放さなかったって本当?」

 本当ですと言っていいものかかどうかも分からないまま、薫はまた曖昧に頷いた。

 「俺が、できが悪かったから……。」

 そうなの? と瀬戸が白い歯を見せて笑う。

 「蝉が三ヶ月手放さなかった身体か。いいね。そそられる。」

 瀬戸の長い腕が、薫の着物の帯を解いた。

 薫は身を硬くしたまま、ご期待に添えればいいんですが、と応じた。瀬戸が声を立てて笑った。

 「いいね。きみはきれいなだけじゃなくて面白い。これで身体も良ければ最高だね。」

 身体がいいのかどうかなんて、薫には分からなかった。

 ただ、あの桐の箱に入っていた張り型を、薫は使われてない。蝉の身体で薫の身体は男の形に慣らされた。

 「……そっちにはあんまり自信がないんですけど……。」

 緊張しながら薫が正直に申請すると、瀬戸は更に愉快そうに笑った。

 「じゃあ、なにになら自信があるの?」

 着物をすっかり脱がされ、男の身体に組み敷かれながら、薫はこれまた正直に申告した。

 「看板描きです。」

 思わずといった様子で爆笑した瀬戸は、笑ったままの唇で薫のそれを塞いだ。

 「いいね、きみは。面白い。」



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