7

蝉は結局、ひと月どころか三か月間薫の肌を手放さなかった。

 『蝉は遣り手に金を払ってあの新人を買っている』

 長屋の女の子たちが囁く、そんな噂が薫の耳にも入るくらいに。

 薫には、自分のなにがそこまで蝉の執着を招いているのかが分からなかった。だからずっと黙っていたし、噂にも気が付かないふりをした。ただ、自分は客の前に出せるほどの支度ができていないから、蝉の仕込みが続いているのだと思い込んでいるふりをしたのだ。

 本当のところは、蝉の執着が怖かったのかもしれない。毎日毎日飽きもせずに薫の肌に触れる蝉の手は、いつでも熱くて切実だった。薫には、その熱も切実さも、どこから出てきているのかが分からなかった。

 「ここは? 気持ちいい?」

 薫の体内に指を入れて囁く蝉の声に、薫は素直に頷く。もう今では、体内のどこを弄られても快楽があった。

 身を横たえてさえいたら、極上の快感が手に入る。それは、一種の魅力ではあった。蝉はいつでも薫のちょっとした表情や動作を見てとって、薫が求める快楽を与えてくれた。

 「もう、男娼なんかやめてさ、この通りからも出て行きなよ。」

 蝉が薫の耳朶にすいと唇を寄せ、直接言葉を吹き込む。

 「金なら俺が稼ぐよ。だから、さぁ。」

 ぴたりと合わさる肌は熱を帯びて汗ばむ。その感覚は、これまで他人の肌を知らなかった薫にとって、体内を弄られることより大きな快感になった。

 だから、頸が勝手に頷こうとする。

 けれど途中で薫はかろうじて首の軌跡を変え、横に振った。

 ここから出て行くことはできない。ここに、あの人がいないと確信を持つまでは。

 蝉には多分、薫が首振る理由はもう分かっていたはずだ。だってこのやり取りはこの三か月間何度だって繰り返されている。

 「うんって言って。」

 それなのに、今日の蝉はさらに言葉を重ねた、いつもみたいに、じわりと苦く微笑むだけではなく。

 「うんって言ってよ。ここを出て俺と暮らそう。」

 発せられる言葉も妙に切実だった。薫はそこで、きっと自分は明日辺りはじめて客に抱かれるのだろう、と察した。

 それでも薫は、首を横に振った。

 今度は躊躇いはなかった。

 10年前、身体を売って薫を養ってくれた人。

 同じところに落ちていく覚悟はもうとっくにしていた。

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