9
「…………」
私とユリウス様は向かい合っていた。
お嬢様は格納魔法で持ってきていた椅子に座ってもらい、少し離れた位置で見守ってくださっている。
ユリウス様が木剣を握りしめながら、私を睨みつけてくる。
対する私は魔法で、裁縫道具を取り出した。
「おい、早く剣を取れ。いつまで経っても始められないだろ」
「嬉しいです。待つことを覚えられたんですね」
「っ、このおっぱいめ……絶対っ、ぎゃふんと言わす!」
鼻息を荒くしながら、木剣をブンブン振り回すユリウス様。
そんな彼をよそに、私は裁縫道具の中から針を一本、取り出した。
「なにやってんだお前、針なんか持って。……まさか、それで俺の相手をするつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかですよ」
「なっ!? ふ、ふざけやがって! そんなんで勝てる訳ないだろ!」
「勝負というのはやってみなければわかりません。でも、ユリウス様相手なら、このぐらいでちょうどよさそうです」
「ぐぬぬ……なめやがって……か、覚悟しろ!」
ユリウス様が大声を上げながら、剣を振り下ろしてきた。
私はそれを針の中ほどで、受け止めて差し上げた。ギリギリと音はするものの、折れる気配はない。
「なっ! なんで折れないんだ! 力いっぱい振り下ろしたのに」
「硬化魔法を使っていますので、このぐらいではなんともありません」
「だ、だったら俺も硬化魔法を使えば!」
魔法がそこそこ出来るといったのは嘘偽りとかではないらしい。流れるような動きで、木剣が黒色に変化していく。
またも同じ要領で打ちつけてくるものの、私にはさほど影響はない。
「おいっ! ほんとに硬化魔法なのかこれ! なにか別の使ってるんじゃ」
「あなたと同じですよ。ただ、洗練の度合いが違うのです。私の硬化魔法は鉄よりもはるかに固くできますから」
「そ、そんな!」
内心の焦りが顔に出ているユリウス様。
こうなるとあとは私の独壇場といってもいい。お嬢様を半泣きにさせた罪を、その身でしっかりと受けていただきます。
私は木剣を針で捌きつつ、裁縫道具の中から糸を取り出した。それを針穴に通し、しっかりと結び合わせる。
「おらっ、この、このっ!」
「剣が乱れてますよ。ちゃんと集中してください」
「う、うるさい! やってる!」
一心不乱に剣を振り回すユリウス様の攻撃をかいくぐりながら、裁縫道具の中に入っている布切れを取り出す。
色は黒だ。これをベースにしてと。
一旦空中に放り投げ、白の布切れも取り出しては、黒い布切れに縫い合わせていく。フリルのように波打たせる感じで。
折り目も付けたソレを、ユリウス様の腰回りに軽く縫い付けていった。
こんなに大胆な動きをしてるにもかかわらず、当人は剣を打ち付けるのに必死で気づいてないようだ。
それなら、気づいてもらえるまでドレスアップしてみよう。
私はそんな風に考え、同じ要領で作った布切れを両手のそで、襟の辺り、ブリムを作っては頭の上にと乗っけてみる。
「アイシャ、すごーい!」
お嬢様に喜んでいただけてるようで、なによりです。
さて、まだ気づいてもらえないようなので、そろそろ終わりにしましょうか。
私は力を込め、ユリウス様の持っていた木剣を弾き飛ばした。
「うわっ!?」
「即席メイドの完成です」
「はぁはぁ……は? なにいって、って! うわ、なんだこれ!?」
ようやく視野が広がったらしいユリウス様は、自分の姿をみて、目を見開いた。
状況が理解できないとばかりに慌てふためいている様子に、私は内心で満足する。
「少しばかり手を加えさせていただきました。いつも一生懸命な姿が、その働きぶりに現れていて、とてもよくお似合いだと思いますよ」
「く、くそっ……」
文句の一つでも頂戴する覚悟だったのに、ユリウス様はというとその場にへたり込んでしまった。
がっくりと肩を落としている。やりすぎてしまっただろうか?
私はなんだか申し訳なくなり、ユリウス様に近づいた。
すると、覇気のない声が耳に届いた。
「悔しい……こっちは本気でやってたのに、遊ばれてたなんて」
「真剣勝負に水を差したようで、申し訳ありませんでした。ですが、悔しさは次につながる心を育てます」
「どういうことだ……?」
「努力はいつか、必ず報われるということです」
「……」
落ち込んだ様子のユリウス様に笑いかけると、彼もまた笑いかけてくれた。
ニコニコと子どもらしい笑顔を浮かべて、手を伸ばしてくる。
その手のひらが私の胸元をガシッと掴、ん、で……??
「たしかに、頑張ったかいがあったな」
「ゆ、ユリウス様――っ!?」
「おっぱい女のおっぱい、打ち取ったり!」
驚きで身体が固まってしまう私をよそに、ユリウス様が立ち上がる。
子どもらしくニコニコと……いえ、ニヤニヤとしながら、私に向かって叫んだ。
「今回の勝負は引き分けだ! 分かったか、アイシャ!」
「……い、いま私の名前を」
「ふんっ! き、気のせいだおっぱい女!」
ユリウス様は顔を真っ赤にしながら、お屋敷の方へと走り去っていく。
その様子を呆然と眺めていると、お嬢様が駆け寄ってきた。
「アイシャ! オムネ大丈夫だった!?」
「は、はい。なんとか」
「むぅ……あの子ども油断ならない」
「そうですね。一本取られてしまいました」
「今度は絶対に勝ってね! 負けたりしちゃ、ヤダよ!」
「もちろんです」
お嬢様が応援してくださったのだから、もう負けたりなどしませんよ。
なんでもこなす凄腕メイドと、好奇心旺盛なお嬢様 みゃあ @m-zhu
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