「…………」


 私とユリウス様は向かい合っていた。

 お嬢様は格納魔法で持ってきていた椅子に座ってもらい、少し離れた位置で見守ってくださっている。

 ユリウス様が木剣を握りしめながら、私を睨みつけてくる。

 対する私は魔法で、裁縫道具を取り出した。


 「おい、早く剣を取れ。いつまで経っても始められないだろ」

 「嬉しいです。待つことを覚えられたんですね」

 「っ、このおっぱいめ……絶対っ、ぎゃふんと言わす!」

 

 鼻息を荒くしながら、木剣をブンブン振り回すユリウス様。

 そんな彼をよそに、私は裁縫道具の中から針を一本、取り出した。

 

 「なにやってんだお前、針なんか持って。……まさか、それで俺の相手をするつもりじゃないだろうな?」

 「そのまさかですよ」

 「なっ!? ふ、ふざけやがって! そんなんで勝てる訳ないだろ!」

 「勝負というのはやってみなければわかりません。でも、ユリウス様相手なら、このぐらいでちょうどよさそうです」

 「ぐぬぬ……なめやがって……か、覚悟しろ!」


 ユリウス様が大声を上げながら、剣を振り下ろしてきた。

 私はそれを針の中ほどで、受け止めて差し上げた。ギリギリと音はするものの、折れる気配はない。


 「なっ! なんで折れないんだ! 力いっぱい振り下ろしたのに」

 「硬化魔法を使っていますので、このぐらいではなんともありません」

 「だ、だったら俺も硬化魔法を使えば!」

 

 魔法がそこそこ出来るといったのは嘘偽りとかではないらしい。流れるような動きで、木剣が黒色に変化していく。

 またも同じ要領で打ちつけてくるものの、私にはさほど影響はない。


 「おいっ! ほんとに硬化魔法なのかこれ! なにか別の使ってるんじゃ」

 「あなたと同じですよ。ただ、洗練の度合いが違うのです。私の硬化魔法は鉄よりもはるかに固くできますから」

 「そ、そんな!」


 内心の焦りが顔に出ているユリウス様。

 こうなるとあとは私の独壇場といってもいい。お嬢様を半泣きにさせた罪を、その身でしっかりと受けていただきます。

 私は木剣を針で捌きつつ、裁縫道具の中から糸を取り出した。それを針穴に通し、しっかりと結び合わせる。


 「おらっ、この、このっ!」

 「剣が乱れてますよ。ちゃんと集中してください」

 「う、うるさい! やってる!」


 一心不乱に剣を振り回すユリウス様の攻撃をかいくぐりながら、裁縫道具の中に入っている布切れを取り出す。

 色は黒だ。これをベースにしてと。

 一旦空中に放り投げ、白の布切れも取り出しては、黒い布切れに縫い合わせていく。フリルのように波打たせる感じで。

 折り目も付けたソレを、ユリウス様の腰回りに軽く縫い付けていった。

 こんなに大胆な動きをしてるにもかかわらず、当人は剣を打ち付けるのに必死で気づいてないようだ。

 それなら、気づいてもらえるまでドレスアップしてみよう。

 私はそんな風に考え、同じ要領で作った布切れを両手のそで、襟の辺り、ブリムを作っては頭の上にと乗っけてみる。

 

 「アイシャ、すごーい!」


 お嬢様に喜んでいただけてるようで、なによりです。

 さて、まだ気づいてもらえないようなので、そろそろ終わりにしましょうか。

 私は力を込め、ユリウス様の持っていた木剣を弾き飛ばした。


 「うわっ!?」

 「即席メイドの完成です」

 「はぁはぁ……は? なにいって、って! うわ、なんだこれ!?」

 

 ようやく視野が広がったらしいユリウス様は、自分の姿をみて、目を見開いた。

 状況が理解できないとばかりに慌てふためいている様子に、私は内心で満足する。


 「少しばかり手を加えさせていただきました。いつも一生懸命な姿が、その働きぶりに現れていて、とてもよくお似合いだと思いますよ」

 「く、くそっ……」


 文句の一つでも頂戴する覚悟だったのに、ユリウス様はというとその場にへたり込んでしまった。

 がっくりと肩を落としている。やりすぎてしまっただろうか?


 私はなんだか申し訳なくなり、ユリウス様に近づいた。

 すると、覇気のない声が耳に届いた。


 「悔しい……こっちは本気でやってたのに、遊ばれてたなんて」

 「真剣勝負に水を差したようで、申し訳ありませんでした。ですが、悔しさは次につながる心を育てます」

 「どういうことだ……?」

 「努力はいつか、必ず報われるということです」

 「……」


 落ち込んだ様子のユリウス様に笑いかけると、彼もまた笑いかけてくれた。

 ニコニコと子どもらしい笑顔を浮かべて、手を伸ばしてくる。

 その手のひらが私の胸元をガシッと掴、ん、で……??


 「たしかに、頑張ったかいがあったな」

 「ゆ、ユリウス様――っ!?」

 「おっぱい女のおっぱい、打ち取ったり!」


 驚きで身体が固まってしまう私をよそに、ユリウス様が立ち上がる。

 子どもらしくニコニコと……いえ、ニヤニヤとしながら、私に向かって叫んだ。


 「今回の勝負は引き分けだ! 分かったか、アイシャ!」

 「……い、いま私の名前を」

 「ふんっ! き、気のせいだおっぱい女!」


 ユリウス様は顔を真っ赤にしながら、お屋敷の方へと走り去っていく。

 その様子を呆然と眺めていると、お嬢様が駆け寄ってきた。


 「アイシャ! オムネ大丈夫だった!?」

 「は、はい。なんとか」

 「むぅ……あの子ども油断ならない」

 「そうですね。一本取られてしまいました」

 「今度は絶対に勝ってね! 負けたりしちゃ、ヤダよ!」

 「もちろんです」


 お嬢様が応援してくださったのだから、もう負けたりなどしませんよ。

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なんでもこなす凄腕メイドと、好奇心旺盛なお嬢様 みゃあ @m-zhu

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