いつも頑張っていらっしゃるお嬢様に癒しを与えるのは、メイドの務めだ。

 額にかいた汗をぬぐいながら、そんなことを思う。


 私はいま厨房にて、軽食の準備を進めていた。というのもこれから、お嬢様のアフタヌーンティーの時間なのだ。

 

 「スリーティアーズに、ケーキ、スコーン、サンドイッチ……これでよし」


 ワンフィンガーで食べられるように調理したモノたちを、次々にスタンドへと乗せていく。

 中でもお嬢様は甘いものが好きなので、スイーツの量は他と比べ少し多めだ。


 「それで、紅茶はすっきりした味わいのものにしよう」


 ティーポットに最高級の茶葉の用意も出来た。あとはこれをお嬢様の元へ運んでいくだけ。

 厨房を出て、お嬢様の部屋へと向かう。

 ドアを四回ノックすれば、お嬢様からの返事があった。


 「わー! 今日のもすごーい!」

 

 目の前に運んできた軽食に、お嬢様が目を輝かせた。おなかの方もペコペコだと言わんばかりに、鳴っていらっしゃる。

 私は微笑ましさを感じながら、口を開いた。


 「それで、今日はどこで召し上がられますか?」

 「んーとね、伸び伸びできそうなとこがいいな!」


 伸び伸びというと形式などに囚われないような、自由に出来そうな場所というとこでしょうか。

 お屋敷の庭ですと、だれかしらの目には留まりますし、お部屋はつまんないと申されたことがあるし。

 私は考えに考え、転移魔法を使うことにした。こういう場合は、お嬢様の目で見て、決めていただくに越したことはない。

 格納魔法を使い、運んできたものを中に入れていく。

 それから、お嬢様の身体を抱きかかえた。


 「移動しますので、気に入ったところがあれば申してくださいね」

 「うんっ!」


 自然体でいられそうなところというと、原っぱあたりだろうか?


 移動した瞬間に、草の匂いが鼻をついた。

 見渡せば辺り一面、草と日差しの降り注ぐ空が広がっている。吹き付ける風が心地いい。


 「アイシャ、気持ちよさそう」

 「あ、申し訳ありません。居心地がいいなと思いまして」

 「じゃあ、ここにする!」

 「よ、よろしいのですか? リクエストをいただければ、別の場所にも飛びますけど」

 「ここがいいのっ」


 お嬢様はそう言って私の腕から下りた。大きく身体を伸ばしながら、その場に倒れ込んだ。


 「お嬢様っ!?」

 「んふふ、気持ちいいね! ぽかぽかして温かーい」

 「お召し物が汚れてしまいますよ」

 「んー、そのときはアイシャの魔法できれいきれいしてもらうから」

 「っ!」


 お嬢様に頼っていただけてる。従者にとってはなによりも光栄なことだ。

 期待に応えるべく、浄化魔法で土などを綺麗に飛ばし、私はさっそくアフタヌーンティーの準備を進めていく。

 格納魔法でテーブルを取り出そうとしたところで、お嬢様に止められた。


 「わたし、伸び伸びしたいの!」

 「はい、ですからこの場所を選ばれたのですよね?」

 「椅子とかに座るんじゃなくて、地べたにぺたんしたい」

 「それは……あ、これなどはどうでしょう」


 私はたまたま持ってきていた薄手のシートを広げてみせる。すると、お嬢様が大きく頷いた。


 「これがいい! これの上にぺたんしよ!」

 「かしこまりました。では、そのように」

 

 原っぱにシートを広げ、お嬢様に腰を下ろしてもらう。私も同じように腰かけ、スリーティアーズは汚れないよう、浮遊魔法で浮かせる。

 取り出したお皿にサンドイッチを乗せ、お嬢様に手渡した。

 雄大な景色に心が開放的になっているのか、大口を開けてパクついてらっしゃった。


 「んー、うまーい!」

 「本当ですか。よかったです」

 「ねね、アイシャも食べて! 誰も見てないよ?」

 「……そうですね。では、そのように」


 正直言うと小腹が空いていたのだ。サンドイッチを手に取り、食べてみる。

 普段お屋敷で食べてる時と比べて、おいしく感じる。こういうところで食べるのが、そうさせるのだろうか。

 お嬢様と談笑しながら、アフタヌーンティーのひとときを過ごす。


 そんな中、目の前をなにかが横切って行く。

 気づいたお嬢様が声を上げた。


 「あ、スライムだ!」


 それはスライムと呼ばれる、全身が水色の生き物だった。いや、生き物なのか正直分からない。

 動いてはいるのだけど目とか口はなさそうだし、身体がぷるぷるしていて、海の中にいるクラゲのようだ。

 世間一般ではアレのことを動物ではなく、魔物と呼んでいた。

 

 「ねぇアイシャ、あれ触っても大丈夫かな?」

 「やめたほうがよろしいかと。生態もよく分かっておりませんし」

 

 そういうのは作った本人・・・・・にしか分からない。気軽に近づくのは危険だ。

 

 「って、お嬢様!?」

 「餌付けしてみるー!」


 私の内心での葛藤などよそに、お嬢様はスコーンをひとつ手に取ると、スライムに近づいていく。

 距離が人ひとり分ぐらいにまで迫ったところで、お嬢様がスコーンを投げつけた。


 「…………」


 スコーンがスライムの身体に当たった瞬間、ぼよんと音が立ちそうなぐらいの弾力性で、弾かれてしまった。

 無残にもその場に落ちてしまったスコーンを見て、お嬢様が口をとがらせる。


 「むぅ、餌付けしっぱい」

 「…………」

 「あれ、これこっち見てる?」

 「怒らせちゃったんですよ! お嬢様こちらへ!」


 私は慌ててお嬢様に駆け寄り、急いで距離を取った。

 スライムは動きを止め、こちらを注視するような姿勢を取っている。

 

 「と、とりあえず逃げましょうか」

 「逃げちゃうの? お話ししよーよ」

 「そもそも口がありませんし、向こうがなにを考えてるかも分かりませんから」

 「むぅ、そっか」


 お嬢様は残念そうだけど、私の務めはお嬢様を守ること。危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 格納魔法で後片付けを済ませ、お嬢様を抱きかかえる。スライムに動きはない。

 

 ホッと一安心しつつ、私は転移魔法を使った。

 その場から一瞬で、かき消える。




 「………………、」

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