「アイシャ? どこいくの?」


 私が廊下を歩いていると、お嬢様に声をかけられた。


 「ちょっと下町まで買い物をと思いまして」

 「えー、遊んでほしかったのに」

 「申し訳ありません」


 私としてもお嬢様のお相手をして差し上げたいけれど、今回ばかりはそういうわけにもいかない。ほかのメイドとの当番制で、今回は私が買い出しに行くことになってるのだ。

 大きく頭を下げれば、私の視線に合わそうと、お嬢様が下に潜り込んでくる。

 そのつぶらな瞳が、パチパチと瞬いた。


 「あのね、わたしも下町行きたい! 連れてって!」

 「ど、どうしてもですか?」

 「うんっ!」


 困った、こうなるとお嬢様にはなにを言っても聞いていただけないだろうし。

 私はしばらく考え、結論を出す。


 「分かりました。一緒に行きましょう」

 「やった! わーい」

 「ですが、その恰好では目立つので、ローブかなにかを羽織っていただけると」

 

 下町では貴族の誘拐とかもまれにだがあるらしく、この豪奢なドレスで町を歩かれたら攫ってくださいと言ってるようなもの。

 だからせめてものカモフラージュとして、身を隠してもらうのだ。目を離すつもりはないけれど、お嬢様は好奇心旺盛だから、どうなることやら。


 「これでよしっと……苦しくありませんか?」

 「うんっ、へーき!」


 お嬢様をローブでがっちりと覆い、私はお嬢様の手を握って、転移魔法を使う。

 けっこうな道のりがあるので、こっちの方が早い。それに、お嬢様を無駄に歩かせるわけにもいかない。


 「うわー! すごい人!」


 無事に到着すると、お嬢様はローブの隙間から目を輝かせる。

 見渡す限りどこも人、人、人の群れ。辺りには等間隔で露店や、木造の店が立ち並び、活気にあふれている。

 下町とはいつもこんな感じだ。お嬢様にとっては新鮮な光景かもしれないが。

 キョロキョロと辺りを見回すお嬢様を微笑ましく見ていると、後ろから声をかけられた。


 「なぁ、あんたいまどうやって現れたんだ……?」

 「えっと……ふ、普通に歩いてきただけですが?」

 「そうか? いま急に現れたように見えたんだが……ま、転移魔法とか使えるような子にゃ見えないわな」

 「あはは……」


 うっかりしてた、こんな道のど真ん中に座標を合わせるんじゃなかった。もっと、路地裏とかにしておくべきだった。

 他にも同じように見ていた人がいるかもしれないので、お嬢様を連れて……あれ?


 「い、いなくなってる……」


 いつの間にか、お嬢様の姿がない。さっきまではここにいたのに。

 こういうときは感知魔法でお嬢様の姿を探すに限る。


 「……いた」


 前方三十メートルあたりの店で、指をくわえてらっしゃった。

 私は人混みをかき分けながら、お嬢様の元へと向かう。近くで屈むと、ぶしつけだとは思いつつも身体の向きを変えさせてもらった。

 いま私に気付いたような顔をするお嬢様に、私は言った。


 「お嬢様、探しましたよ。急にいなくなられたら私、困ってしまいます」

 「アイシャ、ごめんね。おいしそうな匂いがしたから」

 

 しゅんとしてしまったお嬢様に、怒ってないよと分かってほしくて、私は微笑む。頭を撫でようとして、慌ててひっこめた。危うく、自分の立場を忘れるところだった。


 「アイシャ?」

 「いえ、なんでもありません。今度からは、私のそででもいいので掴んでいてくださいね」

 「うん!」


 さっそく実践するとばかりに、私のそでをギュッと握るお嬢様。ニコニコの笑顔が私の気を落ち着かせてくれる。

 すると店の人が声をかけてきた。


 「あんたその子のお姉ちゃんかい? だったら、これ買ってあげたら。さっきから物欲しそうにしてたんだよ」

 「あ、いえ姉ではないのですが……とりあえず、商品は買わせていただきます」

 「アイシャ、いいの?」

 「もちろんです。買い物には時間がかかりますから、その間のお供に」

 「ありがとー!」


 私はお肉の刺さった串をひとつ、お嬢様に買って差しあげた。こんがりと焼かれたお肉からはおいしそうな匂いが漂ってくる。

 ひと口パクつき、お嬢様が唸り声のようなものを上げた。


 「んん~っ、おいしい!」

 「よかったですね。さ、行きましょうか」


 私はお嬢様を引き連れ、道なりに歩いていく。頼まれたものがないかと辺りを見回し、良さそうなものがあれば手に取った。


 「これください」

 「はいよ」


 持ってきたカゴに商品を詰めていく。しばらくすると、カゴは商品でいっぱいになる。もう少し、大きいのを持ってくるべきだった。

 隣でお嬢様が目を輝かせている。


 「たくさん買ったね! 重たくないの?」

 「このくらい平気ですよ。気にかけていただいてありがとうございます」

 「えへへ……――わっ!?」


 私は空いた手でお嬢様の身体を抱き寄せると、すぐにその場を離れた。

 間髪入れずに、何者かの手が空を切る。


 「チッ、気づかれてたか!」

 「何者ですか、あなたたちは」


 お嬢様を後ろに押しやり、訊ねてみた。素直に答えてくれるような風貌には見えないけど。

 

 「おれたちゃ盗賊!」

 

 三人いるうちの一人がそう答え、腰に差していたナイフを取り出した。ほかの二人も武器のようなものを取り出している。

 ここが人通りの多い場所だというのにも関わらず、おかまいなしだ。

 その危なっかしい雰囲気に呑まれたのか、周囲の人々が声を上げたり、逃げまどったりしている。

 私もこの場を離れようと試みるが、それより先に向こうが声を上げた。


 「おっと、動くなよ。動いたらコイツが火を噴くぜ」

 「銃火器ですか」

 「お前らを狙ってるわけじゃない。っと、そこのお前っ、こっちにこい!」


 彼らのうちの一人が逃げ遅れていた人の中に手を伸ばすと、その人物を人質にとった。若い女性だ。

 突然のことにパニックになってるようで、顔を青ざめさせ目尻に涙をにじませている。

 銃火器を持っていた人物が、中央にいた人物に彼女を渡し、そののど元に、ナイフが突きつけられた。


 「へへ、コイツの命が惜しけりゃ、そのガキを渡せ」

 「それは、いったい、なんのためにですか?」

 「理由か? んなもん、ソイツが貴族だからに決まってんだろ」


 なんでこの方が貴族だと分かったのだろう? きちんとローブを纏わせているというのに。

 いぶかしそうに見つめる私の前で、ナイフの男が言った。


 「匂いだよ、おれたちは鼻がいいからな。たいそうなご身分のやつらからはクソみたいな匂いがすんだ。そういうやつらは売りさばいて、金に換えるに限る」

 「アイシャ、わたし臭いのー?」

 「いえ、そんなことはありませんよ。お嬢様からはお日さまの香りがします」

 「ほんと? やったー!」

 「おいっ、てめえら! ふざけてんのか! この状況で」

 「私の目からは、あなたたちの方がふざけてらっしゃるように見えますけど」


 私が呆れた感じで言うと、彼らは殺意をむき出しにしてくる。

 けれど、いまさらどうなろうと、問題ないのだけど。


 「よーし、じゃあ手始めにこの女から殺して……あ?」

 「おい、さっきまでいたはずの女が、案山子になってるぞ!」

 「つーか兄貴の持ってるナイフが、とうもろこしに!」

 「おいっ! どうなってやがる! やけにごつごつして痛いなと思ったら!」


 どうやら、やっと気づいたらしい。盗賊を名乗る割には、間抜けな人物たちのようだ。

 ナイフ……とうもろこしの男は持っていたとうもろこしと案山子を投げ捨てて、私に食って掛かってくる。


 「おいっ! てめえがなんかしたんだろ! おれになにした!」

 「ただ置換魔法でモノの位置を変えただけです。その証拠に」

 「じゃじゃーん! ナイフ~!」

 「ガキがいつの間にかおれのナイフを!」

 「ガキの後ろにはさっき人質にしたはずの女もいるぞ!」

 「くそっ、なめやがって! おいっ、それ貸せ!」


 とうもろこし男は後ろの男から銃火器をひったくると、銃口をこちらに向けてくる。

 私は呆れたようにため息を吐き、うんざりしたように言う。


 「お嬢様の情操教育に悪いので、お引き取り願えますか」

 「うるせぇ! 死ね!」


 ひとしきり叫んだ男は、引き金を引こうとして、――その場からかき消えた。

 後ろにいた男たちが呆気にとられたような顔をしている。


 「は、え? 兄貴は?」

 「さっきまで目の前にいたよな? どこ行ったんだ?」

 「言葉通り、お引き取り頂きました。さて、あなたたちも」

 「ふざけん――!」

 「なめんじゃね――!」

 「あ! いなくなっちゃった!」


 後ろでみていたお嬢様が、なにもいなくなった地面を見て、驚いたような声をあげた。

 なにはともあれ、これにて一件落着でしょうか。

 ひとつ息を吐いていると、後ろにいた女性が、おずおずと話しかけてくる。


 「……あの、助けていただいてありがとうございました」

 「いえ、大したようなことはなにも」

 「さ、さっきの、どこに行っちゃったんでしょうか?」

 「もう戻ってこられないような場所、だと思います。なので、安心していいですよ」

 「は、はい」


 女性は何度もお辞儀をして去っていく。一部始終を、周りでみていた人たちが、注目を向けてくる。

 ここは早いとこ、移動した方がいいかもしれない。

 私はそう考え、お嬢様を抱えて、その場をあとにした。

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