「お嬢様、湯浴みの時間ですよ」


 グレートホールにての夕食を済ませ、部屋へと戻ったお嬢様に、声をかけた。

 いつもであれば綺麗好きのお嬢様のことなので、すぐに駆け寄ってきてくださるのだけど、


 「むむー」


 なにかひどく悩んでらっしゃるようだ。腕を組んで、唇をつき出している。

 いったいどうなさったのだろうと心配していると、お嬢様がハッとした顔になった。


 「お湯に浸かりたーい!」

 「お、お嬢様?」

 「アイシャ、お湯に浸かりたいの。いっぱいのお湯にぷかぷか浮かんでみたいの」

 「そ、それは」


 斬新な発想だと思った。湯浴みは基本、大きなたらいにお湯を張り、ご主人に身体を浸けてもらいながら、布などで身体を拭くことをするもの。

 なのに、お湯に浸かりたいとは。いつもながらお嬢様の発想力には驚かされる。


 「ですが、たくさんのお湯を用意することはできますが、このお屋敷には容れるものがありません」

 「じゃあさ、容れられそうなとこ探しに行こ! 転移魔法使って!」

 「わ、分かりました」


 お嬢様のリクエストにお応えすることは、メイドの務め。

 私はお嬢様の身体を抱きかかえ、転移魔法を使った。

 

 まず訪れたのは、おっきな洞窟だ。中に魔物などがいそうだけど、出たら魔法を使って対処すればいい。


 「ここなどはどうでしょう?」

 「んー、暗いからヤダ!」

 「では、次の場所に」


 続いて訪れたのは、草原の広がる大地だ。近くには小さな穴がいくつも点在している。お嬢様の身体であれば、入るにはちょうどよさそう。

 

 「こちらはいかがでしょう?」

 「んんー、もっとおっきなのがいい!」

 「では、次の場所に」


 それから、木々が生い茂る森の中や、雪が降りしきる山のふもと、大きな鍋の売っている店などなどを巡ってはみたものの、お嬢様のお眼鏡にかなうものはないようで。

 

 「むむー、ピンとこない」

 「もし、よろしければ私が穴を掘りましょうか?」

 「ダメっ! そんなことしたらアイシャが疲れちゃう!」


 あの、転移魔法もけっこう疲れるんですよ? なにせ特級クラスに該当する魔法なので。

 それでも、お嬢様が私の身体を気遣ってくれてるのは、素直にうれしい。従者思いの本当に素敵なご主人様だと思います。

 

 「ねぇねぇ、あの山のてっぺんに行ってみたい!」

 「あそこですか? 分かりました」

 

 見たところ噴火とかはしてないようなので、安全そうには見える。

 お嬢様を抱え、転移魔法で移動する。到着した場所を中心に、ぐるりと確認してみれば、問題はなさそう。火口付近からは危ない煙などもでてなさそうだし、すぐ近くにはなにかがぶつかってできたような大きな穴がある。


 「お嬢様、あの穴などはいかがですか?」

 「うんっ! あれがいい!」

 「では、すぐに準備に取り掛からせていただきます」

 

 私は穴の近くに手をかざし、中に水を流し込んでいく。ここに来る前、川の水を格納魔法で大量にストックしておいたのだ。もちろん、浄化魔法で綺麗にしてある。

 すぐさま満杯になった水を、今度は熱魔法で温めていく。人肌よりちょっと熱めに調節し、いい感じのお湯になった。


 「お嬢様、お湯が張り終わりましたよ」

 「やったー! ふふ、楽しみ!」

 

 お嬢様はその場で飛び跳ね、喜んでいる。そのまま飛び込んでしまいそうな勢いだ。

 そうならないうちにお嬢様のドレスに手をかけ、脱がしていく。

 生まれたままの姿になったお嬢様が、お湯の中へと飛び込んだ。


 「お、お嬢様っ!」

 「ぷはっ! アイシャ、これぷかぷか浮いて、気持ちいいよ!」

 「それは、よろしかったです」

 「アイシャも一緒に入ろうよ!」

 「え……私もですか?」

 「うんっ! 一緒に入りたいなって思って、お願いしたんだもん」

 「お嬢様……」


 まさか、私のことまで考えてくださってたなんて。

 嬉しくて涙が出そうだ。けれど、お嬢様に見られている手前、ぐっと堪える。

 ここは、お言葉に甘えることにしよう。

 私も同じように服を脱ぎ、お湯の中へと足を滑り込ませた。


 「温かい、ですね」

 「でしょー? 気持ちいいでしょっ!?」

 「はい、気持ちいいです」


 身体の芯まで温まるとでもいうのだろうか、ぽかぽかしてため息のようなものが口から出てしまう。

 穴が思ったより深いので浮遊魔法で身体を浮かせ、不思議な感覚を楽しむことにした。


 「わー、アイシャのオムネも、ぷかぷか浮いてるー」

 「は、恥ずかしいです……」

 「ねぇ、触ってみてもいい?」

 「す、少しだけでしたら」

 「やったー! えへへ」


 お嬢様は嬉しそうな顔をして、私の胸に手を伸ばしてきた。下から持ち上げられ、ゆさゆさと揺らされる。


 「すっごい重いんだね! それにお母様のよりも大きいかも」

 「へ、ヘンではないでしょうか?」

 「へんじゃないよ! おっきいの羨ましいなー」

 「お嬢様も大きくなったら、成長してきますよ」

 「そうかな? こんなにペタンコなのに」

 「初めは誰でもペタンコなんですよ」

 「……アイシャみたくなれるかな……?」

 

 ぽつりとお嬢様がこぼす。そのつぶらな瞳が私を捉えて離さない。まるで、なにかを訴えかけているかのようで。

 私は失礼だとは思いつつも、お嬢様の身体を掴んで、抱き寄せた。

 

 「わぷっ」

 「なれますよ。たくさん勉強して、いろんなところに行って、見聞を広めていけば、あっという間に私など越えられますから」

 「んー……」

 「そうなれば、殿方からも引く手数多だと思います。お嬢様はいまでも見目麗しいですけどね」

 「むぅ……」

 「お嬢様?」 

 

 少しだけお嬢様の顔が曇っている。なにか失礼なことを申してしまっただろうか?

 従者として出しゃばった真似をしてしまったのかと考えていたら、お嬢様が私を見上げてきた。

 その頬っぺたが、熱でも出た時のように赤い。

 

 「わたし、大人になったら……ううんっ、なんでもない」


 心配になり手を伸ばそうとしたけれど、それより先にお嬢様が、私の胸に顔を埋めてしまった。

 肌越しに感じる体温は、思ってたほど熱くなさそうで一安心だ。


 「…………あ」


 空を見上げれば、たくさんの星が瞬いていた。

 私にとってのお嬢様は星みたいな、キラキラ輝く存在だけど、お嬢様にとっての私はなんだろう?

 なんて、メイドが考えるのはおこがましいのかもしれない。  

 

 「あ、アイシャの、髪が……!」

 「へ……あっ」


 お嬢様の声に反応するように視線を上げて、気づいた。

 もともと魔法で黒く染めていた髪の毛が、魔力を使い過ぎたのだろう、色が抜け始めている。

 毛先の方が、少しずつ、銀色に変わっていた。

 その様子にお嬢様が、申し訳なさそうにしている。


 「ごめんね? わたしたくさんワガママ言っちゃったから、アイシャ疲れちゃったんだよね?」

 「気にしないでください。帰りの転移魔法ぶんの魔力は残っていますし、それにこんなの一晩眠れば治りますから」

 「ほんと?」

 

 大きく頷いてみせれば、安心したように笑ってくださった。やはりお嬢様は笑顔の似合うお方だ。

 それにしても、お嬢様を心配させてしまった。これではメイド失格だ。

 今後はこのような失態がないように、魔石などに魔力をストックしておこう。

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