3
朝食を終えた後、お嬢様は勉学に励むことになる。
本日のテーマは魔力についてだ。
魔力というのは生物であれば(量に差はあれど)だれでも持ってるもので、扱い方を知ることで、使えるようになる。
かくいう私の魔法も、魔力を媒体にして使用してるものだ。
「むむー……」
椅子に背を預け、羽ペンを上唇で支えながら、お嬢様が唸っている。内容がちんぷんかんぷんだと言いたげだ。
その様子にお屋敷にやってきた家庭教師が、困った顔になる。
「あ、アレイシアお嬢様……実際にやってみましょうか?」
「うんっ!」
おずおずと家庭教師が提案したら、とたんにお嬢様は晴れやかな顔になった。考えるよりも身体を動かす方が好まれる方なので、嬉しいのだろう。
席を立ち、家庭教師の方へと歩み寄っていく。
「で、では、浮遊魔法を試してみたいと思います。先ほどの羽ペンを手のひらに乗せてください」
「こう……?」
お嬢様の小さな手のひらに、羽ペンが乗っかっている。
浮遊魔法とはいわゆる、モノを浮かす魔法だ。魔法の中では初級クラスに分類されている。
「イメージしてみてください、この羽ペンが浮く姿を」
「んんー」
「イメージが出来たらあとは、魔力を流し込むだけです」
「んんーっ!」
お嬢様が唸っている。手のひらに必死で力を込めて、羽ペンを浮かせようとしていた。
が、実際のところ、かすかに揺れているだけだ。
それもお嬢様の手が震えているせいで、揺れてるように見えるだけ。
「できないよぉー!」
しばらく試してはいたものの、ついに音を上げられてしまった。
肩で息を切らしながら、その場にへたり込んでしまう。
私は慌てて、お嬢様のそばに駆け寄った。
「お嬢様っ」
「アイシャ、わたし、なんでできないのー!?」
「……っ」
お嬢様の純粋な瞳に射抜かれ、思わずたじろいでしまう。後ろにいた家庭教師も、ばつ悪げに目を逸らしている。
なぜできないのか。本当のことを口にしても良いものか。
……お嬢様は、口に出すのもはばかられるほど、なにも考えてない。感覚でやろうとして、上手くできないのだ。
勉強をするのは、魔力の扱いを知るためで、身体をどう使うことで魔力をどのように流すのかを理解するために必要なこと。感覚というのは、その後からついてくるものだ。いきなりでやれるかというと、かなり難しい。
お嬢様、もともと持っておられる魔力も少ないから、考えなしでやろうとしてもできるわけがなくて……。
悩む私に、お嬢様が落ち込むような素振りをみせた。
「わたし、才能ないのかな……」
「そ、そんなことはありませんよ! ほら、昨日頑張って釣りしてましたから、その疲れが出てしまってるのかもしれません」
「ほんと?」
「本当です。ですから、今日はここまでにしましょうか? ……あの、よろしいですか?」
私が家庭教師にお伺いを立てると、大きく頷かれた。なんだか申し訳ないけれど、このままの状態では勉学に身も入らないだろう。
家庭教師には今日はお引き取り頂いて、お嬢様を椅子に座らせる。
まだちょっと落ち込んでらっしゃるようなので、私はひとつ提案をすることにした。
「今日もたくさん頑張ったお嬢様に、ご褒美を用意しましょう」
「えっ! なになに!」
「こちらでしばらくお待ちください。すぐ準備しますので」
「やったー! 楽しみ!」
途端に目をキラキラ輝かせるお嬢様を微笑ましく思いながら、私は部屋を出た。向かった先は厨房だ。
居合わせた料理人に許可をもらい、鍋と油を貸してもらう。たくさんあった馬鈴薯も分けてもらい、私は腕まくりをした。
「この馬鈴薯を、薄くスライスして」
大きさを均等になるように切っていく。別に厚くてもいいのだが、薄い方がすぐできるのでいまはこちらにしておこう。
次に鍋に油を注いで、それを手のひらに乗せる。
私が熱魔法を使うと、すぐに油がパチパチと跳ねた。
「この中に、切った馬鈴薯を投入してと」
熱が入るたびに馬鈴薯が縮み、カリカリに揚がっていく。
油切りをし、揚がったものを皿に乗せ、軽く塩を振る。
「よし、できた」
私は使ったものに魔法をかけて綺麗にし、皿を持ってお嬢様の元へ。
ドアを開けたと同時に振り返ったお嬢様が、飛び上がって喜んだ。
「わー! 馬鈴薯だ! カリカリのやつだ!」
「お嬢様が好きな馬鈴薯のカリカリ揚げですよ」
「ねぇ、食べてもいい?」
「もちろんよろしいですが、ここはひとつ、見晴らしのいいところで食べるのはいかがでしょう?」
「うんっ、そっちの方がいい!」
リクエストにお応えして、私はお嬢様を抱えて、転移魔法を使った。場所はお屋敷の屋根の上。
天気もいいし、三百六十度すべてを見渡せる。最高のスポットだ。
お嬢様が落ちたりしないようなるべくおそばに寄り、皿を持って差し上げる。
「んー! おいしい!」
パクつきながら、幸せそうな顔をするお嬢様に、ほっこりしてしまう。
気持ちのいい風が吹き、お嬢様の明るい髪の毛がなびいた。
風の吹く先に目をやり、なんだか懐かしさを覚えてしまう。
「アイシャ、森を見てるの?」
「……え、あ、はい。数年前まではあそこにいたんだなと」
はるか先に広がる、うっそうと茂る森、そこで私はお嬢様と出会ったのだ。
出会ったというよりかは、拾ってもらったという方が正しいのだけど。
「もしかして、帰りたいの?」
振り返ると、お嬢様がまじまじと見つめてきていた。目元にちょっぴり寂しそうな気配が浮かんでいる。
「いえ、そんなことはありませんよ。あんまりいい思い出はありませんでしたし、いまの私がいたいと思える場所は、お嬢様の隣だけです」
「そっか。ふふ」
嬉しそうに笑うお嬢様に釣られるように、私も笑みがこぼれた。
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