第6話 脱走した男
昨日発現した能力の驚きから冷めやらず明くる日を迎えると早朝から呼び出された俺は2人の看守を伴って刑務所内診療室のドアを開けた。
いつもの老博士が開口一番
「やぁ、Mrフユキ。熱が引いて良かったのう。今の気分はどうじゃ?」
俺が無言でいると
「ところでそろそろのハズなのじゃが身体に変化があったかね」
「いや、変化があった?どうじゃ」
決めつけてくれるぜ!この腐れ野郎!と心で毒づく。
この腐れ野郎には適当な答えをぶちまけてやるさ。
「あぁ、あったよ」
真面目面した老博士の顔色が変わる。
「どんな風にだね、具体的に答えてくれんか」
「まず腹は減らないのに異常に喉が渇く、我慢できないほど女とヤリたい、眠れない、そこにもここにも俺の腕にも毛虫が這ってるような幻覚が見える、誰かが俺を監視してるようで落ち着かない」
「そりゃワシをバカにしているのか?!そりゃ覚醒剤の中毒症状じゃろが!」
老博士がキレやがった。そう囚人から聞いていたシャブの中毒症状だ。
ざまぁみろバカヤロー。
「そうか、言うつもりはないと。なら都合がよいの、早速新薬を試すかのう」
これはサンプルじゃよ、とボックスから取出した物。それは透明な容器に入った
バスクリンかと思わせる緑色の液体だった。同じ物が注射器にも詰め込んである。
こいつはヤバいモノだと本能が告げる。もうどうしようもねー、お尋ね者になるがこの刑務所を出ると決めた。
万一のため注射部位の皮下組織を5倍で固めた。臨機応変に対応しながら相手の隙を窺う。
補佐の看守が俺の右腕を捲り上げた。すると看守は怪訝な顔で俺を見つめてきた。
腕が鉄の棒のように堅いとでも言いたげだ。
そこへ中年の女医が緑色の液体の入った注射器で俺の腕に筋注しようと詰寄ってきた。
一瞬女医の瞳と俺の瞳が重なり合った。チャンスだ!俺は中年の女医に向けて
「ラブドール」と囁いた。
ラブドールの効果は覿面だった。
「右横の看守に向けてそれを注射しろ!」
と囁くと中年の女医は躊躇せず緑色の液体の入った注射器を看守の首筋打込んだ!
「うおぉーー」
驚いて叫んだのは緑色の液体を打たれた看守だ。
吸込まれるように首筋へ打たれた緑色の注射液は半分近く注入され、その看守の表情が苦悶に歪む。
もう一人の看守が
「てめぇーこのクソババアーーなにしてやがんだ!」
と叫びながら中年の女医を蹴り倒した。
その拍子に女医が持っていた注射器が床に転がる。
緑色の液体を打込まれ床に倒れた看守の元へともう一人の看守が駆け寄ると
「おい!大丈夫か!」
と声を掛ける。だが緑色の液体を打たれた看守は白目を剥いて泡を吹いてた。
蹴り倒されたままの中年の女医に
『お前も接種しろ』とゼンが呟く。
女医は立ち上がると注射器を拾い自分の首筋へ残った約半分の液体を注入した。
(すげぇ、ラブドールの威力、まるで魔法だ・・・)
一人残った看守が
「おまえか!おまえがやったんだろう!」
と俺に詰寄るが
「ナニ言ってんだよ。見てただろ女医が勝手にやったのを。俺は何もしてないし、それにココを動いちゃいないだろ」
八つ当たりしようにもその通りだし、こんな若造に言い負かされても納得できない爆発寸前の看守の手を取るとゼンが囁く。
『パラダイス、心筋弛緩』
と同時に看守は糸が切れたマリオネットのように床へ倒れ込んだ。看守殺しを躊躇している俺を見かねてゼンが動いたのだが罪悪感は湧かない。
一部始終を見ていた博士と呼ばれてる老学者が
「助けてくれ!上からの命令で仕方なかったのじゃ勘弁してくれぃ、殺さないでくれお願いじゃ」
(今更都合のいいこと言いやがって)
「それは博士次第だ。俺の質問に答えるのが条件だ。言えないならこの場で・・・」
「いう、いうから助けてくれぃ」
「なら最初からこの緑色の液体を打つと・・・どうなる?」
「この看守と女医のように脳死じゃ」
「なんだと!」
怒りが湧くも余り時間の猶予もない。とにかく聞きたいことに集中しなければ。
「その効果は、いや緑色の薬液の中身はどういうものだ。詳しく言え!」
「ナノウィルスプロジェクトの一環だったのじゃ。特殊な細胞核にベニクラゲの遺伝子を応用し人染色体テロメアと融合させると自分の意志で若返りも老化もコントロールができるようになるのじゃ。つまり不老と不死と若返りを可能にしたナノウィルスなのじゃ」
「若返りも老化も自由意思で不老と不死と若返りを可能にしたナノウィルスだと!」
そんな都合のいいものがこの世に在るわけがないし、作れるわけが、、
「このプロジェクトが成功すれば人類初の太陽系外宇宙進出も可能だったのじゃ、
スーパーニュータイプ人類の誕生じゃ」
「仮にそうなってもそんなのに従うワケないだろ!」
「なんと!名誉と地位を独り占めじゃぞ!」
だとしてもだ、それを他人の命で試しやがって。どいつもこいつも狂ってる。
「緑の液体の投与条件はなんだ」
「特殊細胞とナノウィルスの移植拒否反応を無効化し同化しやすいよう事前に特殊細胞で作った免疫抑制液を100回接種するのが条件じゃった」
話の辻褄がそうだとしたらナノウィルスを移植してないのに神速領域と前頭葉が覚醒したのはなぜだ?俺の能力をバラして博士に尋ねるか?いやカマをかけてみるか
「特殊細胞の免疫抑制液だけでは覚醒しないのか?」
「覚醒じゃと、お主覚醒したのか!」
おー、思った通りの反応だな。そうか覚醒するのか。
「まぁ待て、免疫抑制液だけで覚醒した奴はいたのか?」
「おったぞ、1人だけ」いたのか。
「そいつは誰でどこにいる」
「女じゃ、隔離施設から逃げたが刑務所の何処かにいるはずじゃ」女なのか。
「お主はどうなのじゃ?」
「さぁな」いいたくもない。
「で、これらの薬物を投与して生還したのは何人だ。」
「5人じゃ。多くの者が100回の投与に耐えられんかった。成功したのはお主の含め
5人だけじゃ」
具体的に言え。
「5人おるが人並みに意識があるのはお主を含め4人だけじゃ。1人はモンスターになってしもた」
モンスター?とのようなモンスターだと聞きたいが時間が惜しい、これは後回しだ。
「その生き残った5人は全員日本人か?」
「生き残ったのは事実じゃが・・・そうじゃ日本人じゃ、だがの」
「なにか言いたいのなら言え!」
「女はモンスターと戦ったのじゃ」
「えーーっ!」
「で、どうなった?」
「女の勝ちじゃ、一瞬じゃった。瞬きする暇もないほどじゃ」
「死んだのか?」
「そうじゃ、鋼の肉体に怪力じゃったが外傷もないのに即死じゃ」
女の話に興味は尽きないがこの話は切り上げ時だ。
「日本人を実験体に選んだのは何故なんだ」
「免疫制御適合性の比率が良かったからじゃ」
ということは捕らえた日本人は全員冤罪だった、のだろう、、クソっ!
(こいつも野放しにしておけない、な)
「次の質問だ。他の日本人の実験体は何人いた?」
「ああ、当初日本人は19人じゃった」
「それはおかしいだろ。この刑務所内で日本人と会ったことが無いぞ」
「隔離されていたのじゃ」
「俺は隔離されなかったじゃないか」
「隔離施設は満床じゃったのじゃ。お主は仕方なく雑居房ということじゃ」
じゃその19人はどうした?
「残念じゃが15人は投与後に脳死しての」
殺したようなもんだろ。15人もか、なんてこった。
「じゃが4人は生き残ったでの」
その4人は緑色の液体を投与した後どうなった。
「緑色の液体を投与するのはお主だけじゃった。それ以前に成功したのは赤と黄の液体を投与した4人だけじゃ」
覚醒して逃げた女も赤と黄の液体投与後の生き残りだったのか?いや違うか、、
赤黄緑の液体の残りは何本だ。
「何者かに盗まれての。残りはこれで最後じゃ。基礎となる特殊細胞は使い切ってしもた」
特殊細胞とは、それは何から抽出したんだ。
「言っても信じて貰えまい」
いいから言え!
「ある生命体の体組織をプロトタイプの赤と黄に色分け、生命体の細胞核をベニクラゲの遺伝子と融合させたファイナルタイプを緑色に色分けしたのじゃ」
ある生命体?それはなんだ。
「永遠不滅の生命体。その者は神理万象じゃ」
「ふざけるな!」
「ふざけておらんよ。今更お主に隠し立てはせんよ」
神理万象ってなに?それ生命体じゃないだろ。
「もっと解りやすく個体名で言え!」
「しいて言えば、神じゃの」
(神だと、狂ってる。現実と妄想の狭間の実験を繰り返した果ての結果に辿り着いたのが神とは笑えないぜ)
「その神とやらは何者で何処に行けば会える」
「フェラル教の聖神様じゃ。今は聖教国家フェラル国に居られるようじゃ」
フェラ、じゃねぇフェラル教
俺でさえ知ってる。古の島国、全ての宗教を束ねる宗教組織の総本山じゃねーかって
それただの人じゃね?
理解不能なことより今は赤と黄の液体を接種した残り3人の能力とは一体どんなものなのか、だ。
「のう、ワシはどうすればよいのじゃ、所長に報告するにもなんて言えば良いのじゃ。こんな出来事到底信じて貰えまい」
と嘆く老博士を尻目に、
「彼ら(彼女らかも知れないが)生き残った3人はどんな能力で、逃げた女以外の3人は何処にいる?」
「洗脳済みの1人は政府の管理下におるが能力は国家機密での、儂は知らんのじゃ。じゃがこやつは、、いや、
残り2人は隔離施設から抜け出し行方不明じゃ、従い能力も不明のままじゃ」
いつ?
「男は1ヶ月前に、女は今朝じゃ、捜しておるが見つからん」
さっさと逃げたのか?だとしたらこうしちゃいられない。緊急警備される前に俺もここを脱走しなければ。
俺は徐に左手で博士の右腕を掴む。と、同時にゼンが呟いた。
「パラダイス・心筋弛緩」
老博士はイスにもたれブルッと震えるとそのままそっと目を閉じた。
「ゼン・・・」頭の中でそう呟くと
『オマエにはやれないだろう』
「そうか、そうだな」
ここで長々討論する気もないしと納得するもゼンと俺の思慮は同じだ。同じだが俺には・・・
極論を言わして貰うなら俺はもう1人のオレの手際を見ていただけ。ゼンと入れ替わったのだと自己弁護するも・・・自分自身のことだし入れ替わったと言えるのだろうか。
緑色の液体に身体を侵され、未だに白目をむいて倒れてる看守と女医を残して診察室の部屋を出る。その後この2人がどうなったのか知らないし知りたくもない。
診療室の部屋を出る前にゼンが
『緑の液体の入った容器を持っていけ』という
「なぜ?」
『理由は後で話す』
この場でゼンの考えなど詮索しても仕方ない、、
女医が持参した鞄に緑の液体を入れるとゼンが電光石火を起動する。
所長室へゲート門の鍵を取りに向かう途中ですれ違う囚人と看守達。
「すげぇーー誰も気付かない、看守も囚人も」いや、実際はすれ違った後
「なんだ?」
「ナニか通った?」となるのだろうが見回してもそこにはもう誰もいない。
誰にも見られず所長室のドアを開ける。するとムッとする血の臭いに混じり所長が床に転がっていた。
この状況は不味いぞと思考を巡らす。この場面で俺がここに居るって事は犯人だと告げているようなモノだがもう後へは引けない。運の悪さを嘆くように
「仕方ねーなぁ」
と所長を観察すると首の刺し傷から流れ出た血はまだ固まっていない。
すると今し方、俺と入れ違い位で所長は何者かに刺されたことになるが、誰が犯人かなどどうでもいい。
鍵はどこだ?所長室を見渡すと左端にガラスケース棚の中に吊り下げられた鍵把を見つけた。ガラスケース棚にもご丁寧に鍵が掛ってるが、ガラスが割れる音など気にしてる状況ではない。右肘でガラスを割る。
ゲートABと書かれたそれぞれの鍵を取り出すとポケットにしまう。
起動したままの電光石火ライトニングで所長室を出た。
どうやらガラスの割れた音は外まで聞えなかったらしい。
所長室ともなると他人に聞かれたくない内緒話の10や20はあるんだろう。
所長室を出てから誰にも気づかれていようでホッとする。緊張が解けると
「うーー小便がしてーー」
と急に尿意が高まるもここは我慢だ我慢。
ふと左側の外を見ると1人の男が大人2人を抱えて刑務所の塀の前でしゃがみ込む。と同時に壁に沿ってジャンプする。と2人の大人を抱えたその男は刑務所の塀の外へと消えた・・・
ジャ、ジャンプって刑務所の塀は塀の上の有刺鉄線含むと7mほどもあるんだ。
ホークアイで誰なのか確認する間もなかったが、あの男は大人2人を抱えながら有刺鉄線だらけの塀を軽々と飛び越えた。なんてヤツだ、世の中って広いぜホント。
他人のことはさて置き、無事に南カンダ刑務所を脱獄しなきゃならない。
その前に帰りがけの駄賃をプレゼントしなきゃな。
「じゃ、行くか」
普段誰も近づかないゲートBへと進む。
電光石火ライトニングを起動したまま最初のゲートBへ向かうと腰のベルトに挿していた長さ30cm強のブラックジャックを手に取る。
息を潜め、ゲート横に佇む看守の後ろへそっと近づきその首筋へ、、
『高速領域でそんなもの使うと首がもげるぞ』
とジンがいう。
『こうするんだ』
と左手の平で看守の首筋を撫でるように軽く叩いた。
崩れ落ちる看守の頭を支えてやり床に寝かすとポケットから取出した鍵でゲートBの扉を開ける。直ぐに次のゲートAへと走る。
「それならならもっと早く言ってくれ!聞かれなかったからとか言うなよっ」
『備えあれば憂いなし』
「そりゃそうだけど」
このブラックジャックは監房の売店でキャンバス生地を手に入れ砂と小石を入れてテグスで縛っただけのインスタント武器だ。折角作ったのに、、
次で最後だ、ここを出るんだと念を押し最後のゲートへと希望を胸に走った。
「あっ」
AK-47は所持していないものの肩から吊したショットガンを手に腰に銃を下げた看守がゲートの内側と外側に2人いた。
神速領域で動きながら様子を見る。
2人いるからって扉の鍵なんか開いてないよな。
「あ、いいこと思いついた」
悪ガキのような顔をして服を脱ぎ靴と一緒に女医から奪った鞄の中へ仕舞うとそれを持ってステルスを起動した。
電光石火とステルスの複合技は脳に負担が掛るのか少々頭が熱い。さて、さっさと逃げようと思えば逃げれるが、帰りがけの駄賃だ。さてどうなるか。
内側の看守を手刀で倒すと最後のゲートAの鍵を開けその扉をそっと開けた。
ギーーと扉が開く音がして人が通れる程度に開いた扉からそっと外へ出る。
誰もいない空間に鞄だけが宙に浮いている。
空中に漂うように浮く鞄を見た外の看守は口をあんぐりと開けたまま小刻みに震えだした。もちろん俺の姿は見えない。
青褪めた外側の看守はブルブル震えながら
「ーーピャーー」
「ーーブッヒャーー」
と叫びながら凄い勢いであらぬ方へと駆けだして行く
。俺も鞄を抱えながら逆方向へと駆けだした。
「やったーー成功だーークソ刑務所を生きて出られたぞーー」
嬉しさを噛みしめながら、俺は自由だーー心の中で叫んでいた。
長い時間に感じたが実際には電光石火ライトニングを起動してから刑務所脱獄まで1数十秒しか経っていなかった。
我ながら大胆だったが上手くいた。以前ゲートの看守の様子が変だったので同房の囚人に幽霊が怖いのか尋ねたのだ。つまりこの国の国民は総じてお化けや幽霊の存在を信じており異常に怖がりなのだということを。
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