第19話 こういうのは趣味じゃない

 俺はカラン=マクドネルの、夜のオフィスにいた。

 キーコード式のドアも、指紋認証のセキュリティも破る方法は色々ある。

 俺のコンタクトはキーコードの正解が見えるし、指紋は専用のツールで破れる。

 俺の下の娘がやたらこういう物に詳しく、使えそうなものを融通してくれるのだ。


 俺が向かうのは、カーラから聞いた隠し金庫一択。

 カギも所定の場所にあり、簡単に開く。

 だが、書類は―――巻物の形で保管してあったのだが―――触れた瞬間炎に包まれた。他の巻物も試してみたが全部同じだ。


 俺たちが情報を取れなくても嫌がらせにはなる。この際全部燃やしてやろうか?

 ―――火事のおまけつきだ。などと考えていたら燃えない書類が一つだけあった。

 まだ封蝋をしてない書類だ。拾い上げて中身を読む


 カラン=マクドネルに新ベリアル立候補者の始末の依頼。方法は任せる。

 また、麻薬取引を目撃したと思しき小物は〇月×日の夜に組織の方で抹殺の事。

 その時間カラン=マクドネルはアリバイを作る。

 報酬は組織からカラン=マクドネルに永久貨幣Aクラスを100枚。

 あと各種便宜が図られる。

 【カラン=マクドネル㊞】【フューバート=デミシス㊞】


 永久貨幣Aクラス100枚といえば、街の1部が買えてしまうほどの大金だ。

 こういう依頼ができる以上、依頼人は淫魔ではない。

 これは、どこかのデカい裏組織のトップが、現アスモデウス、リュシアン様にころりといっているに違いない。


 それにフィアンの構成員のカーロが危ないな。日付は今日でもう夜だ!

 窓から脱出して真っ直ぐ向かおう。書類は亜空間へ。

 フィアンには『念話』しておく。すぐ向かうとの事だが、一応俺も行こう。


 窓からの脱出は簡単だった。

 一応赤外線が張り巡らされており、警報につながっていると思われた。

 ちなみに赤外線は、生まれつき見える。ママラヴィの方の能力が遺伝したのだろう。

 

 そして俺は、スライム状になることができる。『特殊能力:人体改変』の応用だ。

 美しくないからあまりやりたくなかったのだが―――赤外線の隙間からするりと抜けることができたのだった。


 まあ、火事になってるから侵入はモロバレだし、窓辺には黒装束とか落ちているので今更かもしれないが、警備員とか来ても面倒なので。


 俺は落下の途中で普段の恰好に戻り、そのまま『テレポート』した。

 行き先は当然スミス病院である。

 受付に「Mr.カーロに面会だ!」と言いカーロの部屋へ。

 これで通るのが病院の魔界クオリティ、入院はしたくないものだ。

 だが、おかしい、カーロにつけられていた見張りの構成員がいない。


 ナースステーションに確認した所「ボスからの命令で」引き上げたとの事。

 馬鹿な。フィアンがそんな事をするはずがない。

 慌ててカーロの部屋のドアを開けると―――

 そこには濡らした手ぬぐいをカーロの顔にぴったりと押し付けている医師が。


 「何やってんだ!」

 俺は咄嗟に亜空間から引き抜いたレイピアを医師―――少なくとも制服はここの医師だ―――に向かって繰り出した。

 医師は手ぬぐいはそのままに、逃走に移った。

 何故か無言無表情のままである。暗殺者が化けてでもいるのか?


 ともあれ、窓から飛び出した医師を追わなければ。

 カーロから手ぬぐいを外してやってから、俺も窓から飛び出した。

 飛び出したらその下は、ACコブラ(クラシックカー)だった。こんな所に何故!?

 医師はもう逃走に移っており、ルーフに着地した俺は振り落とされそうになって慌てて腹ばいになって車につかまる。映画じゃあるまいしどうしろと!?


 我慢して掴まっていると、荷物を満載した荷馬車が目の前を横切ろうとしている。

 そう、魔界では車はポピュラーではない。馬車が主流なのだ。

 ACコブラは意に介さず荷馬車に突っ込んだ。多分俺を落とそうとしたんだろう。

 大量の荷物―――悪い事に工具の類の運搬車だったらしい―――にぶち当たられて少なからずダメージを受ける。


 どうする?逃がすか?いや、それはダメだ。

 もし口封じされてしまえば、獲得できる情報はなくなる。

 こいつが情報を持っているかは分からないのだから、捕まえなければ………


 と、言ってる端からトンネルが見えてきた。ACコブラの高さギリギリ、歩行者用のトンネルである。ええい、日に何回もコレを使うのはイヤだが、ままよ!

 俺はスライム化してトンネルを乗り切った。

 人に見られるのが嫌なので、トンネルから出たらすぐに元に戻る。


 そしてトンネルの先が荷馬車行きかう雑踏なのを見て青くなった。

 その時

「アルヴィー!こっちだ!」

 フィアンの声。見回すとフィアンのアルファロメオ、ジュニア・ザガードが近くに来ていた。ACコブラのボンネットを蹴り、ジュニア・ザガードに遠慮せず乗り移る。カーチェイスだ。魔法の要素が入るけど。


「フィアン、魔法の援護は任せてくれ。運転は頼む」

「引き受けた。あれが犯人で間違いないんだね」

「医師がグルだったのか、暗殺者が医師に化けてるのかは分かってないけどね」

「どっちにしても捕まえないとな………了解した」


 向こうは、俺が退いたのに感づいたらしく、人や馬車や物がいない所を選んで、しかし猛スピードで走り始める。

 魔界では車はポピュラーではないので、通行人の罵声は常にセットだ。


 ここは港街の近く、荷馬車が多い。

 状況はまさにカーチェイスの様相を呈した。


 前を横切ろうとした荷馬車を、ACコブラが突っ込んで崩す。

 アルファロメオは崩れてきた荷を、車に『飛行』をかけて飛び越える。


 こちらに体当たりしてきた。

 衝撃は『プロテクション』で軽減したものの、先へ抜けられる。

 それに対して運転手に当たらないようにタイヤを狙いFN ファイアセブンを撃つ。

 タイヤに当たったが弾き飛ばされてパンクには至らず。

 強化されているようだ―――なら。


「フィアン!もうすぐ港だ!開けてるから攻撃魔法を使っても大丈夫だろう。短いカーチェイスだったがそろそろ限界だろう!」

「魔界はカーチェイスに向かないからね!じゃあ追い上げるよ!」


 フィアンは巧みなドライビングテクニックでACコブラを港の方に追い込んだ。

 後は俺である。俺はマイナーな地属性の魔法を使った。

「『ニードルブラスト!』」

 文字通り、針のように尖った石くれが大地から飛び出す技だ。


 ストーンブラストとあまり変わらないが、タイヤのある車に対しては―――

 

 あ、ACコブラがフラフラしだした。車ごと海に―――ってそれはダメだ!

「『浮遊』!」

 俺がACコブラに術をかけたと同時、フィアンがアルファロメオから飛び出して医師(暗殺者)の確保に向かう、が、医師を車から引っ張り出したところで

「アルヴィー、来てくれ!まだ生きてるが舌を噛んだ!」


 慌てて駆け寄り、医師の口内へ手を突っ込む。舌は簡単につながった。

 医師はぶつぶつと訳の分からぬことを口にしている。

「フィアン、尋問と状態の解析は頼んだ」

「了解した。家まで送れないのが残念だが気をつけて帰りたまえ」

 アルファロメオは2人乗りだからな、仕方がないというものである。


♦♦♦


 次の日、俺はフィアンからの報告を受けた。

 正気に戻った医師は、残念ながら何も覚えていなかったそうである。

 最後の記憶は、怪しく光る水晶球の光だったというから、操られていた事に間違いはなさそうだった。

 一応は尋問してみたが、無駄だったそうだ。


 俺はため息を吐く。

 昨日マクドネルの隠し金庫から唯一回収できた取引の書類。

 これを公にできたら早いのだが、まだアリケル様は表には出ていない。

 あくまで麻薬絡みでマクドネルを追い詰めるしかないが―――。

 

 最大の証拠である、昨日の書類は明日までは極秘にしているアリケル様の情報が入っているだけに提出できないのだ。

 

 仕掛けてくるとしたらバンク・オブ・マモンでのお披露目会だろうから、水際で防御するしかないか………フィアンに警備を頼まないとな。

 バンク・オブ・マモンが制限空間なのが不安だ。


♦♦♦


 お披露目会当日。とうとう来たか。

 俺はバンク・オブ・マモンの最上階のサロンにいた。

 俺は赤紫のロングドレス―――スリットの入った動きやすいヤツ―――だ。

 会場の決まりで武装は無し。落ち着かない。

 だがすぐにでもアリケル様の所に駆け付けられるよう、壁際に立つことにする。

 

 客は100名ぐらいだろうか?

 政財界での有名人も多い。公爵様―――もとい雷鳴によると、全員レイズエル様が懐柔済みだそうだ。マクドネルもそのはずだったらしいのだが、懐柔前にすでに敵だったのだろうということだ。


 出てくる料理は魔帝城と遜色がないほど。

 知り合いと挨拶しつつ、断れないので付き合いで杯を重ねる。

 マクドネルも壁際の席で晩餐を楽しんでいたので、警戒を強める。

 事務所から火が出たのに、大した心臓だ。


 時間が過ぎ、レイズエル様が出てきた。

「皆さん、私の推す次代のアスモデウス、アリケルです!拍手でお迎えください!」

 わっと拍手が巻き起こって、深紅のドレスに身を包んだアリケル様が奥から出てくる、途端に起こる眩暈―――いや、これは未来視!?


 俺の視界には胸を凶弾に貫かれ倒れるアリケル様が映ったのだ。

 反射的に飛び出し、テーブルの隙間を縫い、彼女の前に立ちふさがる―――。

 心臓に灼熱感。俺はその場に崩れ落ちた―――


♦♦♦


 目が覚めたら、ホテルか何かの一室だった。動こうとすると

「あー、もうちょっと寝てた方がいいよ。血は補填したし傷は塞いだけどさ」

 雷鳴の声だ。確かに眩暈がするが―――

「あの後どうなった?」


 バンク・オブ・マモンは人工的な制限空間である。大した事はできないはず―――

「キレた姉ちゃんが「人工制限空間」を壊して―――普通出来ない、俺にも無理―――アルを癒して、下手人を捕まえたよ。下手人には撃つまでの記憶が欠落してたけど、姉ちゃんはマクドネルが、犯罪組織の雇われ人を使って魂をいじったってこっそり断言した。ただ今はアリケル様が自分におんぶにだっこだと思われないように、引き続きアルに頼みたいってさ。なにせアリケル様をかばったんだ。現代アスモデウスを敵に回すって表明だからね」


「確かに、何が何でもアリケル様が次代に着いてくれないとまずいな………」

「まあ、慌てなくてもあの場であったことは全員黙秘の誓いを立てたから」

「次に何かあるまでにレイズエル様でなくとも分かる麻薬関連の証拠が必要って事か。アリケル様の暗殺の書類じゃ、消すとこまでできない?」

「できなくはないよ。ただアルの名誉的にね?」


「………オフィスに忍び込んで(多分)関係ない書類を全部燃やして、オフィスに火を放った上で盗んだ書類だな。………やりすぎたか?」

「広まって欲しくないでしょ?って姉ちゃんが。今後のイメージ変わるよ?」

「おっしゃる通り。他の証拠を掴んだ方が良さそうだ。これぐらいなら聞いていいか?マクドネルの裏にいる犯罪組織はどこだ?」


雷鳴は俺の問いに答えてくれた―――なら、やる事は決まっているのだ

俺は眩暈を振り払って立ち上がった。

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