第18話 蠢動

ジュニア・ザガードがペルヴェローネ・ファミリーの門前に着く。

運転はフィアン、俺は助手席。

スポーツカーなので他に座席が無いともいうがそれはいいとして。


「花束は途中で買うのか?俺の恰好はドレスのままでも大丈夫?」

「花束は途中の店に黄色の薔薇を中心にしたオーダーを出している。病院は貴族が入院するようなところではないから、恰好は変えた方がいいかもしれないね」

「了解。『生活魔法:ドレスチェンジ』!」


 変更した格好はブラウンのセーターにベージュのロングスカートという、一般人すぎる格好だ。もっと一般人ぽくすると黒一色になるのでさすがにそれは避けた。

 まあ魔界の病院のシンボルは黒い逆さ十字なので問題ないかもしれないが。

 衛生上の問題でナースや医者は白衣だが「白衣の悪魔」だからなぁ。


♦♦♦


  到着したそこは「スミス病院」とだけ書かれた、コンクリートの大きな建物だった。飾り気は全くない。だが利便性はいい。大きな街道の隣に立っているのだ。

 これなら特にうるさく宣伝しなくても患者は来そうだ。

 院長が相応の実力者なんだろう?とフィアンに聞いたらその通りと返ってきた。


「実力かコネ、もしくは身分、的確な契約があれば普通に入院してられるよ」

「まあ、そうだろうな。下級悪魔が入院とかありえないわ」

「ははは、そんなの人(悪魔)体実験行きだよ、当たり前だろう」


 そんな事を言いながら受付を済ませ、部下の病室を目指す。

 3階の奥―――街道に面した部屋が目的地だった。

 扉を開けると、様々な計器につながれた、包帯だらけの男が目に入る。

 あれ、俺、水晶蚊の事件の時にコイツ治療してないか?


 フィアンに聞くと「ああ、確かにいたね」との答え。

 ちょっとでも知り合いとなると、途端に現状が哀れに思われるから不思議だ。

 いや、今日も(病院側の許可は取ってある)ある程度治療するつもりなのだが。

 取り合えず、ある程度の会話が可能な所までは『整形』してやるとしよう。


 最低限回復させた―――『回復魔法無効 』の特殊能で壊された体は俺でも完全には再生させられない。自然治癒がいる―――男、カーロにフィアンは話しかける。

「どうだ、カーロ。伝えられることはあるか?」

「船………B-5WZ………持ち主のカラン=マクドネルは麻薬の………」

 それだけ言ってカーロはまた気絶してしまった。

 それにしても………マクドネルだって?

 淫魔領では大物の実業家じゃないか。


「カラン=マクドネルか………うちでも調べさせてもらうが、アル?」

「ああ、表淫魔街を仕切ってる身だ。聞き逃せない。表からアプローチしてみる」

「頼んだよ、また情報を突き合せよう」

「ああ、今日はこれで」


♦♦♦


 フィアンと別れた俺は病死類にいるうちに『ドレスチェンジ』でまた着替えた。

 茶系なのは変わらないが、いつもの俺の仕事服である。

 取り合えず珍しく74大魔王の城に帰る。

 仕事はキッチリしている。

 なので、皆がお辞儀をする通路を通って、執務室に辿り着く。


 総黒大理石で作られた執務室は、どっしりとしている。

 前の使用者とほとんど様式は変えなかぅった。多少棚の配置は変えたが。

 2人ほど集まってきた秘書に「カラン=マクドネル」の周辺を洗わせる。

 ただし、危険があったら即帰還。

 報告はブラックリリーに持って来るようにという。


♦♦♦


 ブラックリリーに届いた、俺の手の者の報告は「カラン=マクドネル」のパイプの太さをあらためて感じさせるものだった。

 曰く、大都市ひとつの開発にかかわった、曰く、大手の貿易商だ、などなど。

 正面から接触するには、やっぱ麻薬絡みの操作の一環として手を借りたい、などという風にするのが良さそうである。


 アポを「港で麻薬の痕跡があったから、一応御社の船舶の帳簿を確かめさせてもらいたい」と言う名目でとるのは別に構わないはずだ。

 一応俺はアポを取り―――あっさり承認された。

 あっさり過ぎて、明日殺されやしないかと怖いぐらいである。


♦♦♦


 次の日、監査の名目なので、仕事着を着る。いつものスーツとコートだ。

 土産は生産限定品のコーヒーでいいだろう。

 護衛はエリュールに頼んだ。


 到着したビルは、バンク・オブ・マモンには遠く及ばずとも、10階建ての立派なビルだった。あちこちに成金趣味な調度品。カランの趣味だろう。

 エレベーターで着いた10階に下りた所は待合室だ、豪華なソファが置いてある。

 ちなみに、カラン=マクドネルの拠点はこのビルひとつであり、何かあるならここだという裏が取れている。9階部分は住居なのだ。


 ノックして通された執務室は、さりげないが贅を尽くされた物だった。

 魔界でも希少な「黒色リベリア」は、黒い光沢の美しい石材で、天井と壁、床に使われている。紫檀の執務テーブル。

 部屋の壁面一面には水槽があり、海魔領の深海にいる魚たちが泳いでいる。


 フカフカの絨毯の上には応接セット。黒革で作られた上質なものだ。

 俺たちは応接セットに招かれた。招いてくれた秘書の女性は美人だったな。

 などと考えていると、カラン=マクドネルが入ってきた。

 

 身長は高め、初老の外見(魔界では外見は当てにならない)で、タカのように鋭い目つきをしている男だった。如才なく笑みを浮かべてはいるが。

「ようこそ表淫魔領代表74大魔王

「こんにちは、カラン=マクドネル


「今日はうちの船舶記録帳簿をご覧になりたいとかで?」

「ええ、港で麻薬の密輸が行われているという情報が手に入りまして。船舶の多いこちらから当たらせてもらっています。すみませんね」

「いえ、いえ………麻薬は質の悪いものですからなあ」


「ええ、上位の悪魔を堕落させてしまうならず、下級悪魔から上に上がる芽を摘む、堕落する物質ですからね。使うのは人間にでないと」

「買うには人間にしか使わないという宣誓書が必要ですからな。しかも麻薬で堕とした人間は、悪魔とは認められず奴隷行きとは」

「扱う悪魔はしばしば、誓い無しで売ってしまうとか」

「憂慮すべきことですな」


 コイツはほぼ黒だ。

 俺に備わる『特殊能力:嘘発見』に最初と最後の「いえ、いえ………麻薬は質の悪いものですからなあ」「憂慮するべきですな」が引っかかった。

 僅かながら本心も見えるのだが「儲かるものだ」と考えているのが伝わってきた。


 とりあえず船舶記録帳簿を借り受ける事になって、秘書の女性に案内してもらう。

 切り揃えた肩までの髪は赤、瞳は青の白人系美女である。

「ねえ、君。女性が嫌でなければ夕食なんてどうかな」

 誘惑系の能力全開で迫ってみる。

「え………」

 彼女は赤くなる。 


「きょ、今日は用事がありますから、またの機会に」

「楽しみにさせて貰うよ。これ名紙」

 

 何やってんだと思うかもしれないが、これは捕食行動兼情報収集なのである。

 淫魔である俺は、精気を吸収しないと生きて行けない。

 けど男性との交わりは、和正によって禁止されている。

 だから、2重のうまみのある相手を逃す訳にはいかない。


 するっと相手を逃がしたようにも思うだろうが、俺の『特殊能力:未来視』には、彼女がブラックリリーを尋ねてくる様子が映し出されていたのである。

 これ以上押して困らせる必要もなさそうだった。

 エリュールは呆れていたようだったが。


♦♦♦


 おいとまして、ブラックリリーの自室で船舶記録帳簿をめくる。

 ところが、何回確かめてもB-5WZの名前が出てこない。

 これは………船自体が「存在しない」船にされているのか?

 怪しさ大爆発だ。


 そう思っていたところに、ノック音がする。エリュールだ。

「お客さんだよ。秘書の娘」

「通してくれ」

 俺は即座に言って『ドレスチェンジ』する。赤紫のセクシーなロングドレスだ。


「来ちゃった」

「用事は?」

「無くなったわ」

「そう、良かった」 


 妖艶に微笑む秘書―――名前はカーラだそうだ―――にキスしてから私室に招き入れる。ここには見られて困るものは無いので、気楽に通せるな。

 カラン=マクドネルは俺をデスクと窓際に近寄らせたくなかったようだが。


 それから俺は、世間話を交えつつ、マクドネルの情報を得ることに注力した。

 結果、彼は今代に入ってから権魔領から移ってきたので、アスモデウス様の呪術にはかかっていない―――つまり意思に反する事も可能なのだと分かった。

 あと何故か情報が漏れていた「次代アスモデウス」には位について欲しがってないという事。代替わりの際に施される呪術にはこいつも対象になるからな。


 話の最中に脳内にレイズエル様の『念話』が響いたのだが、マクドネルは『反新アスモデウス』になりそうな連中とつるんでいるのであえて情報を流したそうだ。

 代替わりの最中に事が起きるよりマシ。

 こいつを捕まえる事で他の連中を芋づる式にしたいらしい。

 その口実が麻薬なのだ。


 当然レイズエル様の能力を使えば、簡単に捕まえられるが、あくまでもアリケル様の部下が排除したという形にしたいという。

 配下。つまり俺ですね、はい。紅龍派だし、そりゃあ使いやすいでしょうよ。


 カーラは麻薬関連の事は何も知らなかった。

 だが彼が重要書類を入れておく隠し金庫の存在は、ベッドの中で気合を入れたら漏らしてくれた。場所と、カギの在りかもだ。


 これはもう、忍び込むしかないだろう。

 カーラからマクドネルの留守の日を聞き出しておく。素人はチョロいな。

 明日になっても、自分が何を口走ったかとか覚えてないに違いない。


♦♦♦


 朝、カーラと別れて数刻、俺は考え込んでいた。


 レイズエル様から『念話(秘匿術式付)』を受け取ったのだ。

 内容は、バンク・オブ・マモンでの記者会見にマクドネルが紛れ込んでいるというものだ。他領地の貴族も招いている手前、追い出すのは無理がある。

 それまでに色々証拠を掴んで、せめて記者会見の後にあるオペラ鑑賞の席辺りで何とか排除して欲しいという事だった。


 レイズエル様がそういうのなら、記者会見には間に合わず、オペラ鑑賞の場でチャンスが訪れるのだろう。俺はどう動くべきか?


 その時『特殊能力:未来視』に映った映像があった。

 俺がマクドネルのオフィスに忍び込んでいる映像だ。


 次にやる事は決まったな。

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