第14話 決戦準備

 今日は、今後の方針(作戦会議)とデートを兼ねて、闇淫魔領の74大魔王であるカーマを自宅まで迎えに来ている。何かと物騒な界隈なので警戒はMAXだ。

 例の「呼び鈴」は撤去されて機械に替わっていたので、ほっとする。

 あんなもん、何回も叩いてられるかってんだ。

 カーマは気にしない(好きな訳でもなさそうだが)んだろうけどな。


 カーマはすぐに出てきた。お洒落着なのに3階の窓から飛び降りてきたのだ。

 魔力で作ったのではない、ブランド物のピンクのモコモコのワンピース。

 普段のカーマの露出度は高く、黒いボンテージドレスだ。

 ほとんど革のベルトだけで構成されている奴である。それに厚底のハイヒール。

 それにカーマは全身に刺青があって迫力があるが、この服だと全部隠れるので可愛い女の子にしか見えない。思わず見とれて………ってそうじゃなくてだな。


「おいカーマ、玄関は?一体どうした?」

「誰かが壊して普通には直らない。面倒だから………」

「窓から出入りしてるって?『リペア』じゃダメなのか?」

「ああ。魔法的にややこしい壊され方をしている。誰の酔狂か知らないが、まあ、どうせ窓からでも不自由しないから構わない。何か問題か?」


「見た目が問題だよ………カーマにうるさく言いたくはないし、闇淫魔は気にしないんだろうけど、他の所からの客が来た時、舐められるぞ?」

「そうか、確かにそうだな。ブラックス(淫魔領筆頭74大魔王)にでも頼ってみよう」

 淡々とした喋り方だが、俺の忠告を受け入れてくれたようだ。

 それにブラックスは正式な俺たちの上司なので、頼ってもいいはずだ。

 カーマは無感情だと思われがちなのだが、俺に言わせれば不器用なだけなのだ。


「カーマ、今日のデートが全部終わったら、水晶蚊・蠅騒動のことを話すな。アスモデウス様にお伺いをたてて、色々決まったから」

「わかった。じゃあデートの間は忘れておく。丸ごと後に回しておこう」

 カーマらしい。


「今日は港地区にある、超大型ショッピングモールに行こうと思う」

「うん、何でもそろうよね、楽しみ」

「欲しいものとかあるのか?」

「『リペア』の効かない高級茶器を割ったから、その代わりを買う」

「カーマの審美眼は信用してる。俺にもおすすめを選んでくれ」


 カーマは熟練の刺青職人だ。その入れ墨にはいろんな効果がある。

 力を使う時だけ浮き上がる刺青もあり、実は俺も学生時代(訓練所と言った方がいいかもな)にいくつかそれを彫ってもらっている。


 俺たちは決戦を頭から追い出した。

 そして買い物やお茶、イルミネーションや観覧車などを満喫したのである。


♦♦♦

 

 俺の家―――おなじみブラックリリーの、俺の居住区に帰ってきた。

 というか、俺もカーマも、別邸で暮らしていて城には全然戻ってないなぁ。

 

 帰ったらすぐに、示し合わせたようにお互いの服を脱がしあい、風呂に入った。

 カーマは学生時代から変わらず、超わがままボディだなぁ………

 だが近付く男は少ないだろう。手足首と首から上以外は全部入れ墨だからだ。

 正直、俺も最初はドン引いた。


 さて、それはおいといて風呂は泡風呂にしてみた。

 カーマが少し微笑みながら(珍しい)泡をモフモフしていた。 


 風呂から出、熱い夜を過ごした後(今回男役は俺)だ。

 2人共ガウン姿でソファに座り、細身の(ブランドはロミオ・イ・ジュリエッタ)の葉巻シガーを吸う。葉巻はフィアンから学んだ。―――しばし無言の時。

 しばらくして、俺は口を開いた。


「アスモデウス様には、俺から関係者に伝えるように言われてる。もうカーマ以外には説明したぞ。アスモデウス様は「蟲魔ベールゼブブ領の74大魔王を奪う」のではなく「空席にする」だけの形でアンジェリーナ=ココとその一族を討伐せよとの仰せだ。メンバーは俺とカーマ、フィアンの3人とその部下。メッサーラはアスモデウス様のおひざ元の守りに残る」


「私に部下はいないぞ」

「知ってるさ。俺とフィアンは1人づつ連れて行くけどな」

「水晶蚊の対策はしてるけど、未知の毒が無いとも限らないんじゃないのか」

「うん、それに関しては正式にアスモデウス様からシュトルム公爵へっていう形で、協力依頼を出してもらった。雷鳴こうしゃくさまからは、受けるけど特殊な魔道具を作るから3日間待ってくれって言われたそうだ」


「と、いうことは決戦はいまから4日目?」

「そういうことになるな」

「相手の居場所は分かってるの?「ベールゼブブ城」の中?」


 ベールゼブブ領とは、永遠に降り続ける酸の雨で覆われた領地である。

 酸の雨の中で生きて行けない種族は、すべてベールゼブブ様が庇護(条件はあるが)し、彼らは恐ろしく巨大な城と言う名の迷宮の中で過ごしている。

 蟲の性質を持つ住人が多いので、中は普通の自然環境と同じようになっている。


 だが、酸に耐性のある種族は荒れ果てた平野で過ごす。

 それ以外にもまれに、酸の雨の降らない小島があり、そこを74大魔王が使う事もある。今回のアンジェリーナもそうだ。

 俺はカーマに説明する。


 相手の居場所はベールゼブブ領地中部の、593km²ほどの非降雨地帯。

 アンジェリーナの倒した74大魔王が所有していたその領土を、アンジェリーナは水晶の庭園に作り変えた。侵入可能そうなのは、四方を囲む巨大な水晶の壁に設けられた、巨大な水晶の門ひとつ。

 本拠地と目されるのは最奥の水晶の城。向こうは本土決戦をお望みらしい、と。


「そう。手ぐすね引いて待っていると」

「そういう事だな、正直勘弁して欲しいんだが」

「アルはいつも争いごとを嫌がる、なぜ?」

「弱かったころの癖だな………今では強くはなったと思っているけど」

「そうだね。ゴーレム騒ぎを鎮めたと聞いたよ」

「それはアドバイスがあったからたまたまだよ」

「普通はあっても出来ない」

「降参。あんまりいじめないでくれ」


「自覚があるならいいよ、今回は敵を狩ってくれないと」

「そうだな………とりあえず、過小評価は控えるよ」

 カーマはあっさり頷く。

 それからは、お互いが目にした事のない能力の開示―――敵地で連携するため―――や、思い出話、やってみたい戦術などの話に終始し、夜は更けていった


♦♦♦


 それから2日後。今日はフィアンの屋敷で、公爵様を交えての作戦会議である。

 服はいつものブラウンのパンツスーツに、同色のベストと言うマニッシュな格好。

 防御力も見た目も最高の逸品だが、ただの仕事着ともいう。

 これは、戦場に行く時の恰好でとフィアンから通達があったからだ。

 この上に、トレンチコートを羽織っておしまい、である。


 だが、話しながら皆がつまめるお菓子とかを土産にするのはいいだろう。

 そう思って、地元の名店でイタリアのお菓子、ビスコッティを焼いてもらった。

 「ビスコッティ」は、“2度焼く”という意味を持つシンプルな定番おやつだ。

 生地にバターを使わず、2度焼きしてしっかりとした硬さに仕上げているのが特徴で、コーヒーやミルクに浸して食べるのが一般的だ。

 フィレンツェ発祥といわれ、庶民的な伝統菓子として親しまれているそうだ。


 それをビジネスバッグに放りこみ、いわゆる革靴ではなく、革の運動靴を履く。

 これは最初から戦闘があると分かっている日の装備なので、今日履いていくのだ。

 

 いつも通り「ブラックリリー」の前でクラクションが鳴る。

 いつも通り窓からのぞいた俺に、助手席からシルバーグレーの細身のスーツに身を包んだフィアンが、ハットを振って挨拶してくる。

 慌てて階下に降り、車の前に立つ。

 

 これは………マセラティか?エンブレムはそうだが車種に覚えがないな。

「ボンジョルノ、フィアン。現代的な車だな、なんていう車種だ?ていうか運転手がいるのに助手席に乗って迎えに来てくれたのか?」

「ボンジョルノ、アルヴィー。クアトロポルテだよ。ラグジュアリーサルーンだ。スポーツ走行時の性能と、サルーンの快適性を両立させた高級セダンとして知られる。乗車の件は、何があるか分からないからね、乗客の護衛だよ」


「了解、ああ、これビスコッティ」

「グラッツィエ、アルヴィー。ちょうどいいよ、君は本当に気の付く女性だ」

「よせって」

 俺はくすぐったく思いながらクアトロポルテの後部座席に乗り込む。

 静かについてきたエリュールは俺とカーマの間におさまった。


♦♦♦


 さて、ペルヴェローネ・ファミリーの敷地、奥の屋敷にて。

 雷鳴こうしゃくさまは先に来て、ソファで暇そうにしていたが(お茶とお菓子は出ている)俺たちの到着を見て笑顔になった。

 フィアンはビスコッティをメイドに預け、俺たちにソファを勧める。


「これで全員かな?」

「いや、フィアンの部下が来てないんじゃないか?」

「いいや、彼ならずっと一緒にいるとも」


 フィアンの言葉を受けて、何と馴染みの運転手が深々と頭を下げる。

 赤毛の優男だが、ガタイのいい男でルックスも悪くない。

「顔を上げて名乗れ」

「へい、ボス。俺はガンザルと申しまさぁ、シニョリーナには馴染みですな」

「びっくりした、強かったんだな」

「お客人を危険にさらす訳にはいかないでやんすからね」


「全員揃っているなら、着席してくれ。お茶が来る前に俺を司祭役にして「悪魔の宣誓書」を作ろうと思うんだけど、どうかな?異論は?」

 雷鳴がぐるっと俺たちを見回す。ガンザルも俺たちに礼をしてから着席した。

「「「「「異論なし(ありやせん)」」」」」


 「悪魔の宣誓書」とは、ばらけがちな悪魔を、協力関係に結び付けておくための、強い実効力のある契約書だ。悪魔の誓いの一種で、破ったら死ぬ。

「じゃあ、誓いの項目を読み上げていくから、異議があったら言ってくれ」


 ~悪魔の宣誓書~

 この宣誓書に血判する者は以下を承認したものとみなす


 1・誓いの目的を達成するまでの間、共に協力し合い共闘する。

   騙す、見捨てるなどの行為はこの項目に同意したら行ってはならない。


 2・任務から逃げてはならない


 3・任務はこの宣誓書に全員がサインした24時間後に開始される。

 

 4・それぞれは目的達成のために必要と思われる能力を開示する。

 ただし他者の能力を口外しない事。脳内の情報を読まれてもいけないが、力及ばず  『思考読みマインドリーディング』された場合は罰則はない。


 ~以下に署名し、血判せよ~


 雷鳴が宣誓書を順番に回して来る。俺は指を切って血判を押した。

 他からも異論はなく、皆宣誓書に血判を押す。これで運命共同体という訳だ。

「司祭役として見届けた事を宣言する。なおこの儀式の模様を他言しない事を誓う」

 という雷鳴の声と同時に、いつの間にか落とされていた照明が灯り、時が動き出したかのような雰囲気が満ちる。


 ノックがあり、コーヒーとビスコッティが運ばれてきた。

 和やかなムードで話が進む。

 雷鳴が1月の間全ての状態異常を受け付けなくなる腕輪を渡してくれる。

 他の面々は、能力を開示する。俺のはほぼ知られてるけどな。


 武闘派ではないつもりだが………明日が楽しみだ。

 フィアンから今日は泊まって(明日再集結するのも面倒臭いしな)いくように言われたので有難く受けた。

 雷鳴は仕事があると帰ったが構わない、彼はもう役割を終えている。


 明日の朝食を食べたら、そのまま決戦だ。

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