第9話 コンピューターガール

 さて、侯爵様の家から帰った次の日。朝6時。

 俺は慌ただしく出かける準備をしていた。服は仕事着だ。

 何故って?今からメッサーラ(裏淫魔街管理の74大魔王)とカーマ(闇淫魔街管理の 74大魔王)に会いに行くのだ。女同士だし、着飾る必要もない。

 フィアンは15時ごろ迎えに来るので、できれば13時までに済まさなければ


 だが一応ブラックリリーの従業員に確認しておく。

 ボーイにに小さな水晶が生えている奴がいた。病院に行こうと思っていたらしい。

 俺は、彼を特効薬の実験に使う事に決めた。

 結果は―――静脈注射で2分ほど、水晶がポロリと落ち、皮膚が再生する。

 うん、まごう事無き特効薬だった。


 さて、ボーイを治療して、まずメッサーラだ。

 裏淫魔街。時々犬の首輪をはめられた男女が、四つん這いで歩いている。

 もちろんご主人様が手綱を握っており、遅いと後ろから蹴りつけ、彼らは喜びの悲鳴を上げる。俺には理解できない境地だ。

 ソフトMかソフトSなら大丈夫だが、裏淫魔街では主にハードが揃っている。


 俺はさっさと大きな屋敷(小規模な城みたいな感じだ)の扉を叩く。

 すると、ボンテージルックの、半裸の男(レベルは高そう)が出迎えてくれた。

「ご主人様はまだお休みですが」

「アルヴィーが来たと言ってくれ。水晶の件だと言えばわかる」

「………かしこまりました」

 俺の名乗りが効いたのか、男は素直に屋敷の方へ向かって行く。


 しばらくするとメッサーラが、門番の男の背中に腰かけて、高速でやって来た。

 仕事着であるナチのSS制服を着、鞭と短剣を装備している。

 『飛行フライト』を使い、メッシーナが護衛についている。

 こちらはナチの下士官の制服である。

 2人ともよく似合い、とても妖艶であった。


「おはようメッサーラ。水晶の話で来たんだ」

 メッサーラが眉を動かし、難しい顔になった。

「アル、屋敷に来てくれ」

「いいよ」

「このブタに乗ってくれればいい。大丈夫、喜んでる。そうだな?」

「ブヒィッ、ブヒ、ブヒ」

 ………おれは微苦笑して、門番の背中に乗った。意外と乗り心地がいい。

 メッサーラとメッシーナは『飛行』でついてきた。


 メッサーラの屋敷の、密談用の応接室へ運ばれた。

「ご苦労、人間に戻れ。安心しろ、これからも飼ってやるから門番に戻るんだ」

「はっ、畏まりました!」

 と門番が言うので、俺は背から下りた。


 お茶とお菓子が出てくるまで、メッサーラと世間話をする。

 お茶とお菓子が出て、メッシーナもメッサーラの横に座ったので本題だ。

「体の一部が水晶体になって自我が希薄になる現象、ここでも起きてるか?」

「と、言うとそっちでも?」


「ああ62人ほど。特効薬があるんだが、量産のめどが立つのは明後日だ」

「特効薬?うちでも50人ほど被害が報告されているが」

「13本ほどしか融通できないから、緊急の相手の時だけ使ってくれ。今日はちょっと忙しいが、俺の治療が欲しいなら、明日に予定を入れておくけど?」

「頼む。どうせ闇淫魔街でも一緒だろうから、こちらの方は午前中―――朝8時に患者に招集をかけておく。頼むぞ」

「俺の能力が通用するなら、いくらでも力を貸すさ、ダチだろ?」

「その通りだな。私で何かできる事があれば何でも言ってくれ。借りにしておく」


 そして俺は門番とは別の「豚」に乗ってメッサーラの屋敷を辞した。

 門の所で下ろして貰い、亜空間収納から封印玉に入れてあるフィアット・パンダ 4×4を取り出す。そして封印を解いて実体化させた。

 公爵様………雷鳴から、頂いた………貰ったもので、魔力でガチガチに防御が固めてある、危険な場所には丁度いいミリタリーな感じの一台だ。オフロードにも対応。

 魔力が効かない場所に備えて、物理防御も施してあるそうだ。


 闇淫魔街への路を進むと汚物垂れ流しで、柱につながれている、目の死んだ悪魔や人間がちらほらと。柱には「自由にお使いください」と書いてあった。うへえ。

 処刑道具が、街の真ん中の広場に多数あり、処刑人が忙しく働き―――歓声が尽きない。自分で公開処刑したいと、場所を借りる輩もいる。早く通り過ぎたい。


 何とかカーマの家―――レヴィアタン領に隣接した荒廃した地域にカーマの家はあった。コンクリートでできた塗装もない館。広さ―――というか高さだけはある。

 さて、現実を見よう。

 カーマの家の前でパンダを封印に戻しながら「それ」を見る。

 「背中に呼び鈴・カーマの家」と書かれた全裸の女性。

 尻を突き出すような恰好で、電柱に縛られている。

 カーマの事だ、志願者から選んだのだろうが。


 彼女の横にはぶっといネジがハンマーと共に置いてあり………前に「呼び鈴」を叫ばせた連中の痕跡が―――お尻にネジが埋め込まれている―――ある。

 仕方なく俺は女性の尻に、ハンマーでネジを叩き込んだ。

「あはぁんv」

 気持ちいいらしく嬌声を上げる女性。カーマはまだ降りてこない。気配はあるので、呼び鈴が聞こえてないだけであろう。

 『拡大音声』を女性にかけ、気が進まないがもう一度呼び鈴を押す。


 『拡大音声』をかけて嬌声は、かなりデカかった。近隣住民が顔を見せる。

「失礼、この呼び鈴の音が小さかったもので増幅した。騒がせて済まない」

 近隣住民は下卑た笑みを浮かべて引っ込んでいった。

 ガチャリと館―――いや、この際ビルと言い切ろう―――の扉が開く。

「アルヴィーか?音が大きいぞ。ビックリするじゃあないか」


「俺は呼び鈴そのものにびっくりしたっちゅーの」

 カーマとは、もう無いが先代帝の時代にあった、淫魔の学校での同級生である。

 紅色の髪をふんわりとボブにし、瞳は髪と同じ色。小柄な可愛い系美人だ。

 恰好はホットパンツにタンクトップといういでたちである。

「部屋着か?寒そうだな」

 エルネストも親友だが、カーマも親友。乱暴な口調で平気だ。

「そうか?私は冷気に強いからな」


 感情を見せずにそう言うと、上に上がるように促してくる。

 俺も玄関先でのやり取りはごめんこうむりたかったので2階にある、黒を基調とした豪華な応接室に案内された。完全に客用にしてあるな。

「俺はカーマの私室がいいんだけど?」

「そうか?大したもてなしも出来んが、いいのか?」

「悪趣味でさえなければいい」


 エレベーターでビルの最上階(10階)に上がる。

 フローリングに打ちっ放しのコンクリートの壁。

 目立つものはキングサイズのベッドと、床に置くタイプのソファ。

 ソファとソファの間にはガラスのテーブルが置かれている。

 後は、コーヒーサーバーがあるだけだ。


 俺は、カーマが淹れたごく普通のコーヒーを飲みながら話を切り出す。

「闇淫魔街には、水晶に侵された奴はいないか?店の従業員や関係者に絞って」

「ああ………そんな報告もあったな。プレイで死ぬなら本望でも、病気は嫌だと助けを求められていて、調査中だ」

「特効薬があるんだ」

「ほう?」


「まだ個数が揃ってなくて12個しか渡せない。量産出来たら融通するが」

「わかった、量産の目途は?」

「明後日。時間は分からない。それまでに緊急のがいれば、頭に生えてなければ俺が治せると思うけど。時間は12時頃にしてくれ」

「………そうか。集めておく。ところでアル、お前は水晶蚊に刺されたりしないのか?それと災難の相が出ているぞ?刺されないよう強化してやろうか?」

「例の刺青か?………刺されなくなったり、防御力が上がるなら頼む」

「分かった。上半身裸になって、背中を向けろ」


「了解」

 カーマでなければこういう事はしないが………邪魔だというのでブラも取り払う。

 しばらく、背中がチクチクしたが、1時間ほどで施術は終わった。

「これでしばらくお前の体はオリハルコン並みに固い。ああ普段は柔らかいから心配しなくていいぞ。彫ったのはこれだ」

 と、鏡を渡してくるカーマ。


 背中を映すと、そこには優美なイースタンドラゴンの刺青があった。

 まあ、魔界では刺青は簡単に消せるから、構わないが。

「どれぐらい持つ?」

 学生時代もよくやってもらっていたため、大体は分かるのだが。

「3か月ぐらいだな」

「そうか、サンキュー」

 カーマに軽く口づけしてから、俺は服を着こんだ。

「アル」

「ん?」

「また来てくれ」

「呼び鈴を変えたらな。それじゃ」


 俺は窓から道に飛び降り、フィアット・パンダ・4×4を出して、乗り込んで手を振った。「またな!」カーマがどこか嬉しそうに手を振ってくれた。


 ブラックリリーに戻った俺。

 従業員に異常がない事を確かめ、フィアンマフィアの所に行く準備をする。

 いつものように本性に戻る。紅目、青肌、長い黒髪だ。

 軽く化粧をして、うん、これでいい。

 

 ドレスはキャミソールタイプのミニドレス。色はクリームイエロー。

 だが安っぽい生地ではない、きちんとした厚みのある生地だ。

 フロントファスナータイプであり、下げると胸が見えるような仕様である。

 肩の紐では宝石―――黄水晶がキラキラと光る。


 クラッチバッグはスタンダードな黒のクロコダイルに戻しておく。

 今回の土産は―――これかな?

 葉巻―――『モンテクリスト』

 このブランドは、香り高いといっても香ばしいコクのある感じとは一味違う。

 爽やかな香りが特徴の葉巻である。

 これをクラッチバックに入れる


 そして窓の外に車が止まった。

 馬車の馬をなくし、ライトとエンジンルームに置き換えた様なビンテージカー。

 ホイールは赤く、ボディは黒と金の豪華なボディ。

 馬車と同じく、運転手と後部の客室は分かれている。

 おそらく―――フィアット24/40HP。れっきとしたイタリア車である。


 俺はブラックリリーの階段を滑り降りるように下る。

「ボンジョルノ(こんにちは)アウティスタ(運転手さん)」

「ボンジョルノ(こんにちは)シニョリーナ(お嬢さん)」

 挨拶と握手を交わし、後部座席に滑り込む。防御魔法が心地いい。


 車は無事にフィアンの邸宅の前に着いた。

 今日は食事会は機密の漏れない邸内で、ということになっていた。

 なので、屋敷の中の密談用の部屋に案内された。

「とりあえず、スイーツをお持ちしますのでお待ちください」

 そう言われて部屋に入ると、フィアンはもう来ていた。


「ボンジョルノ、フィアン」

「ボンジョルノ、アルヴィー」

 俺が土産の葉巻を渡すと、フィアンは

「毎回いい葉巻を持って来てくれるね。今度一緒にやらないか?」

「作法を教えてくれるなら」

「勿論だとも」


 スイーツが運ばれてきた。誰もいなくなると、俺は話を切りだした。

 特効薬を得た理由もフィアンには話しておき、手元にあと25本しか注射器が無いことを告げ、構成員に刺された物がいないかと聞いてみる。

「忌々しい事に、犠牲者が5人いるんだ。その特効薬、幾つ分けてもらえるかな?」

「15本持って行ってくれ。大丈夫、明後日にはベイビィ・フェイスが増産してくれることになってるから」


「どれぐらいかは、聞かなかったんだね?」

「そういえばそうだけど………原材料から確保するって言ってたし」

「そうか、なら大丈夫だな。生成して出来上がったものをブラッドドラゴンかエメラルドドラゴンに飲んで貰えば増量できるから」

「俺もそれはできるんじゃないかと思ってたよ。それで、ブラッドドラゴンの好きな物は聞いたけど、エメラルドドラゴンっていうのは何が好きなんだ?」


「ああ、大丈夫。ブラッドドラゴンと同じだよ。ブラッドドラゴンを作る時、母体の役割をしたのがエメラルドドラゴンなんだ」

「そうか、ならお礼は用意出来てるから、どっちがしてくれてもいいのか」

「そういうことだね」


「あ、それで、量産できたら配布をこっちに頼みたいんだけど―――俺の配下は人数はあまり多くないし、場所を移動するとなるとトラブるのも多いから」

「まあ、「さっきゅん」は動かしにくいだろうね「いっきゅん」も同じくか」

「配下は俺が個人で手を入れてる所だけだからね。レベルの高い娘も少なくないけど、あんまりほかの店にやるのは、ちょっと」

「ああ、了解した。こっちで君の名前で配布しよう」

「助かる」


「で―――部下たちをまた接待してもらっていいかな?みんな喜ぶよ」

「今日か?」

「できれば明後日までに」

「じゃあ帰りに連れて行くよ。ちょっと電話をかけて来る」


「相手の店は何と?」

「3時間以内に貸しきりにしてくれるそうだ」

「どんな店なのか気になるな」

「コンピュータが、こっちの願望を読み取って「さっきゅん」もしくは「いっきゅん」を生成してくれる店で、できあがった「さっきゅん」に性格設定をすると疑似魂を作ってくれるんだ。通常コースは2時間」

「それは、私も行ってみたいな、なんていう店だね?」

「コンピューターガールっていう店だよ、はい店のカード」

「グラッツィエ」

 その声を後に、俺は彼の部下たちと出かけた。


今日「お世話」するのは30人だ。

他のメンツはこの評判がよければフィアンが行かせてやるだろう。

コンピュータが頭の中を読み取り―――受付で秘密厳守の誓約書が交わされる―――好みの子が出来上がっていく。それの細部に修正を加えていくのだ。

ボディが出来上がったら、疑似魂の性格も設定して―――行ってらっしゃい。


当然のように好評だった。

まあ、よっぽど想像力が欠如していても何とかしてくれるのがこの店だ。

俺も好みの子―――精気の質まで再現できるとは!―――を作って遊んだ。


さあ、ワクチンの配布が終わったら、向こうはどんな手で来るだろう?

証拠がない以上、こちらから攻めていくことはできないからな。まだ。

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