第8話 ああ、びっくりした
ウルファインと別れて、俺も魔帝城から退場しようかと思っていた。
だが、そんな俺に声をかけてくる人(悪魔)がいた。
「レディ・踊っていただけませんか?」
「え?」振り返って、俺は硬直する。
雷鳴=ラ=シュトルム公爵様!
王族の次に高い家柄の方で、その上実力は7大魔王よりも上だとか。
「アルヴィーさん、でいいのかな?引かないで欲しい。よこしまな考えでお誘いしている訳じゃないから、緊張しないで」
無茶を言わないで欲しい、誰でも緊張する。
だが―――見方を変えれば、地位を高めるチャンスでもある。
「はい、お誘いいただきありがとうございます」
そう言うと、彼は俺の手に口付けて、優雅にダンスにエスコートする。
音楽は丁度ワルツに切り替わったところだ。
見事にダンスを踊りながら、彼は言う。
「ねえ、君。車好きなんだね?詳しいの?」
「はい?」
「だから車。今日モーリス・ミニで登城して来たでしょ?」
「ああ。はい。友人の影響で………馬車より好きです。おかしかったですか?」
「まさか。目立ってはいたけど、似合ってた。俺も車が好きでね。
自分でカスタムもするんだ。車いじりは楽しい。
でも、なかなか同好の士がいなくて………それで声をかけたんだ。
よかったら、うちのコレクションルームに来ない?
気に入ったのがあったらプレゼントするから。ああ、強制はしないよ」
「(時間はあるよな………)はい、その、奥様達は?いいんですか?」
「紹介するよ?エステティシャンとして」
いや、いいのかというのは、そういう意味じゃないんですけど。
「あと、今君が抱えてる水晶蚊の問題も力になれると思うよ。
招待を受けてもらうお礼に少しね」
「なぜ知っているのかはお聞きしても?」
「悪いけど君の思考を読んだ。ウルファインさんとバルコニーに行く前にね」
やっぱりか。さすがレイズエル様に育てられただけはある。
俺は招待を受ける事にした。どうしようもないというのもあるが。
この感じだと奥様方の怒りをかう事はなさそうだけど、一応確認を。
「では、お邪魔します。奥様達はお怒りには?」
「大丈夫、気にしないと思うし、君が気になるなら説明もしておくよ。
ああ、嬉しいな。学園の同級生以外の友達ができそうだ」
シュトルム公爵様は無邪気な笑みを見せる。
そうか、そういえばこの方、年下だったんだった。
俺はそのまま音楽の切れ目に見事にエスコートされた。
そしてダンスフロアから抜けて、スマートに魔帝城の出口に向かうのだった。
「俺の家は魔帝城から徒歩で5分もあれば着く。
だから、モーリス・ミニは「封印玉」に入れておいでよ。封印玉はあげるから」
封印のアイテムをもらった。俺は馬車の管理人に断って、ミニを玉に入れる。
ちなみにシュトルム公爵様の屋敷は、魔帝城から視認できる。
………というか魔帝城への参道に面して門があるのだ。
入口はさほど大きくないが、視界が開けたら奥はほとんど宮殿だとか。
シュトルム公爵様に連れられて屋敷に着くと、美人な門番が迎えてくれた。
「お帰りなさい、ご主人様!いらっしゃいませ、お客様!」
活動的だが美麗なフレアスカートのショートドレス。
腰にはレーザーガンと思しき銃。
「ただいま、ラキス(オルタンシア参照)」
中に入ってしばし色とりどりの蔦バラの通路を進むと、屋敷が見えてくる。
コの字型の邸宅で、3階建てのようだった。
石造りの重厚な作りで、魔界らしく石の色は黒い。何の石だろう?
窓枠は真紅で、アクセントが効いていた。
「左が生活圏で、奥さんたちと子供達はそっち。俺も寝起きしてるのはこっち。
使用人も左の地下に住んでるよ。1階は基本、使用人の仕事エリアだね。
右は舞踏会とかに使うホールのある所。宿泊もできるようになってる。
でも俺は奥さんたちの所にいなければ、正面の建物の書斎か趣味の部屋にいる」
俺は屋敷の正面(コの字の一番奥)の、地下に案内される。
そこは―――あらゆる車があるのではないかというほど、沢山の車があった。
多分空間が拡張されているのだろう、地下にしても広大だ。
ラグジュアリーカーからマイクロカーまでどんな需要にも答えられそうだった。
種類で区分けされてるっぽいな。
何故か装甲車や、改造されているらしきバスもあった。
「こっちは、惑星ガイア、こっちはグロリアで使ったんだよ。思い出なんだ」
「まさか公爵様が改造を?」
「そのまさか。だから俺が引き取って来たんだよね、朽ちさせたくはなかったから。
こっちが「ライノ」で、こっちが「サラマンダー」だよ。
当時の仲間とつけた名前なんだよね。愛着あるよ。
さあ、それよりお気に召した車はあるかな?カスタムカーはどう?」
公爵様は照れくさそうにそう言った。
カスタムカーのコーナーに移動すると、惹かれる車があった。
小型だがしっかりしている感じ。四輪駆動だ。
色はアーミーグリーン、何かゴツゴツした質感のある塗料で塗ってある。
小さい兵士という感じで可愛いな。
側面には4×4とオレンジでプリントしてあり、窓には小さくPANDAと刻印が。
「元はフィアット・パンダですか?」
「そう。カッコカワイイでしょ。内装はオレンジ。エンジンはV6だね。都市でもオフロードでも使えるよ。もちろん魔界仕様になってるから、過酷な環境でも大丈夫」
「俺、これが良いです」
「軽量級だけでなく、ラグジュアリーカーも選ぶと良いよ。舐められないようにね」
「それでしたら俺、前から憧れてるのがあるんですが」
「何かな?」
「ピンク・キャデラックです」
「なるほど………女性は憧れるのかな。映画にまでなってるもんね。
分かった、エルドラドを入手して、完璧に手を入れたら招待状を送るね。
ああ、連絡先の交換してくれるよね?あと公爵様は止めて、雷鳴でお願い」
「連絡先は勿論です。呼び方は………努力はします」
公爵様は不安そうだ。
だが、おねだりまでした以上連絡先の交換をしない選択肢はない。
呼び方も身分の差はこの際意識しないように心がけよう。
図々しいかもしれないが、友人として振る舞わせてもらう事にした。
それを察したらしい雷鳴は笑顔になった。
「友達になってくれるんだね。ありがとう。じゃあこれ、水晶蚊の特効薬だよ」
笑顔で小瓶をさし出してくる公爵さ………いや雷鳴。
これ、俺はどういう顔をしたらいいんだ!?
「ええっと、これは………?」
「ああ使い方が分からないよね、ごめん。
これはり患してから使う物で、方法は静脈注射で1.0mlだよ。
体が水晶を排除するように働くから、水晶がはがれたり、抜けたりする。
後は残らないと思うけど、万が一残った時はアルが処置してあげて」
そういう事じゃないんだけど………まあいいか、開き直る。
「ありがとう。後の事は自分でやるよ。これ、他人に成分が分かってもいいかな?」
「いいよ。好きにしてくれて」
その後、奥様達に引き合わされて、屋敷中を回ったりした。
この家、奥様達も働いてるんだな………
もちろん、友人ですアピールは忘れなかった。
♦♦♦
俺は夜遅く「ブラックリリー」に帰って来た。
色々あった一日だったがまだ終わらない。
今日のうちに「アルテーロ」のベイビィ・フェイスに薬の成分を分析してもらう。
足りなくなる可能性もあるのだから、当然だ。
そして足りなくなる度に雷鳴に泣きつくというのも嫌だ。
どうせ公爵様を利用しているとかなんとか悪口のつもりで囁く輩は居るだろう。
だが利用できるところは友達でも利用するとも。悪魔なのだから。
悪魔の友達はそんなものだ、だがその上で敬意をもって接する。
そんな関係になれたらいい。
ノートパソコンを取り出し、起動。教わったやり方で「アルテーロ」にアクセス。
「ハァイ!ベイビィ・フェイスです♡うふふ、また会えたね☆」
「はは………相変わらずハイテンションなんだな。いつもなのか?」
「私はいつもこんな感じよ♪ご用件は?」
俺は小瓶に移した薬の原液を画面に沈める。妙な感覚だ。
「これを解析して、必要なら作れるようにしたいんだけど………?」
「りょうかーい。私がやってみます!代金はこれだけになるけど大丈夫?」
思ったほどは高くない。俺は手でOKマークを作った。
「毎度ありがとうございます~」
ベイビィ・フェイスは小瓶の中身を少し手のひらに出して、舐めた。
「うわー細かいー。こんな成分調整法ってあるのねぇ」
「どうかな?」
「大丈夫!そこまで難しい材料はないわ。でも、調整は大変そうだけど、もっと作る事は………そうねー、3日もあれば材料が揃うと思う!」
「材料費は込み?」
「安心して、最初の見積もりは変えない主義なの☆」
「そっか、ありがとう」
何かこの人相手だと素の口調になるな、俺………
「じゃあ用意ができたらメールでお知らせするわね!用件は終わりかな?」
「終わりだよ、フィアン………ザ・ミラーによろしく」
「承りー♡じゃあネ!」
勝手にサイトは閉じた。
しかしベイビィ・フェイスって仲間内でもあのテンションなのか?
いや、フィアンと話した時はもっと普通だったっけ。
それはいい。取り合えず、寝る前にまだやる事がある。
俺は特効薬の瓶を持って自分の研究室に入った。
見えないかもしれないが、これでも研究が趣味なのだ。
まあ今からやることにはあまり関係が無いが。
特効薬を瓶から吸い出し、空気が入らない特殊なパックに移し替える。
小さな注射器を棚から取り出し、『
それをパックに突き刺し、1.0ml吸い出す。以下繰り返し。
よし、特効薬50個分が完成した。
半分づつ袋に分けて入れて、2つともクラッチバッグ(亜空間収納)へ収納。
フィアンに明日行ってもいいか確認。
大丈夫だったので迎えの時間を調節する。
ふう、やっと寝れるな。
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