第7話 小さな花園 2
分析結果は1時間かかって出た。
水晶は完全に水晶の成分で異常なし。蚊の刺し痕は検知不能、手も普通。
フィアンはやっぱりかという顔。彼の探知魔法でも同じ結果だったという。
フィアンはしばらく考えて―――
「アルヴィー、他の裏組織を使う気は?私がエージェントをしている組織だ」
俺は少し驚いた。フィアンでエージェント?
「………驚きだが、そういう繋がりがあるなら構わないけど………?」
「そうか。人払いを。屋敷の中に入る」
俺達は屋敷に入る。屋敷の中に入るのは数年ぶりだ。―――いつも庭園での会話だったからな―――そして人払いをした応接間に入る。
そしてノートパソコンを取り出すと、俺の隣に座った。何故?
しばしPCを操作し、何の変哲もない検索画面で24α59Ω73β19と入れると、直接 どこかのページに飛ぶ。黒いカーテンの画面。そこの真ん中には何も書かれてない入力画面が現れる。そこにフィアンは「誇り高い」と入力した。
画面が切り替わる。カーテンが開き、赤い舞台が見える。
大きく「ALTERO」の文字が出現した。そして電話のコール音。
「はぁい♡ベイビィ・フェイスです☆アルテーロへようこそ!」
「私だ、ベイビィ・フェイス」
「………ほんとだ。ザ・ミラー、なんでお客様向けのアドレスからくるのさ?」
「隣にクライアントがいるからだ」
俺の正面にノーパソを動かすフィアン。画面が切り替わる。
切り替わった先には1人の女性。
凝った刺繍の入ったタイトな末広がりの黒いドレス。
ドレスはシルクの光沢、肩と胸元は全てレース。シースルーのリボンで目を覆っている上、梳き流しの金髪の頭頂部にはヴェール付きの帽子をかぶっている。
帽子は彼女の金髪と金の目―――何故か察する事ができる―――と同じ色合いのキャッツアイと黒い花で飾られていた。
なぜだろう、隠れているのに、その美貌と瞳の色が分かるのは。
「はぁい♡ベイビィ・フェイスよ、こんにちは!」
「こんにちは、表淫魔領の管理をしている、74大魔王のアルヴィーです」
「可愛いお客様ね!それでご依頼は?」
横からフィアンが顔を出し
「コイツの分析を頼みたい」
そういっておもむろに画面にリュアンヌの「手」を押し付けるフィアン。
「手」はずぶずぶと画面に沈み、ベイビィ・フェイスの手元に現れた。
「へぇー、綺麗じゃない。これの分析がお客様のお望み?」
「そうだ、だが今回はサービスで私からの依頼にしておいてくれ」
フィアンがそう言って俺にウィンクする。多分相当な依頼金がかかるのだろう。
俺は大人しく「グラッツィエ」と言っておいた。
「ふぅーん、悪意の波動がかすかにあるけど、それだけじゃあね。ザ・ミラー、ブラッド・ドラゴンに食べさせてもいいかしら?」
何だそのドラゴン、聞いたことないぞ、と思っているとフィアンがOKを出した。
どうも、ブラッド・ドラゴンというのはコードネームのようだ。
フィアンがザ・ミラーなように、ブラッド・ドラゴンは極めて美しい少年だった。
プラチナブロンドの短髪に、金の瞳。白い肌は透けるようだ。
画面に出たブラッド・ドラゴンは、説明を受けて手を受け取る。
画面に向けて軽く礼してきたので、俺も会釈した。
ブラッド・ドラゴンの影が異形に―――ドラゴンに変わる。
影は床に落とされた「手」を丸呑みし、ブラッド・ドラゴンはしばし瞑目する。
そして目を開き「分かったよ」と言う。
「これは注入毒だね、特殊な「水晶蚊」が痛み止めと同時に分泌して体内に入れる。
これを使役できるのは蟲魔領の「蚊」タイプの高能力者だけだ。
蟲魔領でも一般的には病気だと認識されているけど、実は毒なんだよ。
放っておくと最後には全身を蝕む。
対処法は、生えた水晶を体の一部ごと取り除くのみ。
今回のアルヴィーさんの方法はまさに最善と言えるだろうね。
ちなみに、この毒からは犯人までは割り出せないな。
「蚊」本体がいれば使役者を特定できたんだけど、残念だったね」
「アンミレーヴォレ。ブラッド・ドラゴンは頼りになるな。近々美味しいレストランに連れて行くよ。買い物も自由にすると良い」
「サンキュー、パパ」
フィアンを見る。いや隠し子が居てもおかしくないか。
「サンプルを組織の皆で提供して生み出した、試験管ベイビーだよアルヴィー」
「ああ………なるほど」
「ベイビィ・フェイス。リストアップ」
「OK、ザ・ミラー」
向こうの部屋に設置されている巨大なスクリーン(の一つ)が、スクリーンの前のコンソールに座るベイビィ・フェイスの手によって目まぐるしく動き出す。
そして、4人の名前がリストアップされた。
「水晶蚊を操れると思われる悪魔をリストアップしたよ」
4人共女悪魔だ。蟲魔領は女が強いからな。
「その中で、レズっ気があるのはいないかな?」
俺が聞くと、ベイビィ・フェイスはまたコンソールをいじりだした。
情報が目まぐるしく映し出され―――1人に絞られる。
「表淫魔領で、何度かオンナノコと遊んだ経歴があるのがいるいるねぇ」
「彼女のデータと好みのタイプが知りたい」
「OK!私の得意分野だよ!少し待って!」
そう言うと2つある巨大スクリーンのちょうど真ん中に立ち―――コンソールも使わずに手を向けるだけで操作してみせた。
しばらくして―――
「コンピュート(完了した)よ!彼女の名前はウルファイン。蟲魔領の貴族だけど、魔王になる意思は無いと思う。外見はこれ」
スクリーンに映し出される女性。長い銀髪銀目の22~23歳の外見。
美人だな。多分見覚えがある。そう、魔帝城での記憶だ。
そうか、参内できるだけの権力はあるのか。ならアプローチは魔帝城で、だな。
「好みは基本、淫魔が好き。セクシーな黒か赤の服が好みで、黒髪紅目が好き。肌の色は白がいい。角はあった方が良くて短いのが好み。魔力で変えてあるのもOK。少女より大人の女性が好み。ネコではなくタチ専門。」
「凄いな、知りたかったことが全部そろってる。ついでに次の参内日は?」
「〇月×日△時だよ☆」
明日じゃないか。
「アンマッツァ(すごい)グラッツィエ」「フィグラーレ(どういたしまして)」
俺はフィアンに聞く。
「彼女と坊やの好きな物は?」
「ブランデーと毒物だね」
「ならこれを渡してくれないか」
俺はブランデー「マーテル コルドンブルー コニャック 」をバッグから出す。
伝説のX.Oコニャック(ブランデー)として愛され続けている逸品。
芳醇なフルーツの香りに加え、コーヒーやナッツを彷彿とさせる香ばしさなど、さまざまな香りが調和をとっている。
まろやかな口当たりだが、シナモンなどのスパイシーさも感じられる。
毒物の方は神経毒のパリトキシンの小瓶。
最強の毒蛇・インランドタイパンの毒の、実に250~500倍の強さがある代物だ。
「君は本当に気のつく女性だね。画面に押し当てたまえ」
コルドンブルーは画面に沈んでいく。
「これは、どんなパソコンででもできる?」
「このサイトにアクセスすれば、君のでも大丈夫だ。やり方は覚えたろう?」
「覚えたよ、グラッツィエ」
「グラ―――ッツィエ♡♡♡」
画面の向こうでは、ベイビィ・フェイスがコルドンブルーに頬ずりしている。
ブラッド・ドラゴンは小瓶をあおる。変化なし。本人曰く「美味しい」と。
「変わった嗜好だね。他に何か好きな物はあるかい?」
「毒そのものもいいけど、毒のある生物か―――悪魔がいい」
「………君、同族喰い?」
「ベースになったいつ………エメラルド・ドラゴンがそうだったからね」
「そうなのか………分かった、覚えておく」
「………タータ(お姉ちゃん)、いい人だね。覚えておくよ」
「グラッツィエ」
「それでは通信を切るよ、ベイビィ・フェイス」
「OK。アルヴィーちゃん、またのお越しをお待ちしております」
「アッリヴェデルチ(さようならandまた会いましょう)」
♦♦♦
フィアンに送ってもらい、店に戻った俺は、他に「患者」が出てないかだけ確認すると、自分の部屋に入った。明日、俺も登城してウルファインを誑すためだ。
登城の日、確か時間は昼前なので、朝から準備を始める。
服はワインレッドを選択。ワンショルダーの超ミニで、スリットまで入っておりか なり際どい。ワンショルダーの布部分には大きな(子供っぽくはない)リボンがついて おり、リボンの中心にはダイヤモンドがちりばめられている。
肌の色だけ白にとどめて、髪を黒にしてうなじを強調する形に結い上げる。
目も紅に戻す。
そして高性能な魔法の袋であるクラッチバッグを、外見は赤に金具は金に変える。
クロコダイルの革はそのままに、染色と形状変化をさせたのだ。
参内するには、自分で飛んで(高能力者のみ)いかないなら、乗り物が必要である。
俺は車庫からオースチンのモーリス・ミニを出してきた。
丸みのある小さめの可愛い4人乗り自動車で、色はベビーピンク。
魔帝城に着くと、専門の馬車預かり(車も対応してくれる)にミニを預ける。
陛下へのご挨拶と挨拶回りを済ませて―――その姿は珍しいねと言われる―――ウルファインを探す。誰かと話していたので、近くで待機(魔帝城でのマナー。エルネストのやつのようにガン無視する奴もいるが)する。
彼女は銀髪銀目のスレンダーで高身長の、切れ長の目が魅力的な女性だ。
会話が終わった、今だ。
「初めまして、ウルファイン殿。お聞きしたいことがあって」
そう言って背の高いウルファインの目を潤ませた目で見つめる。
それと同時にこっそりと能力を発動。引退アスモデウスである「ママ」の能力をやや変化して受け継いだ俺の能力は「ラヴ・ハート(極めて強い誘惑)」と「理想化(俺が理想的な姿だと認識する)」だ。「ママ」の能力は発動しっぱなしで、無差別に人を引っ掛けるが、俺のは指向性がある。
「………バルコニーで伺うわ」
そう言って、俺の肩を抱き「バルコニー」に向かう。
説明しておかなければならないが「バルコニー」とは言葉の綾で、実際は密室であ り、パーティ会場の左手の多数の扉―――5層ある―――に用途によって分かれた小部屋(あるいは庭)が入っているのだ。
用途は部屋ごとに違い、ランプの色で用途が分かるようになっている。
橙は密談、桃は休憩(寝室)、青はマルチ、緑は庭園だ。
彼女は自制心が働いたのか橙の扉に入りかけたが、俺は桃に誘導する。
庭園タイプの室内―――茂みに隠れてベッドがある―――に入ると彼女は
「お話は先?後?」
と聞いてきた。よし、気に入って貰えたようだ。
「後で良いよ?」
「なら抱かせて」
♦♦♦
俺はウルファインの腕枕で、彼女に寄り添っていた。2人共余韻を楽しんでいる。
「無粋だけど聞きたいことがあるんだ」
「なあに、子猫ちゃん、爪は出さないで(敵対するな)ね」
「水晶蚊を知っている?」
「勿論よ」
俺は淫魔領の件を離して聞く
「好んで使う女はいないかな?」
「ああ………それで私なの?拗ねてもいい?」
「拗ねないで、あなたはとても魅力的だ。この関係を続けたい」
「その言葉………本当だと誓える?」
「誓うよ。これでいいかい?」
彼女は満足そうに微笑んだ。
「なら許しましょう。そうね、私のほかに有力者は3人いるのだけど、1人好むのがいるわ。アンジェリーナよ―――淫魔領を嫌っているの。だから、あの女が攻撃するなら、被害は表淫魔領だけでは済まないと思うわよ?」
「何故淫魔領を嫌って?」
「簡単な事よ、夫を寝取られたの。表裏闇どれもいける高級娼婦にね。彼は蚊ではなくブタになったのだと言っていたわね。高級娼婦は殺したけど、彼は首を吊った。夫との間には5人の子供達もいて―――子供たちも父を奪った淫魔領を憎んでる」
「………その事件なら知ってる。そうか、あの時の女か―――ありがとう」
俺はウルファインに口付ける。
「私も手伝うわ、あなたの家は?」
俺はウルファインを疑ってはいなかった
肌を合わせ精気を吸えば、淫魔たるもの違うと分かる。
なので、空中に「ブラックリリー」の名刺を出し、裏に「店長」と書く。
「これを、受付に渡して」
「わかったわ―――それで―――」
彼女の目が熱を帯びる。俺は微笑んだ。
「「もう一度」」
俺達は抱き合った。
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