第5話 ピンク色がない!(真面目回)

 電話が鳴った。古式ゆかしい固定のダイヤル電話。

 今は魔界でも遺物扱いされている(念話が便利すぎる)代物。色はシェルと金。


 専用の暗い木製の台の上で鳴っている。

 その下には、事務作業に使う(見た目だけは)古風なタイプライターがある。


 これを使って連絡するのが彼らの「流儀」だった。

「ペルヴェローネ・ファミリー」の流儀


 俺は慌てて風呂から飛び出る『ドライ(乾燥)!』を自分にかけながら。

 あまりお肌にはよくないんだがな、この魔法。後で入り直そう。

 慌てて受話器を取る。バスローブなら辛うじて着てるよ!


「ボンジョルノ、アルヴィー」

「ボンジョルノ、フィアン」

「例の刺客が吐いた」

「!すぐに伺います」

「1時間後に部下を向かわせよう。昼食を食べていくだろう?」

「グラッツィエ」


 思ったより早いが善は急げだ。

 俺は全身に化粧水を馴染ませると、ドレスの選別へ移った。

 今日のスケジュールには「魔帝城に登城」というのも含まれている。

 どちらにでも出れるドレスでなければならない。


 選んだのは、前回と真逆の、青のタイトなワンピースドレス。膝丈だ。

 シルクの光沢が光り、Vネックラインには、ダイアモンドを連ねたネックレス。

 本性の青い肌、黒い髪に赤目によく似合うし、いつもの姿で俺にしては珍しいとき流しにすれば、魔帝城でも通用するだろう。


 次に土産を選ぶ。彼はハバナの葉巻が好きだが、俺はもう一つ好物を知っていた。

 チョコレートだ。魔界の超高級ブランド「クライマックス」のもの。

 そこのダーク・ウィスキーボンボンだった。

 俺はスイートのボンボンが好きだ。和正に食べさせたらブラックを選んだ。

 それ以来、うちに来た時の為に置いておくようにしているが、ダーク・ウィスキーボンボンは、フィアンの為にとっておいたものだ。

 

 青いクロコダイルのクラッチバックに銃とナイフと一緒に放りこむ。

 そしてフェラーリ、250カリフォルニア・スパイダーが店の前に着くのを待つ。

  俺は青いハイヒールを履き、前のように店から滑り出る。運転手が挨拶する。

「ボンジョルノ(こんにちは)アッコモダルスィ(お寛ぎください)」

「グラッツィエ(ありがとう)」と言って後部座席に滑り込む。


 庭園は前と同様、保温の魔法に守られて暖かく美しかった。

 「ボンジョルノ」「ボンジョルノ」ハグを交わし、土産を渡す。

 彼は自分の好物と包装で察したらしく破顔した。いい事である。


 食事のスタートは前菜から。

 定番のトスカーナ風前菜「アンティパスト・トスカーノ」から始め。

 盛り付けられているのは生ハム、サラミ、羊のチーズ、ペコリーノ・トスカーノ。

 最も特徴的なのは鶏レバーのパテがのせられたクロスティーニ。

 

 イタリアに数百はあるといわれるパスタ。

 地域により名物パスタが存在する。

 トスカーナは見た目にうどんのような「ピチ」がおすすめだ。

 ピチは手捏ねの丸い太麺だ。

 小麦粉と水だけで作られたシンプルな生地で、この生地にニンニクを効かせたトマトソースをかけると、驚くほど素材の良さをダイレクトに感じられる一品。


 牛すね肉を赤ワインで煮込み、黒胡椒のパンチが効いた「ペポーゾ」もその一つ。

 「ペポーゾ」はイタリア語で胡椒を表すぺぺに関連している。

 この料理の歴史は古く、中世にまで遡る。

 今ではトマト煮込みがイタリアで多く作られている。

 だが、ペポーゾはトマトがまだイタリアに入っていなかった時代の料理だ。


 おすすめな赤ワインは言わずと知れたキャンティ・クラシコ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーナで誰もがその名を聞いたことがあるくらいに有名なワイン。

トスカーナの肉料理に相性抜群だった。


最後にデザート。ルネッサンスのスイーツ、ズコット

ズコットはドーム型をしたセミフレッドで、セミ(半分)フレッド(凍った)という名の通り、半分凍ったようなスイーツだ。スポンジケーキの中に、リコッタチーズと生クリームを詰め、凍らせる。

ズコットはイタリアで初めて作られたセミフレッドで、現代のアイスクリームの原型となった。ルネッサンス期の支配者メディチ家の令嬢でフランス王家に嫁いだカテリーナ・デ・メディチに捧げられた歴史あるお菓子


食事を終えて、ナプキンで口を拭く―ふりをして『クリーン』をかける。

魔界の作法である。


「さて、本題に入ろうか?」

「頼む」

「彼の「心臓」は包み隠さず話してくれたよ。一応魂にも聞いたけどね」

「それで?」

「ワスタンデス。聞き知った名前だろう………?」


「育ての「おふくろ」のシンパだな。生みの「ママ」とは関係ない。どうせ思い込みだろ、世間では俺が殺したとささやく声が多いようだから」

「そのことは「お喋り心臓」で判明している。そのままだね。しかし相手はかなりの手勢を屋敷内に用意しているようだよ」

「屋敷の中なんて狭い所で襲ってこられても、負ける気がしないね。それにライブラ(天秤)とベーゼ(邪悪)を連れて行く」


「君の娘さん達だね。ライブラ殿とはぜひ会ってみたいものだが」

「ああ、俺の仕事を一部肩代わりさせてるからな、じき連れてくるよ」

「ベーゼさんは………人の血が強いようだが連れて行って大丈夫かな?」

「ナイフの扱いはちょっとしたものに成長してる………それにドラッグの製造業者の一人として、登録させたいので、やっぱり合わせに来るさ」

「なんと、そんな才能が?それなら歓迎するよ」


「ありがとう、あいつも喜ぶだろう。ところで今日は、魔帝城の登城日なんだが?」

 フィアンは苦笑した。

「当然、送るよ。後部座席で姿を変えたまえ」

「グラッツィエ!」


 フェラーリ250カリフォルニア・スパイダーで乗り付けた奴は他にいないだろう。

 おかげて注目の的だった。運転主には、

「帰りは店から馬車を呼ぶから大丈夫だ、グラッツィエ」

「レイ インデンネ(ご無事で、あなた)」

「………グラッツィエ」

 ほっこりする、ありがとう、という気持ちを込めて囁いた。


 運転手の頬が紅かったが、気付かないフリをして魔帝城の正門をくぐる。

 長い廊下をカツカツと歩いていくと廊下にいくつもある隠し扉の一つが開く。

「アル!無事だったんだな!」

「………ってオイコラしがみつくな!大立ち回りが耳に入ったのか?」

 エルネストである。首にしがみついて来やがった。


「ん?うん、始まった瞬間にベルゼーヴァが教えてくれた。何かあったら加勢するつもりで見てたけど、フィアンさんがついてたからな」

「フィアンは知り合いか?」

「そうだよ、いい人だね」

 

 こいつの人脈には呆れるばかりである。さすが魔帝城で「大抵の相談事はエルネスト殿に言えばなんとかなる」と言われてるだけあるな。

「そうそう、ラヴィーさん(引退淫魔領トップ。俺の生みの親)来てるよ」

「げ!マジで?」

「マジだけど、何でげ!なのさ」

「………あの人の前だと緊張するんだよ」


 そう言って廊下の突き当りの大きな門を開く。

 煌びやかとか、そんな表現で追いつかない何かが魔帝城にはあった。

 威容を誇るのは会場の中心のシャンデリアの代わりにぶら下がっている、巨大な黄金の船だ。これには7大魔王が乗っており、上がるには7大魔王全員の許可が要る。

 

 内部はフカフカのソファーとテーブルがあるのだとか。

 魔王がビュッフェに下りてきた時が、最大の話しかけるタイミングであろう。

 ちなみに、今代の7大魔王は比較的仲が良い。

 だから、許可を求められた魔王がいいと言えば、基本的に断られる事は無い。

 本人がNOなら当然ダメだが。


 例外はマモン様だな………ぶら下がってる物の上に乗るのは生理的にダメらしい。

 そりゃああんなに全周囲に太い、牛の悪魔様なので落ちそうな気がするのだろう。

 基本的に地上におり、よく一緒に登城するソミュア様を抱き寄せたりしている。

 ………ソミュア様は女騎士の恰好なため、柔らかくはなさそうだが。


 さて、現実逃避してても仕方がない「ママ」に会いに行くとするか。

 「ママ」―――引退アスモデウスは、見る人によって性別が変わる。

 それどころか、自分の理想の女性や男性に見えるのである。

 俺は血を引いているせいか本性が見えるのだが………

 とりあえず、彼女に群がる男女をかき分けていく。ぶっちゃけ面倒くさい。


 幸い途中で「ママ」が気付いて声をかけてくれ、俺は「ママ」の目の前に立った。

「可愛い娘よ、今日はこの後大変なんですって?」

「そうなんだよ、ママ。殴りこみに行くからね」

「ララが手助けならいつでもすると言っていましたよ、良かったですね」

 

 「ママ」が言うのは「妃殿下レイズエル様」である。何か深い関係にあるらしいが、俺まで巻き込まないでくれ、あの方は特別なんだよ。


「大丈夫、俺と娘たちで十分イケるから」

 そう言って早々に「ママ」の前から逃げる。他の客の視線も痛かったしな。


 最後に陛下に挨拶し―――早退の無礼を詫びる。

「かまわぬ、かまわぬ。そなたは我にとっても気に入りゆえな。勝つのじゃぞ?」

 何で陛下にまで………ああ、エルネストか。

「望外の幸せ、必ず勝利を捧げましょう!」

 と言ってはいるが、万が一死んでも、あいつも道連れだな、陛下の怒りに触れる。


♦♦♦


 ワスタンデスの屋敷が海底にある海面。俺は娘達と共に海面を見下ろしていた。

 海面から海底を見ていたライブラ(上の娘だ)が言う。

「母様、ワスタンデスの屋敷はそう大きくないな。

 このダンスホールに通じる道を制圧したら奴の逃げ場はない。壁を破って入ろう。

 母様とベーゼの露払いを終わらせたら、私は残敵を掃討するよ」


「それでいい、俺達は真っ直ぐワスタンデスの所へ行く」

「ねー母さん。あたしもどうしても行かなきゃダメ?」

「ダメだ。部屋に居るだろう護衛を排除してもらわないと」

「ゲッソリ………」


 俺達の突入は、ライブラが派手に壁を蹴り壊したことで始まった。

 水底の壁である、当然分厚く、破れれば邸内に水も入る。

「ちょ、ライねえ、みずぅ!」

「ああスマン」

 ライブラがパチンと指を鳴らすと、侵入の終わった壁は元に戻った。


 バタバタと詰めていた護衛達が駆け寄って来たが………

 ライブラのひとにらみで全員石になった。邪眼ではなく蛇眼ヘビメである。

 そのまま正面のダンスホールに突入する。

 バルコニーから撃って来る連中(飛んでくるのは弾丸とは限らない)を、ライブラに任せて、俺とベーゼは向かってくる(どんだけいるんだ―――)敵を倒す。


 なんだかんだ言ってもベーゼも部下どもを蹴散らしている。

 最もたまに危なっかしいので、内心ひやひやしているのだが。


 最奥の扉を開け放つと、デスクの上に艶めかしく座る、黄金のドレスの女がいる。

 もっとも腰から下は蛇身だ。

 俺もそうする―――蛇身になるつもりでこのドレスを選んだのだが。

 動こうとする両側の護衛の2人の手の甲を、ベーゼの放った短剣が貫く。


「やるわね、おじょうちゃん。貴女がこんなにカードを持っているなんて」

「同じ種族なのに淫魔領に目を向けなかった自分が悪いだろ」

「………どういう意味かしら」

「一回でも「さっきゅん」の経験があれば分かったと言っているのさ」

「誰がそんなこと!」

「ふーん、「」だったは好きになれても?」


そんなんじゃなかった!ただの経営者よ!」

「だから虚魔に惑わされる」

「もういいわ!あの人の仇、討たせてもらう」

「やれやれ、違うって言ってるのに………」

「うるさいうるさいうるさい!!」


 ワスタンデスの蛇身が俺に巻き付いてくる。

 俺も巻き返す。力は向こうが上、しかし………俺は相手の首元に噛みつく。

 今の俺の口は脅威の咬合力を持つ。ワスタンデスの首は半ばまでちぎれた。

「がっ………ごぼごぼ」

 喋ろうとして喉を詰まらせるワスタンデス。


 代わりに最期の念話が聞こえる。

(最期に教えて………あの人は本当は………?)

(後ろを見てなくて、俺がぶつかったんだよ。………階段から落ちてしばらくは生きていたかな?でも俺も姉貴も死ぬまで何もしなかった………それが真実)

(そう、そうなのね………私は道化かしら?それとも………)


 俺はぐったりとなった女を抱いてひとりごちた。

「この魔界に、正解なんてないんだよ」

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