ワスタンデス~悲しみの海
第4話 ダイナマイトバスト
俺は、一昨日襲ってきた刺客の正体割り出しに勤めていた。
あれから奴は「ブラックリリー」の従業員を2人、殺傷したのだ。
魂は無かった。持って行き手札にするため封印具に入れられている可能性が高い。
それで俺は、独力でやっていたら時間がかかる(その間にどれだけ被害が大きくなるか分からない)ので、表淫魔領のもう一つの「顔」を使う事に決めた。
もう一つの顔、それは、マフィアだ。
「ペルヴェローネ・ファミリー」
マフィアも色々だが、表淫魔領の「顔」は由緒正しいイタリアンマフィアである。
普通「能力制限空間」出身の悪魔はさほど強くはない、が「2重堕ち」により首領 《ドン》の能力は極めて強い。その影響下にある部下も強い。
彼らの保護を表淫魔領は受けている。有償で。
「人間に使う事が前提」のドラッグも彼らが流通させているが、本人たちがそれを使う事は無い「悪魔が麻薬に溺れてはならない」という法律は絶対なのだ。
魔界の法は、人界と違って強力な強制力を持つ「誓い」の力だ。
魔界で麻薬を取り扱うには「誓い」が必要になる。
破れば死ぬため、マフィア内部で麻薬がはびこることは絶対にない。末端でもだ。
そんな
連絡をつけると相手は食事のセッティングと、迎えの車を約束してくれた。
俺の髪は薄い茶色だが、実は魔法で染めてる。それを元の黒に戻し、髪をほどく。
瞳も魔法で茶色に変えているのを、本来の色である赤い目に戻す。
最後に肌の色。これも変えている。
俺の肌の色は普通の肌色ではない。彩度の低い淡い青だ。
髪ぐらいは構わないのだが、他の部分と会わなくなるから黒に戻すのだ。
魔帝城で行われるパーティなら、相手への試金石として有効なのだが。
たださすがに戦闘モードの姿にはならない。それはそれで失礼なので。
服装は映画のヒロインの様なオフショルダーの膝丈ワンピースにジャケット。
色は鮮やかな真紅で統一している。アクセサリーは細い金のネックレスだ。
化粧は真紅の口紅ひとつ。他の化粧をすると肌の色で下品になるからだ。
最後に香水をひと振り、必要物は黒革のクラッチバッグにまとめた。
土産は高級葉巻である「ロメオ イ フリエタ」キューバ産でやや癖があり、中級者向けの葉巻だが、相手は玄人、問題あるまい。
約束の時間だ。窓から店の前に車が滑り込んできたのが分かる。
フェラーリ、250カリフォルニア・スパイダー。
史上作られた中で、一番美しく魅力的なフェラーリと言われる。
映画スターたちの愛車で、この車自体が一種の映画スターと化しているという。
オープンカーで、ボディは黒、内装は赤だ。
俺は急いで赤いハイヒールを履き、店から滑り出る。運転手が挨拶する。
「ボンジョルノ(こんにちは)アッコモダルスィ(お寛ぎください)」
「グラッツィエ(ありがとう)」と言って後部座席に滑り込む。
強力な結界が車の周りに張り巡らされてあることが有難かった。
♦♦♦
「ボンジョルノ、アルヴィー」
「ボンジョルノ、フィアン」
挨拶を交わして、俺は土産を相手に渡す。金色の包装紙をめくって彼は
「グラッツィエ」とほほ笑んだ。
ほれぼれするような美形である。
明るい金髪をオールバックでキメ、スカイブルーの瞳は冷たく煌めいている。
名前はフィアン=メオ。人間だった頃からの名前らしい。
席に着き、お茶会が始まる。終わるまでは事件の話はナシだ。
イタリアン・ローストのコーヒーと、アマレッティ(フィレンツェ発祥のお菓子)、クロスタータ(イタリアの家庭でよく作られているタルト)、マリトッツォ(古代ローマから伝わるスイーツで、”ダンナ様”を意味)などなど。
美味しいスイーツばかりで、目的を忘れそうだ。
♦♦♦
デザートタイムは終わり、仕事の話である。
俺はフィアンの前に表淫魔領の一部―――襲撃事件のあった店の周辺地図を出す。
「では、「見る」としようかな」
フィアンが見るのは「空間記憶」であり、あの日のそこ周辺の空間が「記憶している」映像を見るのである。相手がどんなに身を隠していても関係ない。
「アンミレーヴォレ!(素晴らしい!)」
空間記憶を見たフィアンの第一声がそれである。
「………何が?(俺は逃げてただけなんだけど………)」
「気が付いてないね。店に入る手前で、心臓に致命の一撃が入ろうとしていたと」
「えっ?」
「それに気が付いた「誰かさん」は銃弾でその術を粉砕してみせた」
(銃!
俺は嬉しくなる。
普段から過保護にしないのは信頼の、死にそうな時に守ってくれるのは愛の証だ。
「さて、とりあえず刺客の姿は捕らえた。透明化したうえカメレオン・スーツも使っているな。接近戦に自信がないのは丸わかりだ」
「俺は遠距離戦が苦手です」
「そうだね、だから次に遭遇したら私が責任を持って、相手の至近にまで連れて行こう。距離は問題にならない、いつどこでも見守っているよ」
「この件が終わるまでの間、お願いします」
「それでは帰り道、気を付けて。もちろん送って行くがね」
フィアンは俺の手を取って、庭園の出口まで連れて行ってくれた。
「アッリヴェデルチ(さようなら、ではまた会いましょう)」
「アッリヴェデルチ」
俺は来た時と同じ様にフェラーリ・250カリフォルニア・スパイダーに乗り込む。
しばらく走った時、娼館が立ち並ぶ広場で。
車の結界が激しく揺れた。
見ると、一般悪魔に混じって怪しい者が何人もいる。
そいつらは、結界に気付かず攻撃を仕掛け、失敗と見て逃げようとしているようだった。馬鹿め、逃がすかよ。
俺は微笑んで運転手に
「少し「踊って」来るから停車を。手助けはいらない」
そう言って車を降り、手の中に「切り裂きの刃」を作り出す。
切り裂きの刃は何でも切れる。結界もどんな防具も無意味だ。
俺の視界内に入った以上、逃がさない。もう殺戮圏に捕らえているのだ。
俺は加速する。
「ガール・ザ・リッパー」
俺の通り名のひとつであり、能力の所以。
超加速しながら通り過ぎ、その一瞬で心臓を抉り出す。
一方的な殺戮は、2~3秒で終わった。
これだから刺客も遠距離戦で来たのだ、今更なぜ有象無象を送り付けてきた?
おそらくは焦り。自分の所に辿り着いて欲しくないのだろう。
「ブラーヴォ(お見事です)」
運転手が呼んだらしく、ペルヴェローネ・ファミリーの黒服たちが、死体を回収していく。死体からでも分かる事はあるものだ………特に魔界では。
「グラッツィエ」
運転手に礼を言い、ここは刺客の死体は任せることにした。
♦♦♦
2日後、仕事の帰りにそれは来た。
突然現れたフィアンが俺を抱え上げ(お姫様抱っこというやつだ)大きく跳んだ。
今まで立っていたところの石畳が大きくえぐれた。
そして(下級悪魔に扮していたらしい)刺客が、物陰から湧いて出た。
フィアンは余裕しゃくしゃくで、ポケットからカードタイプの鏡を取り出した。
それが俺達を映し出すと、景色が一転する。
そこは死んだ町―――すべてが石造りの遺跡―――だった。
フィアンは、無事な石畳の上に俺を下ろす
「ボンジョルノ、無事なようだね。ここは鏡の中の世界、私の世界だ」
「グラッツィエ、フィアン。助かった」
君は易々と死んだりはしないだろうがね―――。
そう言って彼は微笑む。
「露払いは私がしよう。本命は任せるよ」
そう言って彼は「窓」を展開する。外が見えた。うろたえているな。
フィアンは懐から銃を取り出す、ベレッタM92Fである。
映画などに頻繁に登場するため、知名度の高い銃だ。
一般的な他の自動拳銃と違い、曲面が主体の優美なデザインをしているため、それほど銃に詳しくない(和正がいなければ、俺も詳しくはならなかったろう)者でも一目で見分けがつく事も、人気の理由の一つだろう。
フィアンはベレッタM92Fで、鏡の中から地上にいる刺客どもを撃った。
全弾命中。致命傷。
「ブラーヴォ」
そう言うと、彼は珍しく英語で答えた。
「ターキー・シュートだよアルヴィー」
「さあ、本命の所に出すが、準備は良いかな?」
「少し待ってくれ、本性に戻る」
俺の外見が変化する、長い黒髪、深紅の瞳、薄青の肌。
そして下半身が決定的な変化を遂げる―――蛇身へと。
俺はいわゆる「ラミア」の姿になったのだ。
俺は純粋な淫魔ではなく、海魔ハーフなのである。
「OKです」
「その姿も美しいね―――では、すぐ隣に出すよ」
「大丈夫。近距離なら透明化なんて問題にならない。すぐ見破れると思う」
「では―――GO」
俺は「刺客」の真横に出た。
「『下級無属性魔法:ディスペル・マジック』」
不自然と感じた場所に、魔法解除の呪文をかける。
果たして、迷彩服を着、顔を覆い隠した刺客は姿を現した。
俺は巨大化したカギ爪で、刺客の頭を掴み、胸元に引き寄せ「切り裂きの爪」で、舌をチョンとちょん切る。もう呪文は無詠唱の物しか使えない。
そしてこいつは無詠唱の術は使えなかったようだ。
何故かというと、その後呪文を使ってこなかったからである。
何をしたのか?単純な事だ。
蛇身で締め上げ、全身の骨を砕いたのだ。恨みの分時間をかけて。
刺客は口から血を溢れさせてこと切れた。
ちょっとやりすぎたかな?
そう思いつつも俺はこいつの魂を、封印具に封入しておいた。
「フィアン、こいつ(の死体と魂)からの情報収集、頼んでいいな?」
どこにいるか分からないので、適当な空に向かって声をかける。
するとすぐそばにフィアンの姿が現れた。
「もちろんだとも、バンビーナ(娘さん)」
「テル・テル・ハートを使わせてもらおう」
心臓に喋らせる儀式魔法である。
犠牲者が生きていた場合、発狂ものの痛みらしいがこいつはもう死んでいる。
なお、心臓は嘘がつけないという。
「頼んだ」
「その代わり部下たちを頼むよ?」
「もちろん、すぐ手配するよ」
「希望者は10名ほどだ。良い目を見せてやってくれ」
♦♦♦
そして次の日。
俺は黒服の集団を連れて、娼館「ダイナマイトバスト」に来ていた。
「お兄さんたち、一晩もぉーお?」
ここは乳牛種(淫魔領固有種)専門の店だ。
バストは「爆乳」と「超乳」の間ぐらいの娘ばかりである。
黒服達は(俺が手回しをしておいたので)迎えに出てくる女の子にメロメロである。
巨乳好きな奴を選んでくれと言っておいたからな。
悪魔的には、頭から生える牛の太い角も好ポイントであろう。
何よりの特徴は「乳が飲める」ことである。
これは、別に子供が居なくても出る。戦魔の牛族とは違う点だ。
成分は完全に牛乳。質も、店が栄養管理しており極上品だ。
俺は今日はホスト役に徹して女の子は選ばない。
「ベナッリヴァート(いらっしゃいませ)ディヴェルティルスィ(楽しんで)」
俺は微笑みながら、依頼の結果を楽しみにするのであった。
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