第3話 森の隠れ家
魔界はいつも暗いが夜はなおさら闇が濃い。路地ともなればなおさらだ。
俺はいつものスーツと革靴で、路地をひた走っていた。
理由は見えない誰か―――殺気だけ感じる―――が風の刃で攻撃してくるから。
すでに左わき腹がざっくりと切り裂かれている、かなり深い傷だ。出血も酷い。
また不可視の刃が飛んでくる、音で分かったので飛びのいて避ける。
だが着地地点に狙いすました一撃が飛んで来た、首だ。
マジでヤバいので、とっさに右手でガード!指の骨が一部イカレた。
さらに走り続ける、目的地まであとほんの少し。
ゴール!「BAR」とだけ看板の出ている店に飛び込む。
入った先は、赤レンガの壁と床、長テーブルも赤レンガ。
椅子は背もたれ・ひじ掛けの付いた木製。
奥は壁沿いに大量の酒類が置いてあり赤レンガのバーカウンターがある。
そこに3人の先客がいた。飛び込んできた俺をギョッとした顔で見ている。
「おい、アル!大丈夫なのか!?」
そのうちの一人―――エルネストが真っ先に声をかけてきた。
「………大丈夫なわけあるか!死ぬかと思ったわ!」
エルネストは俺の
背中まである赤茶の髪と目、すらりとした美青年だが重度のマゾだ。
「ほい『治癒魔法:
エルネストの後ろから、見かねて治癒しようとしてくれたのはベルゼーヴァさん。
エルネストは魔帝陛下の
2mはある大男で、甘いマスクだが筋骨隆々。超高能力者で異界の魔王である。
「どれ、見せてみろ」
『浮遊』でテーブルを飛び越えて俺の所に来たのはフラッシュだ。
俺の返事も待たずに俺の右手をグイっと引き寄せて見、ふむふむと言っている。
「魔力妨害が付与されていた攻撃だったようだな。今解いてやる。貸しだぞ」
「分かった、借りておくから何とかしてくれ」
「そうしよう、チクっとするぞ」
毒々しい紫色の液体の入った注射器を、2本構えるフラッシュ。
不安だが、こいつも
そしてチクっとした。すかさずベルゼーヴァさんが『
「はああ………」
痛みが消えたので、木製の椅子にどさっと腰を下ろす。
服を
ここに女は(まだ来ていない)いないが、着替えないと仕方がない。
光沢のあるゴールドのロングドレスを着こんで黒いハイヒールを履く。
「で、結局なんで襲われたんだよ」
「知るかよ。遠距離からいきなり風の刃が飛んで来たんだ。
結界を張っても持久戦になって負けそうだったから………
接近戦に持ち込むか逃げるかだったけど、
不意打ちでわき腹が抉れたから不利だと思って、逃げを選んだ。
接近戦なら負けないとは思うんだけどな………
多分あれは雇われただけで黒幕は別にいる可能性が高いと思う」
そこでカランコロンと音がする。誰か来た、と思って入口を見たが誰もいない。
「ここだ」
奥の席から声がする。ああ、
長身痩躯、淡い茶色の髪と目。俺とお揃いだ。だが綺麗な顔なのに顔も体も傷だらけなのが少し怖い。治してやろうかと言ったこともあるが「いい」と言われた。
またカランコロンと音がした。今度は人がいる。ようやく来た女性陣の一人だ。
「よう、カーマ」
俺は「表淫魔領」の管理人で74大魔王だが、彼女は「闇淫魔領」の管理人で74大魔王だ。その戦闘能力の高さたるや、7大魔王に匹敵する。
紅色の髪をふんわりとボブにし、瞳は髪と同じ色。小柄な可愛い系美人だ。
今日は薄桃色のミニドレスを着ている。
カーマの後ろから、残りの女性陣が顔をのぞかせる。一緒に来たようだ。
一人は「裏淫魔領」管理の74大魔王、メッサーラだ。
水色の腰まである髪に、同色の瞳。銀のミニドレス、銀の眼帯をしている。
もう一人はメッサーラの護衛(友達のノリだが)のメッシーナだ。
黒髪ショートに黒い瞳、黒いロングドレスを身につけている。
2人共もちろん美人だ。
これで「月一回の交流会(飲み会)」のメンバーがそろった。
一応、俺の襲撃事件のことを話し、警戒するように言っておいた。
特に俺の同僚2人には念を押しておく。地位が狙いな場合が多いからだ。
「うっとおしい話はそれだけだ。もっと楽しい話をしよう。
俺の作った下着ブランド「You Love Me」のモニターを頼む話をしていたろう?
カタログを作って来たから、試したい奴を指定してくれ。枚数制限はなし」
俺は全員にカタログを渡す。
俺以外に性別変更自在なのがいないから、下着の変化機能が試せないが仕方ない。
あ、1人だけ特殊なのがいるか。
カーマの性別は「
カタログの画像を選択すると、現物が(今回はもちろん無料で)出現するので、各自持ち帰って貰う事にした。
全員が酒を注文し終わり、運んで来られると、エルネストが音頭を取った。
「飲み友達に乾杯!」「かんぱーい」
女郎花だけ黙っているがそれは仕方がない。
こいつは元人造人間で、言葉を喋る度に寿命が削れるという嫌な機能があるのだ。
程よく酒が回り出したころ、エルネストが今日の本題を口に出す。
「アル、今日は何処に連れてってくれる?」
「何か希望はあるか?」
「たまには高級店じゃなくて普通の値段のところで、優良店は無いのか?普通の店じゃなくてなんか特色のある所」
「また難しいこと言うな。SMじゃなくていいんだな?」
「そっちは私生活でやるから、普通の店で」
「そうだなぁ………」
俺はカクテル「マタドール」を飲みながら考える。
「魔界エルフ………とかどうかな?訳アリで安いんだけど」
他の管理人が首を傾げる。カーマが
「魔界エルフがこの業界に足を突っ込んだとは聞いてないが」
「俺も最初は不思議だったさ。
けど彼女らは、森ではもう抱いてもらえないからこっちに来たって言うんだ。
確かに長く生きてはいるけど、普通に美人なのにな。
それでも同族から見たら化石のオーラが出てると言われるとかで」
「そんなの分からない、というか年齢は高い程いい風潮のあるこちらに来たと?」
「そういう事らしい」
「なんだ、全然いけるじゃん。そこ行こうぜ」
「他の面子でダメなのはいるか?」
沈黙が落ちる。いないらしかった。ただ確認の質問はあった。
「女でもOKなのか?」
「姫(淫魔領では娼婦は姫と呼ばれる)にもよるけど、おおむね大丈夫だ」
「じゃあ問題ないな。今日はそこだ。何て店?」
「森の隠れ家」
♦♦♦
程よく酒が回った頃、出発である。もちろん道案内は俺。
店は表淫魔領の外れ、木々が茂った場所に生えていた。
巨大な木(移植されたのだろう)をくり抜いた中にあった。
入口にイルミネーション(木々のせいで離れると見えないが)が申し訳程度にあり、姫たちの写真(全員ではない)が看板に貼られている。加工はなし。
ぶっちゃけ種族の多い魔界では、誰かの好みには「ささる」ので、淫魔街には滅多に加工された写真は存在しない。
詳細なデータは大抵、受付のアルバムに記されているので、好みだと思ったらさっさと入って受付に行くのが吉だ。
受付でお相手とコースとオプションを選ぶ。
オプションで多いのは、キス、コスプレ、ごっくんなど。
ここのオプションはキスだった。
禁止事項は、アナルセックス、聖水、黄金である。
コースは奇をてらわずプレイ時間で分かれている。
もちろんだが、延長料金を払えば延長もできる。
その辺を確認し、みんなでアルバム(2人に1つ行き渡る冊数あった)を覗き込む。
最初にエルネストが決めた。長身でスレンダー、長い黒髪の娘だ。
お前、黒髪好きだよな。
選ぶと受付のお姉さん(彼女も相当な歳だという)が館内電話で姫を呼ぶ。
エルネストはしずしずと迎えに来た姫と一緒に奥へ消えていった。
ベルゼーヴァさんが選んだのは活発そうな赤毛ショートの、キュートな感じの娘であった。守備範囲広いですね。前は全く違う娘を選んでましたもん。
またお姉さんが「ご指名ですよー」と姫を呼び出す。
楽しそうに小走りで迎えに来た姫。
「今夜はたっくさん気持ちいい事しようねっ♪」
と言った姫に手を引かれてベルゼーヴァさんは奥へと消えていった。
女郎花は「彼女………」と長い黒髪綺麗な紅い瞳の、気の強そうな美人を選んだ。
先代の戦争のさなか死んだ、女郎花の恋人に似ている。
館内電話で呼び出すと、カツカツとヒールの音も高らかに迎えに来た姫に引っ張られて、女郎花は奥へ消えていった。まるで連行されるような図である。
カーマは
「ご指名ですよー」と呼び出されると、奥の間に続く通路からひょこっと顔を出し、てててと駆けてきた。
笑顔で抱っこをせがまれたカーマは、彼女をお姫様抱っこで奥へ連れて行った。
メッサーラは、女の子OKの娘の中から、銀のショートに銀の瞳の、可愛い系の娘を選んだ。見た目は可愛いが、芸歴は一番長い姫らしい。
呼び出されると、元気よくあらわれて「ご指名ありがとー♪」と挨拶。
メッサーラの背中を押すようにして奥へと消えていった。
ちなみにメッシーナは遊ばない。何故かと言うと彼女の性癖は闇淫魔領の方がいいんじゃないかと確信するぐらい破滅的なマゾだからである。
それ以外は感じないらしいので、お留守番するのだ。
最後に残ったのは俺。みんな綺麗で目移りしてしまうため、重要視する基準を設けた。ずばり、バストサイズだ。姫たちの中で1番胸の大きな娘を選んだのである。
深緑の長い髪に、赤い瞳の美女がそれだった。
呼び出された彼女は、笑顔で深々とお辞儀をしてから近寄って来た。
腕を絡ませ、恋人のようにして奥の間へと向かった。
♦♦♦
姫の名前は「リーシア」
ややお仕事的で淡白ではあったものの、可愛かったので許す。
それに、姫がお仕事抜きでよがる様はいいものだ。
帰りは、他の面々の姫と一緒にお見送りしてくれた。
ぶんぶんと手を振る動作は、少しあどけない感じで可愛かった。
「また来てねー!」
来るかもしれないな。
帰り道は危険かもしれなかったので、エルネストとベルゼーヴァさんに護衛してもらって帰る。しばらくは警戒態勢を解けないだろうな。
情報屋などから情報収集して、必ず犯人を突き止めなければ。
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