第12話 無力と決意
「良かった。目が覚めたのね」
マスターが見える。僕はどうしたんだっけ。
薄い布団と一緒にゆっくり起き上がってみると左胸の辺りに鋭い痛みが走る。
「うぐ……」
「ああ、まだ寝てなさい。今ミレーネ呼んでくるから」
先輩を?先輩がなんでここに。ここってどこだ?
ベットしかないシンプルな部屋だ。外は明るいが光は部屋の中まで差し込んでいない。
昨日は確か……ええっと。
働かない頭でああだこうだ考えていると誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「アルトォッ!」
扉を突き破らんばかりの勢いで先輩が部屋に入ってくる。
いつものマントが目に眩しい。
「よし、目覚めたようだな!」
「えと、先輩?」
「ん?なるほど分かっていないか」
先輩がここまでの経緯を説明してくれた。
昨晩僕は敵の連魔と遭遇し戦って怪我を負い気絶してしまった。任務の再開を受けて、たまたまおかしな時間にここに来た先輩が戦闘音を聞いて駆けつけると倒れている僕を発見。先輩が固有魔法で処置をしてくれているところに師匠が合流。マスターの酒場の空き部屋に僕を運んでくれたらしい。師匠はプロバットに帰って後処理と敵の警戒をしているとのことだ。
師匠は怒っているだろうか。戦うなと、無理をするなと言われたのに。
「魔術師だから助かったものの随分無茶をしたな。我が来なければどうなっていたか」
「ありがとうございます、先輩」
「傷が治る頃にはアルトのここでの仕事も終わる。ただ今回の事件についても報告してほしいとのことだ。明日リーザが来るから詳しい話を聞くんだぞ」
「はい」
そうだ、ここでの仕事はもう終わりか。あっという間だったな。
そう思ったらなんだか急に寂しくなった。
「まあ色々言ったが、まずは怪我を治すことだな。無理はするんじゃないぞ」
先輩は踵を返し部屋を出ていった。
無理をするな、か。
僕はまだ未熟者だからか無理というのが分からない。
自分がどれくらいやれるのか、力の入れどころと抜きどころはどこなのか。
戦場で無理をして死ぬなんてことは絶対にしてはいけない。
僕はあまりにも小さかった。
*
「お目覚めかな」
男はゆっくりと目を開いた。その焦点はまだ定まっていない。
「お前ェは……」
「悪いね、うちには牢なんてないんだ。変な感じかもしれないけどこのまま質問させてもらうよ」
部屋の椅子に腰を下ろし手足を縛ってベットの上に転がした男を見下ろす。
この男には聞かなければならないことがある。
「私のことは知っているみたいだけど一応名乗ろう。私はリーザ・エルディーレク。とりあえず君の名前を教えてくれるかい?」
「はァ?舐めてんのかてめェ!俺はお前の部下を殺したんだぞ!そんな相手に自己紹介だァ?ふざけんのも大概にしろ!」
「そうか、それじゃあ君たちの目的は何かな」
「教えるわけねェだろうが!何か!?教えたら俺を逃してくれんのか!?」
「残念だけどそれはできないね。次の質問だけど君たちの仲間は何人でどんな魔法が使えるのかな」
「テメェ!自分が強ェからって舐めやがってッ!」
うん、やっぱり私はこういうのは苦手だ。尋問は政府に引き渡してからやってもらおう。
でもこいつにはまだ聞きたいことがある。
私にとっての本題はここからだ。
「君、うちの守衛二人を殺したよね。それはどうしてだい?わざわざ連魔を囮にして私を誘き出してさ」
「は?ハハハハハハ!それは俺の趣味さ!」
男はそれまでの態度と打って変わって急に笑い出した。
何がおかしいのか。
「趣味?」
理解できない。こいつが私の仲間二人を殺したのは楽しむためなのか。
どんな理由があろうと人殺しは認められない。しかしこれはあまりにも……。
「守衛は二人いた。背の高い魔術師の女性がラーナ、頬に刺青を入れた青年がフリッジだ。ラーナは寂しがりな子で友達が欲しくてこのギルドに入ったんだ。なかなか聞かないだろう?なのに人見知りで仲間になったばかりの頃は物陰に隠れたり目を伏せたりしてばかりだった彼女だけど、ここ最近は明るく笑うようになったんだ。友達も少しずつ増えてた。魔術師じゃない普通の人とは寿命が違うから残されていくのが寂しいなんて泣きながら相談されたこともあったな。そのこともあってか彼女が研究していたのは薬だよ。病気を治す経口薬の研究さ。知っての通り魔術師に経口薬は全く効かないから色々苦労してたよ。それでも薬で人を助けた時には花みたいに明るく笑うんだ。とても可愛い子だったよ。フリッジは新入りの子でね、仲間になる前はラッカスでギャングをやってたんだ。まあギャングとは言えあそこも真っ当なギルド、別に悪いことしてたわけじゃないよ。身寄りがなくて街を彷徨ってたところをあそこのギルドマスターに拾ってもらったって言ってた。ギャング組織で活動してる最中、フリッジは結婚したんだよ。相手はギャングでもなんでもない普通の娘でね、だからギャングからは足を洗ってうちのギルドに入ったんだ。彼女を危ない目に合わせたくなかったんだろうね。そこで培った戦闘経験を生かしてうちではよく守衛を買って出てたんだよ。子供も産まれてからは昼は育児、夜は仕事なんて随分ハードなことしてたから休むように注意したらそれはあなたもでしょうなんて言われちゃってね。結局体もしんどいけど妻に会えないのはもっとしんどいからって休みをちゃんととってくれるようになったんだ。家族思いの優しい子だった」
目頭が熱い。我慢だ。
「なのに、お前は二人の命を、喜びを奪った」
二人を殺したこと、私は絶対に赦さない。
今すぐにでもこの男を溶かしながらグチャグチャに潰してやりたい。
だがそんなことをしたとして私の憂さが晴れるだけだ。ひょっとするとそれさえもできないかも知れない。
それに殺人は何があっても絶対にいけない。軍事国家でこんなことを言うのはおかしいのかも知れないが私はここに産まれたからと言ってそれを捨てる気にはなれない。
「お前は何も思わないのか。二人には二人の人生があったんだ。それは他人が身勝手に冒涜していいものじゃない」
「そうさ!どんなやつだって死んじまったらお終いだろ!身分も権力も人望も夢も思想も関係ない!命は全員平等だ!俺はこの手で人を終わらせてやるのがたまらなく楽しいんだよ!」
救えない。
私はトチ狂った笑い声を背に部屋を出て自分の研究室に帰る。
私に足りないものは何だろう。
*
目が覚めた次の日の昼下がり、師匠が僕の所へ来てくれた。
いつもの鞄は下げているが白衣は着ていない。
「怪我はもう平気かい?」
師匠は元気が無いようで、声がいつもより小さかった。目も少し寂しそうだ。
「はい、もう大丈夫です」
安静にしていなさいと注意するマスターに隠れて書類仕事をするくらいには元気だ。
師匠のワーカホリックが感染ったのかもしれない。
「アルト、ごめん」
鞄を床に下ろしたと思ったら師匠は突然僕に謝った。
しかし当の僕は師匠がなぜ謝っているのか検討もつかない。
「えっと」
「私の指示が間違っていたせいでアルトにこんな怪我を負わせてしまった。本当に申し訳ない」
「えっ、いや、ちょっと待ってください!この怪我は僕が師匠の言いつけを破って無理をして戦ったからしたんです。師匠が謝ることなんて」
「そう、アルトはあいつに勝てた。武器の無い状態で。私の指示で武器を預けていなければアルトは怪我をしなくて済んだんだ」
「そんなの結果論ですよ!あの時の敵がもっと強かったら僕は武器があろうと負けてましたし、武器がなかったからこそ落ち着いて戦えたんです。師匠は何も間違っていません!悪いのは無理して戦った僕です!」
そう、師匠は間違っていない。悪いのは僕だ。
「でも……!」
師匠が何か言おうとした時、部屋にマスターが入ってきた。
手に持っているのは二人分のお茶が乗ったトレイだ。
「どっちが悪いとかそんなこと話すのは無駄よ。次どうすればいいのか考えた方が絶対有意義なんだから」
それだけ言ってすぐマスターは部屋を出て行った。
なんだかんだ一番大人なのはマスターなのかも知れない。
「師匠、僕もっと強くなります。師匠に頼ってもらえるように」
「アルト、ありがとう。私も……」
何か言葉を呑み込んだ師匠が椅子に腰掛けると僕もベットから体を起こす。
僕と師匠、同じ目線で今回の事件について話をする。
一人しかいないのに一人でなんでも背負い込む人だから、僕よりずっと強いのに簡単に壊れてしまいそうで心配になる。
いつか、師匠の背負うものを一緒に背負えるその日まで、僕は歩み続けよう。
壁に立てかけられている剣にそう誓った。
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