第10話 怒りと圧倒

 コネクトは継続したまま大槌を鞄に戻し走る。

「不審な人物が一名接近、武器を持っています」

 この連絡が来てすぐに通信が繋がらなくなった。

 ギルドの区画内にいる魔術師たちに危機が迫っていることを伝えた。

 危険な相手だから決して戦ってはいけないとも伝えた。

 みんな無事だ。

 心配なのはアルトもだ。

 手負いとは言え相手は連魔、アルトはうまく逃げられるだろうか。

 門に辿り着くと守衛の二人が倒れていた。

 そのうち一人からは魔梢光が出てしまっている。

 魔梢光が出始めた段階ならばまだ助けられるかもしれない、それにもう一人は魔術師ではないため無事であることを確認したい。そう思ったが二人を見て悲哀のような憤怒のような感情に襲われた。

 何かに切られたのか、二人とも頭と体が繋がっていなかった。

 心音も呼吸も無し、辺りは血で真っ赤に染まっている。

 魔梢光が出終わり守衛の一人が消えてしまった時、頭上から声が聞こえた。

「なんだよ、もう来たのかァ」

 門から影が一つ降りてくる。

 影の正体は刀を一本持った男だった。

 男の着るこの辺りでは見かけない衣服に血がべっとりと付いており、私が犯人ですと言わんばかりだ。

「おい、グリスはどうした」

 刀を石畳に突き立てた男は凄むように言葉を放つ。

 グリス、恐らく先ほどの連魔のことだろう。

「あの犬ならここには来れないよ」

「そうかい」

「私からも確認したい。二人を殺害したのは君だな」

「ふっ、確認するまでもねェだろ!そのカスどもを殺したのは俺だ!国一番の技術開発ギルドのクセしてそんな雑魚しか見張りがいねェとはなァ!」

 男は刀を肩に乗せ嘲る。

 私のやることは決まった。

「そうか。とりあえず君を拘束しないとな」

「アッハハハハハ!随分冷徹だなァ!そんな奴ら道具としてしか思ってねェのかァ!?」

 正直なことを言うと腑が煮え繰り返りそうなほどにこいつが憎いし、殉職した仲間を思って涙も溢れそうだ。

 だが戦闘において心の乱れは死を招く。いかなる状況であろうと激情に駆られて戦闘してはならない。

 連絡が来た時点で覚悟はしていた。落ち着いて事に当たろう。

「セグ・フラム・フォルト」

 人の上半身ほどの火球を放つ。敵がこれから逃れようとするので逃げ道にエスクドを展開する。

 あいつの言うように、確かに今の私は冷徹だ。ただしそれは敵に対してだが。

「クソがッ、嫉刻羅閃しっこくらせん!」

 敵の刀が黒く輝き防壁を斬りつけると、防壁は瞬く間に消えてしまった。

 割れる、でも斬れるでもなく消えたのだ。これは奴の魔法の効果とみて間違いない。

「つまんねェ真似しやがって」

 火球を回避した敵はそのままこちらへ向かってくる。

 鞄から瓶入りの液体……帝毒と呼ばれる物質を溶かす毒を取り出し、三叉槍を形成。

 敵が振り下ろした刀を槍で受け止める事に成功する。しかし敵の攻撃が止まったのはその瞬間だけだった。

 そこで刀を受け止めた部分だけ液体に変えようとしたが、私がそうするよりも前に槍が液体に戻り、支配から離れた。

 手袋以外に液体がつかなかったのが不幸中の幸い。手袋が溶けきる前に魔法で取り外すことで事なきを得る。

「危ねえなァ、なんつーもん持ち歩いてんだお前ェはよォ」

 それでも敵の刀にも毒は確実に触れたはずだ。

 しかし敵の刀は全く溶けていない。

 もしも物を消す能力ならば防壁だけでなく火球も消せたはずだし、三叉槍にした毒が液体に戻ることもなかっただろう。

 そう、重要なのは帝毒を固めた槍が液体になったことだ。

「君の能力は物を分解する能力みたいだね」

 帝毒は無色透明な毒を三種類混ぜ合わせて作る白い液体だ。

 しかし先ほど敵の能力で分解された液体は無色。

 帝毒を分解し三種類の毒へ、防壁をただの魔力へ分解したのではないだろうか。

 恐らく刀身に付着した毒は無害な状態になるまで分解されたのだろう。

「けッ、もう分かったのかよ」

 答え合わせをしてくれるとは単純で助かる。

 これで敵の能力のうち一つは判明した。

 だがこの敵は連魔が発現するほどに保有する魔力の量が多い。そのため武器魔法と固有魔法の二種類の特殊な魔法が使える可能性が高い。

「てめえみてえな頭いい奴もよォ、死んじまえば何もかも終わりなんだよ。俺が引導を渡してやるぜェ!」

 あの刀に触れたら私も分解されてしまう可能性が高い。絶対に触れてはダメだ。

 早いところ行動不能にしないとこっちが危ない。

 だが相手のもう一つの能力が分からない状態で迂闊に攻めるのもまた危険だ。

偽物の定理マリニヤーカ

 敵の足元、石畳の地面を尖らせて足を封じようと試みるが、敵の動きは俊敏でただの一度も当たらない。

 そこで敵の周囲の地面を使い敵を取り囲む壁を作るが、刀の一突きであっけなく砂の山に変えられてしまう。

「お前の攻撃なんざ当たらねェんだよ!」

「それはどうかな」

 操るのは砂の山。砂の一粒一粒を離して砂嵐のように敵を囲う。あまり長時間はできないがそれで十分。

「その能力の弱点は刀身が触れたものしか分解できないことだよね。じゃあ対象がこんなに多いとどうなるのかな」

 刀をできるだけ避けるように砂嵐を狭めていく。

「クソッ、このッ!」

 めちゃくちゃに刀を振り回し砂を分解し私の支配から外しているがその程度では何も変わらない。

 砂粒は時に岩となり、時に刃となり敵を襲う。

 それでも敵の優れた動体速度や反射神経によって分解され、ダメージは与えられるものの行動不能には及ばない。

 だがこのまま攻撃を続ければ確実にこの敵を倒すことができるだろう。

 そう思った矢先、敵が動いた。

舞翼隔空ぶよくかっくう……!」

 砂嵐が消え、目の前には手足から血を流した敵が一人いるのみ。

 私と敵の男の二人を取り囲むように半透明な壁が形成されている。

 それは頭上にも足下にも展開されており、出口らしきものは見当たらない。

 そして気づいたことがもう一つ。

 私の作った砂嵐はこの囲いの外で砂の山に戻っていることだ。外のものに魔法を使うことはできないらしく、今は砂を操ることができない。

「ハァッ、ハァ……仕切り直しだ」

 刀を杖代わりにし、肩で息をしながらも戦意を微塵も失っていない。

 一体何が彼をここまで執着させるのだろうか。

 男は雄叫びをあげて斬りかかってくる。手足の傷口から血が噴き出すのもお構いなしだ。

 今捉えられている囲いは横幅が狭く避けるのはほぼ不可能だろう。

「フラム・フォルト」

 人ほどの大きさの火球を一つ敵に放つ。武器魔法でもこれは分解できないと踏んだからだ。

 狙い通り炎は敵に命中した。

 しかし男は勢いを全く落とすことなく突っ込んでくる。

「死ねええ!」

 敵はもう目と鼻の先。黒い光を纏った刀が振り上げられた。

弑する暁光ディヴァーツィア

 鞄を大槌に変え、振り下ろされる敵の腕目がけて振り上げた。

 男の肘があらぬ方向に折れ曲がり、刀を手から落とした。

 これでもう武器魔法は使えないしコネクトもできない。

 そのまま大槌で敵を後方に突き飛ばすと辺りを覆っていた透明な壁が消えた。

 これでこの戦闘は終わりだろうか。

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